大切なもの 騎士side
次は大切なもの守ろうとする騎士の話。
どうぞ心逝くまでお楽しみください
この戦場に立つことに決めたのは私の意志だ。
城壁の上に立った私は、城壁近くまで迫った敵の陣営を眺める。
朝食のためだろう、敵陣からはいくつもの炊事の煙が上がり、あの煙の数を見るだけで、自陣とは比べ物にならないほどの人数がいるのがわかる。
敵が食事を終えたらすぐにこちらに侵攻してくる。
口にくわえた煙草を最後におもいっきり吸い、気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと紫煙を吐きだす。
最初煙草を吸ったときは、なんでこんな不味いものをと思っていたが、今では戦場に立つ前に必ず吸うほどになっていた。
空に伸びる紫煙を目で追い、そのまま雲ひとつない空に目を見つめる。
昨日の戦いで、城壁前には多くの血と敵と味方双方の死体で埋め尽くされているというのに、空は地上とは関係なく綺麗なのだ。
そんな感傷を胸に刻み、短くなった煙草を城壁から投げ捨てる。
最後の一本だったが、もう吸うことも無いだろう。
人生最後の煙草に別れを告げ、私は城内に戻っていく。
この国が隣国に戦争を仕掛けられたのが、半年前。
我が国は小さいながらも、数ある国の中でも有数の歴史を誇り、王政のもと国民は豊かとはいえないまでも、幸せに過ごしていた。
隣国は何も言わずに国境近くにある村を襲撃して支配下に置いた。
王のもとにその情報が来る頃には、隣国はどんどん支配下を拡大していた。
王の指示のもと、大臣が隣国に進撃を止めるように使者を送るが、隣国はこちらの言葉にまったく耳をかさず、支配下をどんどん広げていく。
もちろん我が国も黙って進撃を許していたわけでは無い。
我が国が誇る騎士団が、戦場の最前列に立ち進撃を止めようとしたが、圧倒的な人数里戦力差のため、騎士団はわずかに進撃を止めるだけで敗北し、その情報が城下町まで届くと、国民の多くが荷物をまとめて我先にとこの国から逃げていった。
難破する船からネズミが逃げるように、国民はこの国を見捨てた。
それでも、騎士である俺は逃げずに残り戦うことを選んだ。
すでに国王とその一族が脱出し、臣下の貴族や大臣も逃げ出し、国民の大半がいなくなった張りぼての国を守りたかった。
『大切のものを守護する』それが騎士の役割だと父は言った。
一兵卒から騎士団長までなった父は、王の信頼厚く騎士の鏡とまで言われていた。
そんな父は進撃を止めるため前線に赴き、絶望的な戦の中、一人でも多くの国民を逃がすために、最後まで戦場で槍を振り続けて戦死したと、傷だらけで帰還した父の部下が涙ながらに俺に教えてくれた。
俺はそんな父を誇りに思い、息子として、騎士として、そしてこの国に住む人間として最後まで戦うことを決意した。
主要な人間がいなくなった王城には、騎士団長に就く私に戴冠を授与する人間はいない。
そんな中、騎士団の銀甲冑に身を包み、胸を張って謁見場に向かい歩く。
他の他国から戦力の支援は期待できない。
滅びる国を支援する国などありはしない。
謁見場の扉を開け中に入ると、謁見場の左右には私と同じように最後まで残ると決めた騎士達が、銀甲冑に身を包み整列していた。
騎士たちの多くは、体のいたる所に包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
滅びる国。それでも彼等は逃げることなく最後まで戦う。
玉座の前まで歩き、誰もいない空の玉座に膝を折り、剣を横に持ち差し出すように前に出す、騎士の忠誠の礼をする。
通常ならここで王に向かい騎士の誓いの文言を言うが、王がいない今必要がない。
変わりに私は後ろを振り向き、居並ぶ騎士たちに宣言をする。
「諸君、私達の国は滅びようとしている。
今の戦力では逆転することはできないだろう。
だがなぜ我々はここにいるのか、私の父であり先代の騎士団長はこう言っていた、『大切なものを守護する』それが騎士なのだと、王が脱出し、国民の多くが逃げ出した。
しかし、この国を愛し最後までこの国いることを決めた国民も多くいる。
今その国民を守らなくてどうする。
たとえ滅びゆく国だとしても、我々は最後までこの国の騎士として戦わなくてはいけない。
仲間を殺された恨みや私怨のためでなく、最後まで大切なものを誇り高き守護する騎士であろう。
それが我等の誇りだ!!」
私の宣言に謁見場にいた騎士全員が、声を上げ、剣を鳴らし同意する。
私の宣言の後、それに合わせるかのように隣国の進撃は激しさを増した。
連日の激しい進撃に、一人、また一人と仲間は死んでいった。
美しかった城下街も火がつけられ、建物は無惨に壊され見るも無残の姿になった。
残っていた国民も、戦火の中に命を次々と消していった。
そして今日、敵の兵達は王城まで足を踏み入れてきた。
最後まで闘っていた仲間も倒れ、残ったのは私だけになってしまった。
すでに私の体は満身創痍いで、いたる所から血が流れている。
それでも剣を離すことだけはしない。
父の跡を継ぐため騎士団長宣言の時、私は仲間に死ねと命令したのも同じだ。
そんな私が戦うことをやめるわけにはいかない。
全てを失った国で、最後まで俺は大切なものを守護するために戦った。
そして動けなくなった私に、敵の刃が振り降ろされる瞬間、わずかな後悔と共に、騎士として最後まで戦った充実感が胸に溢れ、そのまま意識を失った。
後世、歴史家がこう記している。
かの国は押し寄せる隣国の侵攻になすすべなく滅んだ。
だが、王が逃げ出した国民がいなくなった国のため、最後まで戦った騎士達がいた。
彼等は最後まで騎士だった。
それが残念でならない。
なぜかの国に、それほどの忠誠あふれる騎士がいたのかと……。
最後まで名前がわからなかった忠義あふれる騎士たち。
その行為は確かに歴史に名を残した。
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