パーティーには危険がいっぱい?(2)
魔王様の気まぐれでパーティーに出ることになって、仕立て屋さんに布やひもでぐるぐる巻きにされたかと思えば、こんなちょっと高そうなドレスが届いて。メイド長が身支度を手伝ってくれたけど、いかんせん着慣れないものを着たって似合うはずがない。しかも、こんな状態でダンスを踊れだなんて。
無理すぎる。
歩くだけで転びそうなのにこんなハイヒールで踊るなんて、魔王様の足を踏んづける方がまだ簡単だ。
これはもう、できるだけ見つからないように隅っこの方にいて壁と同化しているしかない。
給仕の仕事に戻っているメイド長の背中を見ながら、雪子は壁伝いに奥の方へ進む。しばらく進むと、入り口の混雑とは一転、だいぶ人口密度が低くなった。
一息つきつつ、生ハムメロンやチーズをいただく。料理長、今日も美味しいよ、料理長。クラッカーにのるパテも美味しい。ああ、スパークリングワインも美味しい。高いんだろうな。
「よく召し上がるんですね」
ふいにかけられた声に顔を上げれば、銀色の髪を撫でつけた青年が立っていた。
青年は給仕をしていたバニーガールを呼んで白ワインを渡してくれる。
空になったお皿やグラスを渡す時にバニーガールをよく見ると、食堂で見かける先輩メイドだった。
めっちゃスタイル良いな、先輩。
「どうかしましたか?」
バニーガールを注視する私に呆れたように問いかける青年に、本当は私もメイドでバニーガールにさせられなかったのが奇跡なんですとは言えない。
「なんでもないです」
乾杯、とグラスを持ち上げて、一口二口。
心の中で、黒レオタードに網タイツのバニーガールにさせられなかったことに乾杯。ドレス良いよ。ドレス最高。
世間話を始める青年に適当に言葉を返していると、照明が一段暗くなった。
「踊りませんか」
書記官のシェムさんが「5曲覚えておけばなんとかなります」と言っていた曲の一つが流れ始める。
どうしよう、踊れなくはないけれど。
「こちらに」
差し出された手に誘われるように、手袋をつけた手を乗せる。
あまりにも自然にエスコートされて、彼の手馴れた感じが怖い。
頑張ってリズムを数えなくてもそれっぽく動けるなんて、まるで、魔法みたいだ。
掃除ばっかりしてたシンデレラも、こんな風にリードされたんだろうか。こんな風に、特別扱いをされてるような気持ちになったんだろうか。
こんな風に。愛おしいものを見るような目で、見つめられたんだろうか。
曲が終わる。
ぎこちなく礼をすれば、彼も礼をして、でも、そのまま雪子の手を握り続けている。
他の人たちは相手を変えたりしているのに、この人は変わらないんだろうか。
振り払うわけにもいかないし、と悩んでいると、ざわりと人ごみが揺れた気がした。
「これは、魔王様」
青年が礼をする。魔王様は人前に出るとき限定のキリリとした目で軽くうなずく。
「楽しんでいただけてますか」
わあ、魔王様ちゃんと敬語使えるんだ。新鮮。
「お嬢さん、一曲お願いできますか」
しかも私にまで。大丈夫魔王様? お嬢さんとかまるでシェムさんみたいな言い回しになってるよ?
疑わしそうな目の私に一瞬魔王様は変な顔をして、半ば強引に私の手を取った。
「あほづらしてるけど、大丈夫?」
体が近づいて第一声がこれ。
ひどい。
普段はしないような力のある目に微笑みを浮かべた口元、きっと周りには口説き文句でも吐いているように見えているのに。現実は厳しい。
「ナンパされて嬉しくなっちゃった? ああいう顔が好み?」
少しアップテンポな曲の中で駆けるようにリードされてゆく。さっきまでの甘い時間が嘘みたいな、台風が来ちゃったようなダンス。
「違います、まあ、イケメンでしたけど」
本当は顔なんてろくに覚えていないんだけど、とは言わない。
「化粧の濃い化け物みたいな人たちに取り合われたくないから雪子に来させたのに、どこで油売ってたの」
もしかして、魔王様怒ってる?
いやでも私だって、あのちょっと本性が背中から出かかってるようなお姉さま方の中に飛び込んでくのは命が惜しくてですね。
「今日は離さないからね」
魔王様の口元が軽く持ち上がった気がした。




