さがしもの(2)
「雪子はまだ、見つけられてなかったの?」
目の前の青年は少し悲しそうに笑う。
「なんでそんな顔をするんですか」
世界がぼやける。ふいに遠くから雪子、と聞こえて、それは何度も何度も、呼びかけてくる。まるで、目を開けろというように。
……目を、開けろ?
「魔王様、しつこい」
目を開ければ、目の前には魔王様。
体に感じる柔らかな温かさ。フローラルな柔軟剤の香り。
見知らぬ天井。
「あれ?」
「……僕の寝室」
聞く前に返ってくる答えに反射的に「知ってます」と返すけれど、頭の中が混乱してよくわからない。
「かなり飲んだでしょ、お酒」
魔王様が渡してくる水を飲み干せば、少しずつ頭がはっきりしてくる。そういえば、メイクを落とされて着替えを渡されて、着替えたら眠くなってそのまま……。
「普通さ、着替え終わったら言うよね? 全然うんともすんとも言わないから来てみれば人のベッドで寝てるし、ボタン掛け違えてるし、なんなの? 酔いどれなの?」
魔王様の立て板に水状態のお叱りに何も言えない。っていうかボタン掛け違えて……ないじゃん。ちゃんと留まってるじゃん嘘つき。
「僕が留め直したの。まったく、もうこどもじゃないんだよ? わかってる?」
「……ごめんなさい」
魔王様のため息に心がえぐられる。とりあえずもう一杯水を飲もうとしたら、ピッチャーから盛大にこぼした。つらい。
「雪子、もういい。動かないで。僕がやるから。なんなら口移しで飲ませてあげるから」
「それだけは勘弁してください」
魔王様は雪子にコップを渡しつつ、あいた左手を光らせる。しゅわっと音がして水が蒸発するのと雪子が水を飲み干すのが同時だった。
「この前、ドラゴンの洞窟行ったでしょ」
ベッドに腰掛ける魔王様につられて雪子も上半身を起こす。
「変なことがいくつも起きたのに、雪子って何も聞かないんだなって思って」
そういえば、ドラゴンの洞窟で体がやたら熱くなって、海に手を伸ばしたら海から水柱が上がったりしたなぁ。あのあと、お城に戻ってすぐメイド長に怒涛の勢いで謝られたり、仕立て屋さんにお手紙を渡したら苦笑されたり、普段のお仕事に戻ったりしてすっかり忘れていた。
それに、魔王様がいつも通りだったから、これも魔界の日常なのかなー、なんて思っていたところもある。
「聞かなくてもいつも通り日々が過ぎて行ったので」
思ったまま言うと、魔王様は「その順応力は雪子の良いところなんだけどね」と目を細める。
「私に順応力はない気がするんですが……あえていうなら忘れっぽいというか……」
さっきまでの夢を思い出す。あの夢は確かに、過去の一部だった。魔王様に出会わなければ訪れていたであろう過去。まあ、結局そこでも魔王様に出会ってしまったわけだけれど。
「せっかく褒めてあげたのに」
魔王様がくしゃりと雪子の頭をなでる。
「僕が雪子を魔界に連れて来た理由、話したことなかったでしょ」
聞きたい?
そう尋ねられて、少し興味がわく。
途中で寝ちゃってもいいよ、なんて言葉と共に掛け布団にもぐりこませられるけれど、出来れば寝ずに聞いていたいと、思った。




