さがしもの(4)
少女の名前は、雪子。
学校に通っていて、授業中の返答はともかく、真面目な生徒として評価されているらしい。
漫画研究部に入っているが、読む専門。青春恋愛ものも読めば、ファンタジー、アクションも読む。
友達は数人、どれも真面目そうな少女たちだ。
取り立てて面白いこともない、普通の少女。
人間界に魔力があることはそうないから、無効化が発動することもない。たまに魔界から遊びに来た者が置き残した魔力を吸収しているが、本人は風邪を引いて熱を出した程度にしか思っておらず、その熱さが魔力の熱であることには気づいていない。
発散される魔力は空気中に溶けて、付近の植物を狂い咲きさせているが、特に問題はないようだった。
もしかすると、彼女は人間界の自浄作用の一つなのだろうか。魔力のない世界を魔力のないままに保つために生まれてくる存在。そこまで思い至って、馬鹿馬鹿しい、とひとりごちる。どうやら自分はこの少女を特別なものに仕立て上げたいようだ、と気づくのに時間はかからなかった。ただ、なぜそんな気持ちになるのかはさっぱり見当がつかなかったが。
そして、桜の季節が終わった。
扉が閉じ、アベルが人間界へ行くこともなくなる。
束の間の楽しみだった、と忘れてしまうことは簡単だった。いや、簡単なはずだった。
それは妙な感覚だった。さみしさともいえるがどこか違う、あえていうならば胸騒ぎだった。
月のない夜は扉が開きやすい。
ちょっと散歩へ行ってくる、なんて言って人間界に来れば、太陽が昇ってきて、そして欠けてゆくときだった。
光学迷彩の魔法をまとって印を手繰れば、少女はすぐ近くにいるようだった。
平日なのに制服を着ずに、どこか浮世離れして、でも一点を目指して歩いていた。
ふいに彼女の行き先に思い至る。
彼女の観察を続けていて気付いたこと。彼女がずっと探していたもの。そして、間違った正解を見つけてしまったこと。
綺麗になりたくてダイエットを始めたはずが痩せ細って醜くなる、そんな皮肉を見ているようで。
目の前で奪われるくらいなら、いま、手に入れてしまえばいいじゃないか。
人間界で遊ぶうちに知った「本日は良いお日和で」という挨拶をフランクにするならどう言おう、なんて考えてアベルは目を細める。
彼女の進行方向に立ち、あえて彼女の手に触れる。
無効化。
「いい天気ですね」
光学迷彩を無効化したアベルと、息を詰まらせる雪子。
彼女が間違った正解を手にするのなら、奪い取ってしまえばいい。だって、自分なら彼女が本当に欲しているものを与えてやれるから。
そう思うのは、魔王の座におぼれたゆえの傲慢だろうか?
「良い場所があります」
魔界への扉を開きながら、彼女の手首は無効化を発動しないことを知った。




