純愛への道
次は少女の愛への道のり。
それでは心逝くまでお楽しみください
「ねぇ、家庭内ストックホルム症候群って知ってかしら?」
放課後、いつものように教室に一人残り、窓から帰宅する生徒や、グランドで部活に精を出す生徒を見ていた私に、彼女が話しかけてきた。
始めて彼女に話しかけられたが、僕は彼女のことを知っていた。
美人な彼女は学校でも有名だ。
だがクラスの中では、彼女は浮いた存在だった。
いつも手首に白い包帯を巻き、左目を白い眼帯で覆っていた。
そんな姿でも彼女の美しさを損ねることは無い。
むしろそんなアクセントがさらに彼女の美しさに拍車をかけていた。
でも問題なのは彼女のそんな姿では無い。
彼女からにじみ出る得体のしれない何かが、クラスメイトと彼女を明確に分けていた。
集団行動を主とする学校という閉鎖空間では、彼女はあきらかに異質な存在だった。
そんな彼女は、僕の返事も聞かず一方的に話を進める。
「SSDと訳されるこの症状はね。もともとストックホルムという病状が銀行強盗や誘拐犯につかまった人質が、危険な状況下で自分の生命を守ろうと、無意識のうちに犯人を好きになろうとするのと同じで、人は誰でも、身の危険を感じたときは犯人を好きになろうとするの、それの家庭版よ」
そこで彼女は静かに笑う。
「吊り橋効果に似ていると言えば似ているわね。
恐怖という感情が上手くコントロールできず、好きでも無い人間を好きと勘違いしてしまう。
人間の脳というのは感情を上手く制御できないからね」
軽快な笑みではない。
相手が楽しくなれる笑みではなく、心を鷲掴みされるような酷薄な笑み。
でも私はその笑みに心を奪われた。
「子供というのは、家庭の中では極めて弱い存在、人質と似ている立場。親がいなければ生きていけない。
子どもにとって親から好かれるか、嫌われるかは死活問題なの、それが呪いのような魂を縛り付ける」
窓から差し込む夕日が、彼女の横顔に影をつける。
グランドから入ってくる生徒の声が、この場ではものすごく場違いに感じる。
いつもと同じ教室なのに、今や彼女の言葉が教室にいる全てを支配している。
「親に暴力を振るわれた子供は、将来同じような人を好きになってしまう。
たとえそれがどんな屑の人間だとしても、まったくもって度し難いは、子供のころに受けた呪いはいつまでも付きまとうのだから」
そこまで聞いて、僕は初めて口を開く。
「なんでそんなことを僕に話すのかな?」
「決まっているじゃない、あなたがそんな屑に似ているからよ」
詠うように彼女は言葉を紡ぐ。
「私はあんな屑みたいな人間を好きになりたくない。
でも、呪いのせいでそんな屑に引き寄せられてしまう」
そして恋する乙女のような笑顔で毒を吐く。
「どう?いつも教室からグランドを見る気持ちは?
あなたの目まるで高い位置から人を見下しているようよ」
「……有名なアニメに名台詞があるよね。『見ろ。人がまるでゴミのようだ』って、あの大佐の気持ちがよくわかるよ。
いやそれ以上かな?」
もう、いつもの平凡な学生の仮面をかぶる必要もないだろう。
僕は普段とは別人のような凶悪な笑みを浮かべる。
今なら分かる。
この凶悪な笑みを浮かべられる僕は、彼女の言う通り屑なのだろう。
だがそれでもいい。
先ほど彼女に心奪われた分、今度はこちらが彼女を奪いに行く番だ。
そう決めると僕はポケットからナイフを取り出す。
ナイフを取り出した僕を見ても、彼女の笑みは変わらない。
「やっぱり、あなたは父親(あの屑)に似ているわ」
彼女も制服のポケットに手を入れる。
だが遅い―。
僕は彼女が何か取り出す前に、机を弾き飛ばしながら肉薄する。
ナイフを横薙ぎに一閃、彼女の首筋を狙う。
彼女の白い肌が血に染まる。
それを想像しただけでゾクゾクしてくる。
だが僕のナイフが届く前に、ポッシュっという間の抜けた音が耳に入る。
何の音だ?そう思う前に僕のナイフが、彼女の目の前で床に落ち、そして同じように僕も床に倒れる。
何が起きたのかわからない。
違和感のある腹を触ると温かい感触が手に当たり、真っ赤な血で濡れる。
倒れ伏した状態で、顔をあげると彼女がポケットから拳銃を取り出していた。
「残念ね。ポケットに穴があいてしまいました」
彼女は倒れている僕を見ても、変わることなくそんなことを呟く。
僕の腹は最初猛烈に熱かったが、急激に冷えていく。
目も霞み次第に僕の視界は真っ暗になり、そのまま意識が途切れた。
動かなくなった同級生を見ても、私は彼に対して何も感じなかった。
私が考えているのはただ一つ。
「世界からあと何人こんな屑が消えたら、安心して恋愛ができるのかしら」
ただ一人教室で、私は純粋な願いを口にする。
願いを叶えるために手段を選ばず、障害は全て除いていく。
それが幸せへの道のりだと信じて彼女は進んでいく。
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