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シオンとの再会

割り込みでシオンとのエピソードを追加しました(11/1/2:40)


というわけで、早速庭仕事に手をつけようとした雛姫であったわけなのだが。

実際に庭に出てみたところ、庭を手入れするための道具がほとんどないことに気付いてしまった。


(これ、まずは買い出しだな)


おそらく普段は業者を呼んで、草刈りだけやらせているのだろう。

本格的な庭いじりは後から少しずつ道具を揃えてからにするとしても、まずスコップと鎌と軍手ぐらいは欲しい。


(ぱぱっと買い物にいってきちゃおうっと)


家の中のこと、家事については好きにして良いとの許可は築より得ている。


「さて、行くか」


ぐいっと執事服の袖をまくって。

いざ、買出しへ。




★☆★





(このあたりは結構賑やかなんだけどな)


商店街に満ちる賑やかな喧噪を聞きつつ、雛姫はぐるりとあたりを見渡した。

昼下がりの商店街は、買い物客で賑わっている。

人嫌いだという噂に違わず、築の家周辺にはほとんど近所の家も存在しないが、少し歩けばこうして商店街に出ることが出来る。

このあたり、築は利便性をまるきり無視して家を作ったというわけでもないらしい。


(今日は……、とりあえず庭の手入れに必要そうなものだけ買って行こうかな)


必要なものを頭の中で書き出しながら、雛姫は商店街のあちこちを覗いていく。

それなりに栄えているのか、必要なものはこの通りの店だけで揃いそうだ。

テキパキとガーデニング道具を選んで抱えていると……。


「エンジュ!」

「……っ!」


少し離れたところから聞こえた声に、びくりと肩が震えた。


(……自分じゃない)


意識して、振り返らない。


「エンジュだろ?

おい、エンジュってば!」


(……人違いでありますように)


心の中で、そんな風思うものの、その名前も、呼んだ声も、両方とも雛姫にとっては馴染みの深いものだ。


(このまましらばっくれるわけには……、いかないんだろうなあ)


きっと、彼は諦めない。

雛姫が振り返らなければ、こちらにやってきて直接肩をたたくだけだろう。


(……無視して走り去る?)


「いやいやいや、そこまでは」


嫌いなわけではないのだ。

会いたくないわけでも、ない。


(ただ、彼の顔を見る覚悟が出来ていないだけ。

ただ、ちょっとだけ気まずいだけ)


村を出た日、最後まで雛姫が村を出ることに反対していた彼は、見送りにも来てはくれなかった。

彼に会ったのは、それが最後だ。

だから、今ここで再会しても……、どんな顔をしたらいいのかがわからない。

自分のことを、古い名で呼ぶ彼と顔をあわせてどうしたらいいのかがわからない。

振り返らない雛姫に焦れたよう、足音が近づいてくる。


(……来た)


振り返らずとも、それぐらいはすぐわかる。


「……はあ」


(覚悟を決めよう)


「エンジュ!」


(……うう)


さすがにそこまでされたら、反応せざるを得ない。

雛姫はのろのろと振り返る。


「やっぱりエンジュだ!

さっきから呼んでたのに、お前全然気づいてくれないんだもんな」

「……あはは」


わざと振り返らなかった、などとはさすがに言えず、雛姫は曖昧な笑みを

浮かべて誤魔化す。


「久しぶり、シオン」

「ん、久しぶり!」


(あー……、本当にシオンだ)


振り返るまでは時間かかったはずなのに、実際にその顔を見ると、じんわりと懐かしさと再会の喜びが胸に広がっていく。

シオンも、雛姫に会えたことを心底喜んでいるのか、にこにこと嬉しげな笑みを浮かべている。

屈託のない笑みだ。

まるで、雛姫が村を出る直前の言い争いなんて忘れているかのように見える。


「元気にしてたか?

お前、全然村にも戻ってこないから、オレの母さんとかも心配してたぜ」

「あー……、ごめん。

俺はこっちで元気にやってるよ。

おばさんにはシオンから謝っておいて」

「やなこった。

お前、自分で謝りに来いよ」

「けち」

「だって絶対お前への説教から伝染して、オレまで説教されるに決まってるもん」

「あはは、確かに」


普段は穏やかで快活なシオンの母親だが、女性らしい特性というかなんと言うか、一度お小言が始まると長いのである。

昔一緒に暮らしていた頃は、雛姫が叱られていたはずが、気づいたら隣でシオンが正座させられている、なんてことも珍しくはなかった。


(昔みたいだ)


雛姫が村を出るずっと前。

まだ、雛姫とシオンが、無邪気な幼馴染でいられた頃のような会話。


(少し――…、離れていたからかな)


あのままずっと同じ村に住んでいたら、こんな風に気軽に話せるようになっていただろうか。


「おじさんとおばさんは元気?」

「元気だよ。

母さんは超元気だし、父さんは相変わらず母さんの尻にひかれてる」

「ふふ、おじさんとおばさんらしいな。

シオンは? なんでこんなところに?」


(街のこと、あまり好きじゃないのに)


