魔王様特製「学校」(2)
魔王様の執務室。
普段は粛々と執務が行われているその部屋から突如大きな声がする。
魔王城で働く事務官たちが何事かと廊下に出れば、男性の罵声がありありと聞こえてきた。
「おまえはわかってない」「危険すぎる」「このロリコンが」
いたたまれなくなった事務官たちがそっと彼らの執務室に身を戻す頃、魔王専属書記官のシェムが朗々と「失礼します」と声を上げて魔王の執務室の扉を開ける。
そこにいたのは、魔王様とメイド長だった。
「ライラ、声、戻ってるぞ。魔王様、ご説明を」
シェムシュを前に黙った二人。
シェムシュに促され、魔王は雪子を学校に行かせようと考えていることを話す。メイド長ライラは苛立たしそうに咳払いをすると、低い声でシェムシュに訴える。
「あなたは知らないかもしれないけれど、あの子、かなりのものよ。私でさえ、あの子に触れられるとしばらく体調が優れなくてね。あんな子が学校に行ってごらんなさい、子供の一人や二人、消滅する可能性だってあるのよ」
「そうならないように雪子の手には魔法かけとくから」
「それが確実だという保証は? それに、魔法を習いに行くのにそんな細工だらけの手でどうやるのよ、うっかり変な融合でも起こしたら誰が対処するの」
気色ばむライラに魔王は何か言いかけて、口をつぐんだ。
「私は、良いと思いますぞ」
シェムシュは平然とした様子で続ける。
「雪子嬢の力は布を通ることはできません、細工なしのただの薄布であっても。ならば常に手袋を着用させておけばよいでしょう。それに本来、魔法は布一枚隔てるだけで効果がなくなるようなものではないですからな、それは無意識に雪子嬢が制御していると、そういうことになるでしょう」
「それで?」
「意識的に制御する方法を知れば、彼女の糧になりましょう。それに、ここにいるライラへの影響のみならず、業務上の弊害も減りましょうぞ」
「私は反対よ。習わせたいなら家庭教師でも雇えばいいじゃないの。魔王城の者が一般社会の子どもに危害を加えたなんてスキャンダル、魔王討伐派にとっては格好のネタじゃない。私は看過できないわ」
シェムシュとライラが火花を飛ばす。
その中で、魔王は何かひらめいたように手を打った。
「じゃあ、一般社会の子どものいない学校ならいいんだね?」
「は? まあ、そうなるわね」
魔王は机の上の白紙を取り上げペンを走らせ、シェムシュにその紙を渡した。
そこにはこうあった。
魔王城採用試験(能力開発型)
一、未使用の能力を開花させ、成長可能性の高い者の採用を目的とする
二、能力値について一次試験を行い、合格者は二次試験を受験することが出来る
三、二次試験において一定期間学校生活を送ることとし、合格者を採用する
五、一次試験においては魔法能力の低い者を優先的に合格させ、二次試験においては能力の成長率の高いものを合格させる
「これならいいでしょ? 最近軍部で欠員出たらしいし、身体能力高くて魔法できない人を雪子を一緒に学校通わせて、良い人材いたら採用しといて。他との調整は任せる」
満足そうな顔の魔王に、シェムシュはふむ、とペンを取り、「一定期間」の文字を「一か月間」に変更する。
「よろしいですな?」
シェムから戻された紙に魔王が訂正印と決裁印を押す。
仕事が増えましたな、というシェムシュはそれほど苦にする様子もなく、悠々と執務室を出て行った。




