師走形見と閏年軌跡の作戦行動
次はある組織に属する者達の話。
どうぞ心逝くまでお楽しみ下さい
着なれないスーツ姿を着て、俺師走形見は会場を歩く。
会場はかなりの大きさがあり、そこに大勢の人間が集まっていた。
だが集まっている人間は、皆仮面で顔は隠しておりその素性は分からない。
もっともその立ち振る舞いから上流階級の人間だということだけははっきりわかる。
上流階級の人間が集まる仮面舞踏会、そこが今回の俺の仕事場だ。
今回の仕事は、この夜会に参加している参加者の中にいる、組織の裏切り者を見つけること。
日本を影から支える組織に対し、裏切り者は他の勢力の手を借り反乱を企てていると情報が入った。
組織の若きエースと呼ばれる俺としては、組織を守るためにもこの仕事はきっちりこなさなければいけない。
あらためて気合を入れ直し、けどられないように会場にいる人間を観察する。
仮面で隠していても、微かな仕草で裏仕事に準じたことがあるかどうかはすぐにわかる。
いつもなら楽な仕事なのだが、今回は一つ問題があった。
楽な仕事ということで、組織が新人教育のため俺に一人の新人をつけたのだ。
だがその新人は何と言うか、……酷く間抜けなのだ。
「センパ~イどこですか?この仮面頭が重くてフラフラします」
会場の人間を観察していた俺の背後から、間の抜けた声が聞こえる。
その声には覚えがあった。
あったが振り向きたくなかった。
振り向いたら絶対後悔する。
だが振り向かなかったら仕事に支障をきたすことも間違いない。
誰にも気づかれないように小さく溜息を吐き、覚悟を決めて後ろを振り返る。
そこにはツタンカーメンの仮面を被った人間が、フラフラと足元がおぼつかない様子で歩いていた。
その姿を見て、覚悟を決めてはずなのに頭痛がしてきた。
あれは間違いなく俺が教える新人の少女、閏年軌跡だ。
周りの人達がクスクスと笑ったり、訝しげに見ていたりする中、俺は早足で閏年の所に駆け寄る。
「お前はなんでこんな目立って、邪魔な仮面をつけてきたんだ」
「えっ、だってこの仮面呪いの仮面ですよ。これをつけていたら誰も近寄らないと思いまして」
確かにいろんな意味で近寄らないだろうが、これは無い。
その言葉に、頭痛がさらに痛くなりこめかみを押さえてしまう。
そんな俺の姿を見て、
「大丈夫ですか~?頭押さえたりして、仮面つけているから顔色は分かりませんが、もし体調が悪かったらこれ食べたらいいですよ。向こうに置いてあったのですがエリマキトカゲの黒焼きだそうです。これ食べたら元気爆発ですよ」
頭痛の原因が、理由も気づかず大声でそんな事を言ってくる。
周りに目を向けなくても、俺達二人がかなり目立っていることが雰囲気で伝わってくる。
このままでは、裏切り者を見つけられない。
下手したら、あやしいと思い逃げ出してしまう可能性もある。
「ちょっとこっちに来い」
俺は怒りを抑えた声で、閏年の腕を掴み会場を出て、近くにある小室に連れて行く。
近くに誰もいないことを確認して、俺は仮面を外して怒鳴りつける。
「お前は一体何を考えているんだ!それでも組織の一員か!裏切り者が勘づいたらどうする!!」
怒鳴り声を聞き、閏年も重そうなツタンカーメンの仮面を外し、肩を落としションボリと項垂れる。
「すみません……」
閏年は小さな声で謝る。
その小さく消えそうな声と小動物の様な姿を見て、俺の怒りも少し落ち着く。
「…すまない、俺も言いすぎた。それよりこれから裏切り者を燻りだすぞ」
「はい!!」
俺の言葉に、閏年は顔を上げ元気よく返事をする。
さて、それじゃこれからどうやって裏切り者を燻りだすか思案する横で、閏年が部屋を出ていこうとする。
「おい、どこ行くんだ?」
「燻りだすんですよね?それでは火をつけるために火炎放射器探しに、これほどでかい屋敷なら火をつけるのも大変そうですから」
閏年の言葉に、今度は頭痛だけでなく、眩暈も覚えた。
今回の仕事達成できないかもと、脳裏によぎってしまった。
――報告書 案件20869
組織の裏切り者の始末のため、師走形見(以後甲と呼称)を派遣。
なお今回は新人教育のため甲に閏年軌跡(以後乙と呼称)を付けての任務となる。
裏切り者がいるとされる会場に侵入、数時間後、裏切り者を確保。
任務は無事成功とされる。
――以下今回の任務における被害報告
会場のある建物炎上、数時間後鎮火するが建物は全壊。
会場にいた一般人の多くに軽傷、または軽度の火傷の被害有り。
幸いにも死傷者はいなかったもよう。
被害総額およそ5億円
(歴史物建物ということ、そして建物内にあった備品や家具などの値段も合わせ、最低でもこの金額となる。
また人的被害については、一般人とされているが、この会場にいた人間の多くが名前が表に出てはいけないこともあり、被害届を出さず金額は入っていない)
これらの報告書を見ながら、上司は大笑いする。
「かっかっかっ、簡単な任務だったのにすごいことになっているな。
テレビみたか?建物が炎上している所がばっちり映っているぞ。
影の組織である俺達の仕事をここまで大げさにするとは、すごいなお前ら」
すごいと言われているが、もちろん褒められているわけでは無い。
俺と閏年はただ黙って頭を下げるだけしかできない。
あの後、火炎放射器を探しに行くのは止められたが、何をどう間違ったのかその時に裏切り者を見つけ、確保したとき、最後のあがきで裏切り者が自爆しようとしそれを阻止。
だが爆発は止められなく、そこから火がつき会場が炎上したわけだ。
「まぁ、裏切り者は捕まえたわけだし、反省もしているようだから処罰は無しにするよ。
それに最近うちの組織を軽く見る奴も増えてきたから、丁度いい示威行動にもなったしね。
それじゃ、次の任務の指示が出るまで待機ということで」
その言葉に俺達二人は頭を下げ部屋を出る。
処罰が無かった、そのことを顔に出さずほっと胸をなでおろす。
だが……、
「あぁ、そうそう。形見君、次も閏年ちゃんの教育よろしくね」
安心したときに投げられた上司の言葉に、思わず振り返り上司を見る。
そこには満面の笑みを浮かべた上司の顔があった。
「処罰は無いけど、責任はあるからね」
若きエース師走形見の苦難はまだまだ続く……。
よろしければ次の話もご覧ください