さがしもの(3)
桜の木の下には死体が埋まっていると言ったのは誰だったか。
きっとその人は見たのだろう。いま在る世界のものがそこへ消え、いま在る世界ならざるものが、そこから出てくるさまを。
桜の木の根本は扉だ。人間界と魔界を繋ぐ扉。
扉が開き始めると、魔力が樹の中を駆け巡り、その力で一気に花が咲く。光合成で得られるエネルギーよりよっぽど濃く狂気的な力は毎春人間を魅了して、時折こちらに人を呼びこんでは、人間界で神隠しなどと騒がれていた。
アベルが人間界を訪れるのはほとんどいつも春だった。魔界の人間が多く行き交う欧州の秋の夜よりも、日本の春が好きだった。それはきっと、いろんなものが不安定だからだ。危うくて壊れそうで、でも微妙なバランスで立っている。そんな空気が、好きだった。
だからあの日、アベルが彼女に魅かれたのはなんの不思議もなかった。
黒いセーラー服の少女。どこを見るともしれない瞳で、何かを探すように歩く姿は、どこか狭間にいるようだった。
ちょっとついていってみよう、なんて、猫に姿を変えて追いかけて行ってみれば、彼女はやおら路地に入ったり、ビルの周りを一周しては次のビルへ向かうという行動を繰り返していた。
ビルマニアか。工場や廃墟に魅力を感じる人間がいるとは聞いていたが、ビルに魅力を感じる人間もいるのだな。
アベルは彼女の後をしばらくついていったが、やがて彼女の行動に法則を見出すと満足して道のすみに座り込んだ。不安定な空気はあちらこちらに漂っている。また別の人間を追ってみてもいいかもしれない、と考えていると、ふいにかなり近くに人の気配を感じた。
刮目すれば、なんと先ほどまでアベルが追っていた少女。
少女はアベルをじっと見て、「猫さん、元気?」と、アベルの頭を撫でた。
その瞬間、頭から急激に力が抜ける。
何が起きたのかわからなかった。今までにない感覚に混乱し、飛びのきながら少女を睨めつければ、少女の右手に彼の魔力が宿っているのが見える。
残念そうに立ち上がって去って行く少女を目で負えば、その右手から魔力が空気中に拡散してゆくのが見て取れた。
魔界では無効化と呼ばれる古の魔法。
実際はその場の魔力を吸収してどこかに発散することで無効化を生じさせているのだが、エネルギー保存の法則なんていう無粋な言葉よりも無効化の方がよほど美しいし、神秘的に感じられる。
それに、体感してみればなるほど、無効化なのだ。あの瞬間感じた、自分を消されてしまうようなささやかな恐怖。
文献の中でしか見たことのない魔法を目の当たりにし、アベルは胸を高鳴らせた。
無効化の魔法を無作為に、もしくは無条件に発動させる体質の、人間。
面白い。
自分では気づかないうちに笑っていて、そんな自分に驚く。魔王になってからこんなに笑ったことがあっただろうか。少女の右手に残る魔力をたぐって印をつける。
その日から、アベルが少女の生活を観察する日々が始まった。




