学校生活はスパルタでいっぱい(6)
恒例の夜のおやつタイム。
と、言いたいところだけれど、今日はなぜか魔王様の執務室で開催されて、しかもシェムさんやメイド長まで参加というイレギュラーだ。
しかも時間がちょっと早いし、いつもの料理長のおつまみに加えて魔王様が買いまくってきたデパ地下ケーキがあふれんばかりに盛られている。
今日はお酒は……なさそう。そういえば魔王様ってスイーツにお酒をあわせるのを嫌がるんだっけ。
「じゃあ、始めますか。雪子、今日の報告を」
制服姿のメイド長に促されて立ち上がる。
朝一番の授業からついていけなかったこと、成長可能性一位と言われた瞬間恥ずかしかったこと、全然魔法が使えなかったのに色んな人が助けてくれようとしたこと、そして、日本語で魔法が使えたこと。
あったことを順に話していくと、みんな頷きながら聞いてくれた。なんだか魔界に来たばかりのときみたいで懐かしい。
「じゃあ、僕から補足を」
雪子の話を魔王様が引き継ぐ。
「まず、雪子は魔法は使えたけれど終わらせ方を知らなかったこと。加えて、不用意に手袋を外して対象物を触ったせいで、対象物に注ぎ続けられている魔力を手の力で吸収し続けるという無限ループに入って、そのまま抜け出せなくなっていたこと。最後に、それにより体調不良に陥っていたこと。以上」
「あなた、あれだけ手袋外さないようにって言ったじゃないの」
メイド長の声が怖い。
だってやたらペンが滑って持てなかったからつい、と言ってみるも、メイド長は聞いてくれなさそうだ。
「まあまあ、いいじゃないッスか。無事だったんスから」
料理長の言葉がやさしい。
うん、今日の軟体動物の塩辛も美味しいよ。大好き料理長。
「とりあえず、登校前に少しでもいいから読みなさいね、これ」
メイド長が差し出してきたのは「たのしいまほう」と「たのしいひかり」、「たのしいてあて」。
魔法と光と……手当て?
「一冊目は物の移動や水や火の発生、二冊目は光と闇、三冊目は治癒と結界についてよ。全部今日やった範囲でしょう?」
確かに。
メイド長ってなんで言ってないことまで知ってるんだろう。
不思議そうな顔をする雪子に、「国語算数理科社会みたいなものですぞ」とシェムさんが耳打ちしてくれる。なるほど納得。
「あとはどこまで応用をやらされるかよね……」
メイド長が心配げに雪子をうかがってくるけれど、私だってわからない。でも。
「私、頑張ります」
こっちに来て最初は魔王様としか言葉が通じなかった。でも、シェムさんが魔界語を片言で教えてくれたり、メイド長がお茶の淹れ方を体で教えてくれたりして、今はこうやって魔王城で働けてる。だから、大丈夫。やればきっとできる。
魔王様の目をじっと見れば、魔王様は目を糸のように細めて、「うん」と頷いた。
「とりあえず、魔法の終わらせ方だけでも明日の授業までにマスターすることだね」
「それと、手袋を絶対に取らないと固く誓うことよ? わかってるの雪子?」
はーい、と返事をすれば、二人は「よろしい」と声を合わせてお茶を一口。
なんだかこの二人、ホームドラマの中のお父さんとお母さんみたい。
「あ、そうそう。さっきメイドに言っておいたんだけど、雪子が自分で買ってきた服、全部撤収したからね」
「え」
「さっき二週間分の服買ってあげたでしょ。絶対に自分でアレンジしたりしないで、するならライラに見てもらって」
メイド長を見れば、顔に浮かぶ「あきらめなさい」の文字。
「雪んこって、ほんっとに服のセンスが絶望的ッスからね~」
うう、料理長まで。
シェムさんは……ああ、そうですね、言わなくても大丈夫です、やめてそんな顔で私を見ないで!
「雪子ってせっかく女の子なのにもったいないわよねぇ。漫画雑誌よりファッション誌を読んだ方が良いんじゃないかしら」
「ライラが女性ファッション誌を読んでいるのはどうなんでしょうな、まったく相変わらず趣味の悪い」
「お黙り、それ以上言ったら小バエに変えるわよ」
なぜか火花を散らし始めるシェムさんとメイド長。
「メイド長が女性ファッション誌を読むと趣味が悪いんですか?」
思わず聞いてしまったのが、災厄の始まりだったか。
「おや、知りませんでしたかな? ライラは」
「お黙りシェムシュ」
「立派な中年男性ですぞ。しかも私なんぞより年上でいらっしゃる」
中年、男性?
え?
えええええええええええ?
「あの、でもめっちゃ美女だし、っていうか中年? いやせいぜいアラサーじゃ」
「またまたご冗談を。人間で言えば50くらいですぞ、この男」
「お、だ、ま、り」
世界が白い光に包まれて、胸をぎゅっと押されたように息が詰まる。
まるでふわふわのベッドに包み込まれたような気分になって、雪子は意識を失った。




