猿の手に願い事
「次の本はある願いを叶えたい男の物語」
「人が人である限り願いが生まれるものです」
「それでは心逝くまでお楽しみください」
「いらっしゃいませお客様、当店はお客様が来るのを心よりお待ちしておりました。私とう舘の主を務めますクラウンと申します。
さて早速ですが、お客様がお望みの商品をお渡ししましょう」
タキシードを見事に着こなしシルクハット帽をかぶり、片目を眼帯で覆ったクラウン、道化と名乗った男が奥にしまっていた桐箱を差し出す。
笑顔なのにまったく笑っている雰囲気が無い男に、俺は寒気を覚えながらも差し出された桐箱を受け取る。
「商品の説明はお聞きになりますか?」
黙ってうなずき、説明を聞く。
「お客様にお渡しした商品は『猿の手』、昔話にも語られる品ですね。指の数だけお客様の願いを叶えますが、その叶え方はお客様の意に沿うかは別な話です。むしろ意に沿わぬ形でかなえることに定評がある呪いの品と言えるでしょう」
背筋が冷たい汗が流れ、先ほどまで普通に見えた桐箱が今ではとてつもなく不吉なものに覚える。
それを見てとったのだろう、先ほど以上の笑顔で告げる。
「お客様の願いが何か私は知りませんが、お客様が払える対価だとこれ以上の商品はお渡しできませんので、それとも商品を受け取るのをお止めになりますか?」
俺はその言葉に首を振る。
ここで止めるわけにはいかないのだ、俺にはどうしても叶えなければいけない願いがある。
「わかりました。それではお客様からお代をいただきます」
クラウンが片眼の眼帯を外し、隠していた目で俺を見つめる。
全てを見透かすような目で見られ俺はその場から動くことができない。
「幸せな過去と、不安定な未来をお持ちのようですね。
大変おいしそうでございます」
クラウンの言葉が聞こえたとき、俺の視界が黒に染まる。
そして「ゴックン」と、何かを飲みこむ音がしたとき俺の視界は普通に戻った。
何が起きたか分からない私の前に、眼帯を戻したクラウンが何事もなかったように立っていた。
「お代は確かにただきました。それではお客様またのご来店があることを心よりお待ちしております」
慇懃な礼を後に俺は舘を後にする。
何か大事なものを奪われたという感覚はあるがそれが何か分からない。
だがそれより今は手に持っている猿の手の方が重要だ。
これで私の願いが叶う。
その嬉しさに早足で私は家に帰っていった。
ガラス越しに白髪交じりの髪をした男はそこまで話し終えると、うつろに笑いだす。
「なぁ、こんな話あんたは信じてくれるかい?」
私はすぐには信じられることができなかった。そんな不思議を信じることなどできない。
「そうだよな、信じられないよなぁ。でも全部事実だよ弁護士さん」
うつろな笑みに思わず、つばを飲み込んでしまう。
男は先日捕まった連続殺人犯、それも十に満たない子供ばかり殺した凶悪犯だ。
「俺は怖かったんだ、自分が大人になるのがだから周りの子供が成長するのを見てられなかったんだ、だから願ったんだ大人になりたくない。成長するのを見たくないと、猿の手は確かに叶えてくれたよ私の願いを」
その結果が子供の連続殺人。
警察の調査は遅々として進まなかったのは猿の手のおかげだという。
「おかげで視界に入る何人もの子供の成長を止めることができたよ。でもね…」
そこで男がうつろの笑みが消える。
「なんで俺は大人になっているんだよ!」
男が捕まったのは最初の殺人があったとされる日から十五年経った頃になってだ。
「大人になりたくなかったのに、大人になりたくなかったのに……」
猿の手に願い鏡などに自分の成長する姿を見なくてすんでいた男は、見てしまったのだ。
今まさに殺そうとした子供の目に自分の姿が映っているのを。
調査中の警察が突入して見たのは、血だらけで倒れ伏す少年に馬乗りになった男が、血で汚れた刃物を持ちながら右往左往し、ブツブツと何かを呟きながら頭をかきむしる男の姿だった。
「なぁ、なんで俺は猿の手に願ったのに捕まったんだろうな」
弁護士との謁見が終わった男はまた独房に移され、またうつろの笑みで何度目か分からない呟きを洩らしていた。
その呟きは本来なら返事をする者はいない。だが今回は違った。
「それは期限が切れたからですよ」
いつの間にかクラウンと名乗る男が男の後ろに立っていた。
「えっ」
男が驚きの言葉を洩らす。
「お客様にいただいたお代では、あそこまでが限界だったのです」
そう言い、クラウンはいつもの笑顔を男に向ける。
「またお会いしましたねお客様。しかし今回はアフターサービスの様なものでございます。
何も知らないままというのはつらいかと思いまして。
さて、お客様から頂いたお代ですが生贄の提供作業となっておりました。
お客様と私の利害が一致しましたので商品をお渡しし、見事お客様は生贄として子供を何十人と提供してくださいました。
そして、もう生贄は必要なくなりましたので猿の手を回収したというわけですよ」
つまり願いを叶えるため猿の手の力で子供を殺したのではなく、お代を払うために子供を殺し、猿の手はその手伝いに使われ、男の願いなどは生贄を得るための副産物に過ぎなかったということだ。
それがわかったのだろう。恐怖に歪んだ顔で男はクラウンを見る。
「その顔を見ただけで、アフターサービスをしたかいがあるというものです」
そのとき男が、胸を押さえて苦しみ出した。
「言い忘れていましたが、お代が少し足りなかったのであなたの寿命もいただきました。あまりおいしくはありませんでしたがね」
そう言い、シルクハットをかぶり直し倒れた男に背を向けその場を去ろうとする。
「ああ最後に……」
肩越しに振り返り、今までで最高の笑顔をして男に告げる。
「悪魔に願いを頼むなんてこと事態間違いなのですよ」
「いかがでしたか?」
「お気に召しましたか?」
「よろしければ次の本もお読みください」




