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ようこそ魔界へ(1)

 太陽が欠けた日、私の世界から太陽が消えた。


 まだ朝の早い時間だった。

 ゆっくりと減っていく太陽とやけに強い風。さきほどまでの暑さが幻だったかのように空気が冷えてゆく。

 家の外に出て空を見上げる人たち。

 テレビでは今頃、実況中継かなにかで盛り上がっているのだろう。

 「世紀の天体ショー」「金環日食」「お見逃しなく」……

 そんなフレーズが飛び交っていたのが先月だろうか。いまはただ、静かだった。

 空を見上げながら裏通りを歩く。

 夜は飲み屋街として渋滞するこの道も人々が働き始める時間になってはシャッターがしまり、人ひとりいない。

 まるで空をひとりじめしているようだ、とひとりごちて雪子は満足げに微笑んだ。


「いい天気ですね」


 ふいに聞こえた声に顔を戻す。

 ゆるんだ顔を戻して前を見据え、右、左、そして後ろ。

 あたりを見回す雪子の目には、雑居ビルのシャッターとプラスチックの看板がうつるのみ。

 空耳か、と顔を戻すと、


「いい天気ですね」


 いつの間にいたのか、目の前で青年が目を細めていた。


「いっ……いい天気…ですかね、すごいですよね、日食」


 一瞬息をつまらせながら答えた雪子に青年は言った。


「探し物は見つかりましたか」


 探し物?

 この人は何を言っているんだろう、ああ、そうか、きっと不審者だ。いけない、逃げないと。でもどうしよう、穏便に?


「見つかったので、帰ろうかと」


 答える雪子をさえぎるように青年は言う。


「ああ、間違えました。あなたが探しているのは物ではなくて……場所、でしたね」


 とりあえず逃げよう、この金髪黒づくめの男から。今すぐに。

 後ずさりつつ体の向きを変えようとした雪子に青年は続けた。


「良い場所があります。案内しましょう」


 いきなり手首をつかまれる。


「けっこうです!」


 最近のナンパはこうも不審者じみるようになったのか。どうしよう、振り切れるか。

 そんな雪子の内心を知ってか知らずか、青年はなおも目を細めた。


「残念ながら、ついちゃいました」


「いったい、何を」


 青年から手首を振りほどき、すぐさま間合いを取って走り出そうとして、雪子の足が止まった。

 周りに続いていた灰色の雑居ビルとシャッターはどこへやら。目の前には赤レンガの塀に赤レンガの地面。塀に少し寄れば、薄青の空と緑の芝生が広がり、遠くに山や建物の屋根らしきものが見える。

 どうやらここは塔のような建物のバルコニーらしい。


「お茶でもいかがですか」


 金髪に黒いシャツに黒いズボン、まるでホストのような見た目の男は、声色を変えずにのたまった。

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