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さがしもの(5)

 極夜の世界で夜が明ける。

 窓際の揺り椅子から見る雪子は、音もたてずに熟睡していた。いつの間にか大きくなった少女。扱いに戸惑うようになったのはいつからだったか。昨晩だって、雪子には見せないでいた寝室に彼女を連れてきてしまうくらいに、戸惑って。


「でも、まだ子どもだったんだな」


 自分を押し飛ばそうとした雪子の表情を思い出す。混乱と恐怖。そして、ベッドに倒れた瞬間の絶望と、諦観。

 胸の奥にざくりと、杭を打たれた気がした。

 燃え上がった情を抑え込んで世話を焼けば、雪子はこれまで通りに受け止めた。あまりにも自然に、何の疑いもなく。


「雪子、起きて。朝だよ」


 声をかければ、雪子は細く目を開ける。


「魔王様……?」


 再び眠りに落ちて行きそうな声。ああ、二度寝はよくない。徹夜の自分を前に二度寝するのは特に。


「雪子、ここどこだかわかる?」


「え……? あれ?」


 がばりと起き上がる雪子。次に出てくる質問はおそらく、


「ここ、やっぱり魔王様の寝室じゃないですよね?」


 おや。

 予想外の雪子の質問に魔王は一瞬目をまたたいた。


「間違いなく僕の寝室だよ。普段は使ってないけどね」


「魔王様って寝室二つも持ってるんですか」


 無駄だ、と呟く雪子に、まさか「逢引き用だよ」なんて答えられるはずもなく、雨漏り対策だなんて適当に言っておけば、雪子は納得したようだった。やはり馬鹿なのだろうか。


「昨日のこと、覚えてる?」


 尋ねてみれば、雪子はしばらく記憶をたどっているようだった。


「ああ! 料理長に昨日の料理の残りを貰おうと思ってたのに! 魔王様の馬鹿!」


 おい。

 料理か。君の頭には食べ物のことしか残ってないのか。


「あ、でも夢かもしれないんですけど、私が無効化の魔法をつかえて、それを見つけた魔王様が面白そうだったから連れてきちゃったって話を魔王様から聞きました」


 雪子は、アベルが話した通りに覚えているようだ。

 アベルもさすがに一時期魔法を使って女子中学生をストーカーしていましたとは告白できなかったし、雪子もそれを知ることを望んではいないだろう。それに、彼女があの日何をしようとしていたかはきっと、誰も知ってはいけないのだ。


「雪子、もしも他に何か魔法が使えるとしたら、使ってみたい?」


 魔王の問いに、雪子は考えながら答える。


「そうですね、うん、使えるなら、使ってみたいです。えっと、仕事の仲間のみなさんって芸達者だから、私も魔王城のメイドとしてそれくらいできないと」


「社会人らしい向上心だね。けっこう。魔法を習いに学校へ行く気はある?」


 本当はもっと早くこの選択肢を出すべきだったのかもしれないが、魔界人と人間の成長速度が違うことを忘れていたのだから仕方がない。彼女が自分の能力に気づくまで、と延び延びにしてきたことに、他意はないつもりだった。


「あの、20歳にもなって子供とまざって勉強するのはちょっと……」


「ああ、見た目の問題なら魔界人にも色々いるから大丈夫」


 人型をとるものでも、ずっと幼いままの者、ほんの数か月で大人の見た目になってその後はゆっくりと心身を成長させる者、と様々だ。城下町にいるのは人型をとる者ばかりだが、郊外へ出れば様々な姿かたちの者がいる。

 そう説明すれば、雪子は安心したようだった。


「とりあえず行ってみたら」


 うなずく雪子の姿に、数年前に「ここに就職したら」と言った時の反応を思い出す。

 その変わらないまっすぐさに、なんだか安心した。

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