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ご意見感想、お待ちしております。

また、誤字、脱字等に気付かれましたら、ご指摘いただけるとありがたく思います。


(キッチン……、キッチン……。

キッチンはどこだ)


築の書斎を出て、雛姫はキッチンを探して廊下を歩く。


「もったいないよなあ」


ちらり、と埃のたまった廊下の端に視線をやって、呟いた。

せっかく良い家なのに、まったく手入れが行き届いていない。

廊下には埃がつもっているし、天井にはぼんやり蜘蛛の巣までかかってしまっている。

埃一つ落ちていないほど、綺麗に片付いていた築の部屋とは対照的だ。

おそらくは、築が普段使う自室のみ自ら片づけているのだろう。

もしかしたら最後に雇っていたメイドとやらが逃げてしまってから、結構な時間が経ってしまっているのかもしれない。


(手入れしたいなあ)


ちらりと見た庭なんかも、非常に弄り甲斐のありそうな作りをしていた。

雛姫の中のユーゲロイドの血が騒ぐ。

ユーゲロイドは家を大事にする種族なのだ。

こんなもったいない物件を見ていると、手を入れたくなってしまって仕方がない。


(ってことはメイドみたいに家の世話をする仕事って天職なのかも)


そんなことを思いつつ、雛姫はキッチンへと向かう。

何せ制限時間があるのだ。

つい掃除したくなって困るが、今は採用試験の真っただ中である。


(……わぁい)


そしてたどり着いたキッチン。

こちらもまた、生活感なくがらんとしている。

まるで寂れたモデルルームのようだ。


「いかん、負けるな俺」


呟いて、まずは冷蔵庫の中身をチェックしてみることにした。

何を作るかは、中身次第だ。

四海堂に拾われるまでは山間で暮らしていた雛姫にとって、人間の生み出した文明の利器は馴染が薄い。

それでも、冷蔵庫がどういう役割を果たすものなのかぐらいはわかっている。

冷蔵庫というのは、中を冷たく保つことができる機械で、そこに食べ物を保存するのだ。


(でも腐らないわけではない、ってとこがミソだよな)


科学の力を過信してはいけない。

それは四海堂邸で雛姫が学んだことの一つである。

冷蔵庫にいれてさえおけば、食べ物は永遠であるという勘違い故にやらかして、メイドさんに泣かれた記憶はまだまだ新しい。


「……失礼しまーす」


小声で断りながら、冷蔵庫の扉へと手をかける。

そして。


「なんでビールしか入ってないんだここン家の冷蔵庫は」


呻いた。

思わず冷蔵庫前に崩れ落ちそうになった。

そう。

築有志郎宅の冷蔵庫には、上から下までぎっちりビール缶が詰まっていた。

唯一ビール缶じゃないのは、扉側に無造作にさしてあるミネラルウォーターのボトルぐらいだ。

食事は完全に外食メインなのだろう。


「これで一体何をつくれと……?

 ――…ミネラルウォーターのビール煮込み、とか?

 いやいやそれ料理っていうか、ただのビールの水割りだよな」


カクテル、と主張しても怒られるレベルの雑さだ。

そもそも、築は「腹が減ったから何か作れ」と言っているのだ。

そこで飲み物を出しても、不興を買うだけだろう。


「あっはっはっは」


思わず乾いた笑いが口をついて出た。

一旦冷蔵庫から離れ、戸棚を覗いてみることにした。


「道具は……、一応あるのか」


棚の中には、使われた形跡のない調理器具が整然と並んでいる。

先ほども感じた通り、最後のメイドが逃げ出してから、もう結構時間が経っていそうだ。


(その間ずっと外食してんのかな、あの人。

 健康的じゃないなー)


半分ぐらい、現実逃避である。


「いやいや、そうじゃなくて。

なんとかして何か作らないと」


むん、と気合を入れて、雛姫は何もないキッチンを見渡す。

見れば見るほど、何もない。


(外に食材を買いに……、ダメだ。

制限時間に間に合わなくなる)


制限時間は30分しかないのだ。

その中で買い物に出かけて、そこから調理を始めていては確実に間に合わない。


(……あの人、雇う気ないな)


