学校生活はスパルタでいっぱい(2)
お昼休みの時間。
採用試験の受験生は軍専用の食堂が利用できるらしく、みんな食堂へ行ってしまう。
雪子も行こうかと思ったけれど、軍の食堂で知り合いに「あ、メイドの!」なんて言われたら厄介だし、こそこそと人目を盗んで脱走。いつも通り普段昼食をとる食堂に来ていた。
「雪んこ、昼はこっちにもどってくるんスね! よかったッス!」
食堂の入り口で話しかけてきたのは料理長。
見知った顔にほっとすると、メイド長も雪子に声をかける。
トレーを持って三人一緒に座れば、メイド長からの「手袋は絶対に取らないように」と今朝から数えて5度目の忠告が飛んできた。
ううむ、私ってどんだけ信用ないんだろう。
「でもメイド長、魔法、全然使えないんです。ペンなんかあんなに懇願したのにすこっしも動かなくって」
おかずに手を付ければ、赤身魚の煮つけが美味しい。白身魚よりいいかも。
「懇願?」
「はい、魔法使いたかったら念じながら好きな言葉を言えばいいって教えてもらったんです」
「誰に?」
「右隣に座ってる人です」
メイド長と料理長が一緒にため息をつく。
「あなたね、一度も魔法使ったことのない人間がそんな応用無理に決まってるでしょう」
応用?
初心者むけにって教えてもらったはずなのに。
「先生は何か言っていなかったの? 教科書は?」
「え、なんか難しい理論とかわーって喋られて、さあやってみましょうって」
料理長が「それは無理ッスねー」と笑う。
「夜までにほんとの子ども向けの教科書用意しておいてあげるから、とりあえず一日乗り切りなさいな」
いたわるような声にお礼を言うと、メイド長は壁の時計を見る。つられて時計を見て、うわ、こんな時間?
雪子は不細工な悲鳴を上げ、ばたばたと食堂を出て行く。
見送る二人は顔を合わせて笑った。
「二人で食べるの、久しぶりッスね」
料理長が言えば、ライラは「そうだったかしら」とスープを一口。
「前はよく打ち合わせしたわね、ほとんどは雪子の食事についてだったけれど」
魔界の食事は人間には刺激が強すぎる。
初めて雪子が魔王城に来たとき、スープの一口目で卒倒したのは今でも鮮明に思い出せる。そう、ちょうどこのスープだった。雪子の赤くただれた舌と熱にうなされた様子は、なかなか可哀想だった。
あのとき、料理長はまだ料理長ではなく、たしか新人を脱したくらいだったはずだ。彼は昔、こちらに移住してきた人間と懇意だったようで、雪子にあう食事をいち早く用意できたのが彼だった。それを魔王様に見込まれて異例のスピードで昇進。雪子が魔王城のメイドとして働くことになったのとほぼ同時に料理長になった。まるでシンデレラストーリーね、と言えば、彼は「雪んこは、俺にとって王子様ッス」なんて返して周りに笑われていた。
「メイド長、……いや、ライラ。今度、」
「時間だわ。御馳走様」
料理長の言葉を遮り、ライラは立ち上がる。
「美味しかったわ」
振り返りながら言えば、料理長は諦めたように笑った。