「オレも元気にやってるよ。

今日は……、ちょっと街の方に用事があってさ。

つか、村の状況報告も兼ねて」

「……あ」


(そういえば……、ついこの前四海堂の屋敷の近くで、シオンらしき人影を

ちらっと見かけたことがあったっけ)


あの時はまさかシオンが村を出てこんなところにまで出てきているとは思わず、見間違いで終わらせてしまっていた。


「もしかして……、ちょっと前に四海堂の屋敷の方にも来てた?」

「うん、行った行った。

あのヤロウはいなかったんで、後日外で会いなおしたけどな」

「あのヤロウって……」


(相変わらずシオンは四海堂のこと

嫌いだよなあ)


とてもじゃないが、村を保護するスポンサーに対する態度ではない。

四海堂の話になると、不機嫌そうに口がへの字になる。


「あんなヤツはあのヤロウぐらいでいいんだよ」

「……はは」


シオンの四海堂嫌いのもっともな原因になっている自覚のある雛姫としては、苦笑するしかない。

シオンにとっては、四海堂は大事な幼馴染を金で言いようにしているいけ好かない人間、でしかないのだ。


「四海堂も……、まあ、シオンが思ってるほど悪い人じゃあないよ」

「……どうだか」


ふん、と拗ねたようにシオンが視線をそらす。


「でも……、珍しいな。

今までは手紙で報告してただろ?」


確か村の方から、月に一度報告をかねたお礼が四海堂の元には届くと言っていたはずだ。

いつか、四海堂が「彼らはとても律儀で……、良い人たちだね。僕はきちんと充分な見返りを得ているっていうのに」なんてぼやいていたのを覚えている。

半ば呆れた調子ながら、己に向けられる純粋な謝意に、少し困ったよう、はにかむように四海堂は笑っていた。

雛姫にも、村から手紙が届くと必ず見せてくれていた。


(ってことは……、何か手紙では報告しきれないことでもあったのか……?)


こんな風に、シオンが直接訪ねてくるなんていうのは初めてのことだ。


「あー……、違う違う。

別に何かあったってわけじゃないぞ」


雛姫の表情から不安を読み取ったのか、シオンはぱたぱた、と手を揺らして

そんな想像を否定した。


「ただ、あのヤロウに世話になり始めてからしばらく経つだろ。

そろそろ直接顔を見て報告、ついでに礼も言っておかなきゃなるめえ、って

村の寄り合いで決まってさ」

「はは、なるほど。

それでシオンが派遣されてきたってわけか」

「そういうこと。

寄り合いの連中は人使いが荒いんだよな、まったく」

「まあ、気軽に使える丁度いい人材がシオンぐらいしかいないんだろ」


ユーゲロイドの村は、小さい。

四海堂の保護下に入ったとはいえ、基本的には自給自足の昔ながらの生活スタイルを変えてはいない。

四海堂に頼るのは、あくまで密猟者などの人的災害からのみと決めてある。

そうなると、身軽に動けるのは雛姫やシオンのようなある程度大人で、なおかつまだ家庭を持たぬ者ということになるのだ。


(自分らの下の世代はまだ子供だし……。

上の世代はもう家庭を持ってるしな)


そんな中で自由に動ける若い男、ともなればいかにシオンが便利に使われているかは、想像に難くない。

と。


「……お前がいてくれたら、いいんだけどな」

「……シオン」


ぽつり、と呟かれたシオンの言葉に、二人を包む空気が変わった。


(……そう、だよな。

幼馴染に会えて嬉しい、ってだけで終わるわけにはいかないよな)


だからこそ、雛姫にもシオンと顔をあわせるのに覚悟がいった。


(もしかしたら……、シオンも自分に声をかけるまでに、覚悟を決めたりしていたのかな)


「なあ、エンジュ」

「シオン。

俺はもうエンジュじゃないよ」


シオンが続けようとした言葉を遮るように、雛姫は首を横にふる。

エンジュ。

それは雛姫が村を出る際に捨てた名前だ。


「エンジュ」

「違う」

「エンジュ。

お前はエンジュだ」

「今はもう違う。

俺は雛姫だ」

「…………」

「…………」


二人の間に、沈黙が降りる。


(自分がどうして名前を捨てたのか、お前は知ってる癖に)


雛姫は変性することが出来なかった。

ユーゲロイドの女としての役割を果たすことが出来なかった。

だから、新しい名前を名乗ることにしたのだ。


「……お前が、いくら否定したって、お前はエンジュだ」

「……頑固モノ」

「どっちが」


昔と同じようなケンカ。

それでも変わったのは、お互いに譲れない部分に関しては適当なところで折れることを覚えたあたりだろうか。

お互いに視線を交わして、苦笑を浮かべあう。


「お前、村に戻る気はないのか?」

「そのうち、顔を出そうかなとは思ってるよ」

「……そっか」


(……そのうち)


いつか、なんて言葉がどれほどに当てにならないのかは自分でもよくわかっている。


「お前はさ」

「うん」

「……あんまり、自分を責めすぎんなよ」

「…………」


雛姫は何もいえなかった。


(……シオン)