冷蔵庫に食材が入っていないことを承知で、何か食べられるものを作れ、なんて無茶を言ってきているのだ。

今頃、雛姫が出来ませんと泣きついてくるのを今か今かと待っているのだろう。


「なんか逆にやる気わいてきた」


逆境に追い込まれれば追い込まれるほど、燃えるこの気質になんと名前をつけたものか。

雛姫はぐっと拳を固め。


「その度胆、抜いてやるからな……!」


本人のいないところで、宣戦布告である。





☆★☆





ぱたたたたた、と足音を響かせて雛姫は先ほど迷ったばかりの廊下を走る。

ききっとブレーキをかけて、築がいるであろう書斎の前でストップ。

そして、ノックを数度。


「失礼します!」


返事を待たずにドアを開ける。

先ほど雛姫を見送ったときと同じく、築は椅子に座って何やら机に広げた書類と睨みあっているところだった。

ふい、と持ち上がった視線が雛姫を見て、意地悪く笑う。


「どうかしたか?」


(どうかしたか、も何も)


きっと築は、雛姫がギブアップするために戻ってきたと思っているのだろう。

すいません、出来ません、というのを待ち構えている。


(残念。

そのつもりはないんだよね)


雛姫はにっこり、と築に対して笑顔を返した。


「……っ」


築が驚いたように瞬く。


「あの」

「……なんだ」

「肉、食べられますか?」

「は?」


猫科の大型猛獣めいた男前が、一瞬猫騙しを喰らった猫になった。


「だから、肉。

牛肉ダメーとか鶏肉ダメーとか、ミガレナ肉ダメーとか」

「ミガレナは食用じゃないだろ」

「あれ、そうなんですか?」

「あんなモン食うのは辺境の異民族ぐらいだ。

……ああ、お前の国でも食うのか」

「えーと、まあ」


(通りでこっちに来てからミガレナ肉、売ってるの見たことないと思った)


どうやら、人間種の食文化においては、ミガレナは食用ではないらしい。


(美味しいのになあ。

……見た目は少々エラいコトになってるけど)


山の中の食糧事情はたいそう厳しいのである。

ちょっとぐらい見た目がアレでも、とりあえず調理を試みるぐらいでなければやっていけない。



「ああ、そうそう。それで、肉、平気ですか?」

「喰えるが」

「あ、良かった。もう下準備しちゃったところだったんです。

 今更肉ダメだって言われたらどうしようかと」


下準備も大方済んで、さあ後は調理するだけだというところになって初めて、雛姫は「好き嫌い」という可能性に気付いたのだ。

雛姫自身が食糧の乏しい山間で育ち、好き嫌いをする余裕のない生活をしていたことからついその発想が抜けてしまいがちだ。

ああよかった、と胸を撫でおろして、雛姫は再びキッチンに戻るべく踵を返す。


「……あ、そうだ」


戻りかけて、念のため確認しておこうと、締まりかけたドアからにゅいっと顔をつきだして築を見やる。

築は、雛姫が立ち去るものだと思って油断していたのか、なんだか狐につままれたような、不可解そうな顔をしていた。

が、雛姫が覗いていることに気付いたとたん、すぐさまその眉間に深い皺が寄る。


「まだ何かあるのか」


不審そうな築に向かって、雛姫はにっこり笑って。


「タマネギとキャベツとニンジン、食べられます?」




☆★☆





それから、15分後。

ギリギリ30分以内といったところで、築の目の前にはホカホカと美味しそうな湯気をたてるスープ皿が置かれていた。

とろりとした乳白色のクリームスープだ。

かき混ぜれば、底からは細かく刻まれたニンジンやキャベツ、ジャガイモといった具材が顔を出す。

食べやすさと、後は火の通りを速め調理時間の短縮をはかるためのみじん切り作戦だ。


(初めてのキッチンでの料理にしては、なかなかの好成績じゃないかな)


