狼の刃
「次の本は復讐を誓う一人の青年」
「彼の刃は相手に届くのか」
「それでは心逝くまでお楽しみください」
満月が空に輝く夜、城の中では大勢の人間が集まりパーティーが開かれていた。
「すみません、このカクテルのお代わりを一つ」
通りかかったボーイに空になったグラスを掲げ、新しいカクテルをもらう。
新しいカクテルに口をつけながら俺の視線は一点に集中する。
この城の城主でパーティーの主役の女に。
あいつはだけは許すことができなかった、一族の仇。
気付かれないように懐に仕込んだ短剣を握りながら、ゆっくりと近づいていく。
楽しそうに来賓に談笑しながら、笑顔で酒を飲む。
それが最後の晩餐になるとも知らずに……。
周りにはガードマンが数人いるが、近づけば俺の能力で殺すことができるだろう。
あと少しで短剣の間合いに入る範囲になるというときに、城に流れていた曲が変わる。
今までの談笑のために流れていたゆっくりとした曲ではなく、踊りのための曲に。
それに合わせるように、広間の真ん中にスペースが出来上がる。
「そこのあなた良かったら一緒に踊りませんか?」
城主がそう言って私に近寄り、手を差し出す。
絶好のチャンスだが、今はあまりにも周りの目が厳し過ぎて、短剣を出した瞬間に防がれる確率が高い。
「申し訳ありません、踊りは苦手なもので」
「大丈夫、ワルツだから簡単に踊れるわ」
無理やり手を取り、広間にと連れて行かれ強制的に一緒に踊らされる。
俺はたどたどしく何とか形になるように踊ろうと努力する。
「あら、なかなか上手いじゃない」
「そんなことありませんよ、足を引っ張らないようにするので精一杯です」
殺意をばれないよう笑顔でそう答える俺に、彼女も笑顔で返す。
「犬にしてはですけど」
その言葉に俺は彼女から離れ距離をとる。
「まさか、こんなとこまで犬がまぎれるなんてたいしたものですね」
笑顔で紡がれる彼女の言葉に、俺の企みがバレていることに気づく。
だがバレていても引くわけにはいかない。
「一族の仇だ、その命貰う」
俺はそう宣言し夜空に向かい、大声で吠える。
それと同時にシャツがはじけ飛び、銀色の体毛が体を覆い、手も太く爪も大きくなり、顔も鋭い牙の生えた狼に変化する。
人狼族、残り少なくなった種族の一人、それが俺だ。
俺の変化を見て、城に来ていた来賓が悲鳴を上げる。
「なかなか見事な毛並みね。ちょうど番犬が欲しかった所なの、だからあなた番犬にならない」
俺の変身を見ても、彼女の笑顔は変わらない。
彼女のたわごとに耳をかさず、俺は彼女の首を刎ねるために動こうと身を低く構える。
人狼族の速さについてこれる生物はいない、彼女が気付く前に首は胴と離れているだろう。
足に力を入れて肉薄しようとした瞬間、背中に異変を感じる。
背中にナイフが突き刺さっているのだ。
慌てて背後を見ると、そこにはさっき悲鳴を上げた来賓の人間が立っていた。
だがその表情に恐怖は無く、無表情でただその目だけが赤く輝いて。
ナイフには毒が塗られていたのか、体から力が抜けていく。
それでもなお動こうする俺に今度は、別の来賓がナイフを突き刺す。
その来賓も同じように無表情で目だけが赤く輝いている。
「残念でしたね。ここにいる人間は全て私の眷族よ」
目の前まで来た城主は、笑顔でそう告げる。
「満月の夜なら私に勝てるとでも思ったかしら。でも残念ね、夜は私の時間なの」
その言葉に俺は悟る、復讐に失敗したのだと。
殺すために侵入した場所は、吸血鬼の罠を張った巣だったのだ。
そこで俺の意識は闇に落ちていった…。
「いかがでしたか?」
「お気に召しましたか?」
「よろしければ次の本もお読みください」