胸が痛い。


(お前は、責めていいのに)


変性出来なかった雛姫を、詰る資格がある人間がいるとしたら、それは間違いなくシオンだ。

シオンは――…、雛姫の幼馴染であると同時に、許婚でもあったのだから。

雛姫が変性できなかったことに対して、相手がシオンだっかからなんじゃないのか、というものも少なからずいた。

子供の頃からあまりに近く、兄弟同然に育ってしまったが故に、雛姫がシオンを異性として意識できなかったからじゃ、と。


雛姫は、変性できなかった。

シオンは、変性させられなかった。


それは間違いなく、お互いの中に傷として残っている。


「そいや、お前、あのヤロウに何か嫌なこととかされてないか?」


重くなりかけた空気を切り替えるように、シオンが何気ない調子で話題を変えた。


「あのヤロウって、四海堂?」

「アイツしかいないだろ」

「うーん」


(……嫌なこと)


軽い調子ながら、心底心配している、といったシオンの問いに、思わず心の中で復唱してしまった。

イヤなことは日々数多くされているが、シオンの思うような『嫌なこと』とはワケが違う。


「四海堂はああいうヤツだしなあ。

一緒にいて殴り倒してやりたくなることは多いけど……」

「殴ってやれ」

「あははは。

シオンが心配してるようなことはないよ。

ちゃんと面倒見てもらってる」


(……基本的には)


現在雛姫はその四海堂の保護下から放り出され、築有志郎という男の下に

いたりするのだが……。


(それは言わないでおこう)


この幼馴染の青年は、非常に心配性なのだ。


(それに……、「頼まれた仕事」をしていると精神的に楽になる部分もあるんだよな)


何もしないで、金だけを出してもらっているというのは、それなりにやはり

プレッシャーになる。

たとえ出してくれている金額に見合っていないとしても、働いた労働力の見返りとして金を出して貰っている、と思えたほうがよほど健全だ。


「お前が、そう言うなら良いんだけどさ。

……なんか、お前疲れて見える」

「そ?」

「最近四海堂に頼まれて、新しい仕事を始めたんだよな。

それで気疲れしてるのはあるかも」


嘘はついていない。


「顔色があんまり良くない」

「もうちょっと仕事に慣れたら、そんなこともなくなるんじゃないかな」

「ちゃんと飯食ってるか?」

「食べてるよ」

「…………」

「…………」


じー。

まるで雛姫の言葉に嘘がないのかどうかを確認するように、シオンが見つめてくる。


(ここでうっかり目をそらしてみたくなるけど……、それやったら間違いなく大騒ぎになるな)


雛姫が嘘をついている、と判断したシオンは、雛姫の置かれている状況を改善すべく動いてしまうだろう。


(その気持ちだけで、充分)


今は旦那様こと築の生活に、ゆっくり時間をかけて馴染んでいかなければ

いけない時期だ。

騒ぎは起こしたくない。


「……お前のこと、信じるよ。

でも、無理はすんなよ」

「うん。

ありがとう、シオン」

「……おう。

そんじゃ、お前もそろそろ仕事に戻らないといけないんじゃないか?」

「……うん」


(買い物の、続きしなきゃ)


そう思うのに、なかなか足が言うことを聞いてはくれない。

視線を、シオンから離すことが出来ない。


(振り返るのにも覚悟がいったけど……、別れるのにも、覚悟がいるなんて)


きっと雛姫は、雛姫が思っている以上にシオンを懐かしく思っているのだ。

だから、こんなにも離れがたく思ってしまう。


「シオンは、もう村に戻るのか?」

「へ?」

「四海堂に報告しにきて、もうそれも終わったんだろ?」

「あ、お、おう」

「……?」

「報告は終わったんだけど……、せっかくだからもうちょっとこっちの生活を見ていこうかなーなんて」


(……珍しい)


「人間なんて好きじゃない、んじゃなかったっけ?」

「……うう。

でもほら、今はお前がこっちで暮らしてるわけだし。

オレもいつまでも好き嫌い言ってらんねぇ、っていうか」

「へえ」


いかにも嘘くさい言い回しだ。


(でも……、そっか。

仕方ないこと、なのかもしれないな)


村に、雛姫やシオンと同じ年頃の子供はいない。

だからこそ、自然と仲の良い雛姫とシオンが許婚なんて関係になっていたのだ。

その雛姫が変性できなかった今、シオンが「人間」に興味を持ち始めたとしてもおかしくはない。


(……そっか)


なんだか、ほんの少しだけ寂しさを感じてしまった。

幼馴染が、雛姫を置いて一人だけ大人になろうとしているような、そんな身勝手な感傷。


「おい、エンジュ、お前何か勘違いして……」

「や、別に何も。

さてと、俺もそろそろ仕事に戻らないと」

「……むぐぐ」


何か言いたいけれど言葉にならない、というような顔で唸るシオンに、雛姫は今度こそにっこり笑って背を向ける。

どうしてか、先ほどまでの離れがたさは感じなかった。




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