先輩と僕の新米活動日誌
「次の本は神様の物語」
「意外かもしれませんが、神様こそ人間味溢れているのです」
「それでは心逝くまでお楽しみください」
「ねぇ、後輩君はタナトスって知っているかしら?」
先輩が楽しそうに笑いながら僕に聞いてきた。
「タナトスですか?確かギリシャ神話に出てくる死を擬人化した神のことですよね」
フロイトが述べた哲学的な意味の、生の本能に対立した死の本能って考えも頭に浮かんだが、先輩がそんな哲学的なことを言いたいわけは無いだろう。
むしろ哲学的なことを言い出したらそれこそ驚いてしまう。
「えぇその通りよ。しかし日本よりも早く神様を擬人化するなんてギリシャ人もあなどれないわね」
「いえ先輩、別にギリシャ人は日本人みたいに擬人化した神様に萌えたりしていたわけじゃないですよ」
大体死の神様に萌えたりしてどうするというのだ。自殺志願者が萌えるのか?
「そうなの?」
本当に不思議そうに首をかしげる先輩。
なんでそこで本気で不思議そうに首をかしげるんですか先輩!
世界中見渡しても、神様を擬人化して萌えるような特殊な文化を持つのは日本ぐらいですよ!!
僕心の中で盛大にツッコミ溜息を吐くと、先輩に話の続きを促す。
「それはいいとして先輩、そのタナトスがどうかしたのですか?」
「そうよ、そのタナトスよ」
先輩が満面の笑みを浮かべ、
「タナトスは死を擬人化した神のため倒せないと言われているわ。だから私は、ぜひともその倒せない神様を倒してみたいの」
……いったいこの先輩は何を言っているんだ。
「だってそうでしょう。無敵なタナトスから見たら脆弱な人なんて、虫けらのように見えているに決まっているわ。
まったく一体何様のつもりなのかしら」
だから神様ですって!!
思わず突っ込みたくなったけど止めておく、今の先輩に何か言っても無駄だと長い付き合いでわかっていることだ。
「私は許せないわ。だからこそ生意気なタナトスに一発くらわせないと気がすまないの!!」
僕は堂々と拳を握り宣言する先輩に溜息を一つついてから言う。
「無理ですよ先輩、僕たちの格では近づくことすらできないんですから」
「何を弱気なことを言っているの、私達も立派な神様なのよ、同じ神様同士もっと胸を張りなさい!」
ドーン!!!という効果音が聞こえるように先輩は自信満々に胸を張る。
そんな先輩を見て、先輩とは逆に肩を落としてしまう。
日本は八百万の神が住む地として知られている。
天照や月詠などの神話上の大物神様、犬神や蛇神などの動物神。長く使われていた道具も時が付くと神になり憑喪神など様々な神様いる。
僕と先輩はそんな中でようやく生徒に噂されるようになった地縛霊から、つい最近神様に昇格したばかりのいわば新米の神様。
そんな誰も知らないような無名な神様の僕達が、歴史にその名を残している神様に喧嘩を売るなんてとんでもないことだ。
「先輩止めときましょうよ。前までのように学校の生徒を脅かしていたときと僕達は立場が違うんですよ」
僕は必死になって先輩の説得を試みるが、先輩は一向に止まる気を見せない。
「だからこそよ。今までとは立場が違うんだから、しっかりと神様として仕事しないといけないの、それが神様になった私達の責任だわ」
「先輩…」
その言葉に思わず感動して、
「それに神様になったのだから何かすごい事したいじゃない♪」
先輩の漏れた本音を聞き、すぐに正気に戻った。
先輩は神様になったから何かすごいことがしたいのだ。
そしてたまたま目に着いたタナトスに因縁を吹っ掛けて、実績を作るつもりだ。
それは神様じゃなくて、悪ガキの発想でしょう先輩……。
「ほんと止めてください先輩。負けるのが目に見えていますから」
「それはやってみないとわからないじゃない。それに負けるとわかっているとしても何とか一矢ぐらいは報いるわ」
果たしてこちらから喧嘩を売っておいて、一矢報いるという言葉の意味が通じるかはともかく、僕は先ほど以上に全力で先輩止めるのに専念することにした。
後日談―
結局、僕は先輩を止めることができず、先輩はタナトスに喧嘩を売りに行き、一矢も報いることもなく秒殺され、なぜか必死に止めていた僕まで巻き添えで秒殺された。
タナトスは「久しぶりに楽しい馬鹿に会えた」と髑髏の顔をカタカタと震わせ、喧嘩を売ったことを流してもらった。
その時感謝をしたと同時に、あの髑髏の顔は萌えないな~と場違いな感想も持ってしまったのは秘密だ。
そしてボロボロの姿で日本に帰って来たとき、天照様が腕を組み額に血管を浮かばせながら、静かに微笑むという恐ろしい表情で待っていた。
どうやら僕達がやったことが耳に入ったらしい。
ガタガタと震える僕と先輩を見ながら天照様は、組んでいた腕をほどき片手を天に伸ばし、一気に振り下ろす。
ゴロゴロゴロ、ドッカーン!!!!
眩い光と爆音とともに天罰の雷が僕達を直撃する。
「「きゅ~う」」
可愛い声を上げて、先輩と僕は真っ黒になりながら気を失う。
そして現在、先輩は罰として出雲の神社の掃除一カ月(神格使用禁止で)を言いつけられました。
……なぜか必死に先輩を止めていた僕も、止められなかったとして同罪として同じ罰を受けました。シクシク…。
「いかがでしたか?」
「お気に召しましたか?」
「よろしければ次の本もお読みください」