美味しそうに仕上がったスープを前に、雛姫は満足げに目を細める。


「好みがわからなかったので、味付けはあっさり目に仕上げてあります。

 もし物足りないようでしたら――」


ひらり、とデモンストレーションじみて、揺れる雛姫の手。

次の瞬間、どこからともなく塩コショウの小瓶がその手の中に現れる。

それを、ことん、と机の上へと置いて、雛姫は強気に笑った。


「お好みで塩、胡椒をどうぞ」

「…………」


築の眉間に、ますます胡散臭そうに皺が寄る。


「…………」


そんな築の物言いたげな視線を、雛姫は笑顔でシャットアウト。


「買い出しに……、行ったわけじゃないよな」

「(えがお)」

「…………」


ブツブツ、と呟いては、やはり何か得体の知れないものを見るような目で、スープ皿を睨んでいる。


(……ふふん)


なんとなく、勝ち誇った気持ちになる雛姫だ。


「…………」


築はしばし、スープ皿を睨んだ後。

のろのろとスプーンへと手を伸ばした。


(あ、食べるんだ)


てっきり、雛姫はこんな得体の知れないものなんぞ食えるか、と言われるかとばかり思っていたのだが。


「……なんだ、その阿呆面は」

「……いえ、食べてくださるんだなあ、と思ってしまって」

「腹が減ったから何か作れ、と言ったのは俺だぞ」

「それはそうなんですけど」


本来ならば、別に雛姫の作ったものを食べずとも、この男は困らないはずなのだ。

雛姫を追い払って、その後適当にいつもしているように食事を済ませればいい。

外に食べにいくなり、逆に外から持って来させるなり、方法はいくらでも

あるはずだ。


(それなのに……、作れといったのは自分だからちゃんと食べる、なんて。

 ……結構律儀だな、この人)


おそるおそる、といったように築がスプーンに掬ったスープを口に運ぶ。


(どう、だ……!)


作った人間としては一番緊張する瞬間だ。


「材料は」

「キャベツとニンジンとジャガイモ、タマネギと鶏肉少々に生クリームです。

何か気になる点でもありましたか?」

「とりあえず材料がどこからやってきたのかが一番気になるな」

「あははは」

「笑って誤魔化すな」


(と、言われてもなあ)


雛姫にだっていろいろと事情があるのだ。


「その辺は、その。

企業秘密、ということにさせておいてください」

「……企業秘密」


胡散臭そうな一瞥をくれられてしまった。

が、そんな風に話している間にも、築はスープを平らげる手を止めようとは

しない。

腹が減った、という言葉に嘘はなかったのか、スープ皿の中はあっという間に空っぽになってしまった。

そして。


「で、いくら欲しいンだ」

「はい?」


(いくら?

いくらって何だ、いくら、って)


唐突な話題についていけず、雛姫はきょとんと瞬いてしまう。


「……お前、俺に雇われたいんじゃなかったのか」

「!!」


(そうだ、そうだった……!

 ついムキになって、料理に夢中になってたけど……。

 これは雇って貰えるかどうかの試験だったんだっけか)


本末転倒ではあるが、あの非常に可哀想な冷蔵庫の中身を見た瞬間から、いかに築の度胆をぬくか、ということしか考えていなかった。

そもそも課題が無理難題すぎて、きっと何をしても落とされるに違いないと思っていたのだ。

それでも、築の期待以上の成果をあげてやろうと思ったのは単純に意地の問題だ。


(雇ってくれる、ってことはスープを気に入ってくれたってことだよな)


「ありがとうございます!」

「……フン。

それで、いくら欲しいンだ、と俺は聞いている」

「……いくら」


ふむ、と雛姫は考え込む。

今現在雛姫の収入、と呼べるのは月の初めに四海堂から支給される三万キルだけだ。

給料というよりも、お小遣いといった感が強い。

元より雛姫は四海堂の持ち物として、わりと手厚く保護されているのだ。

食事にも、住居にも困っていない。

あえて仕事と言うならば、四海堂の身の回りのことを手伝ったり、新薬開発に付き合ったりするぐらいだろうか。


(衣食住でお金がかからない分、月三万で全然足りてるんだよなあ)


むしろ、ほとんど使わないことの方が多いので、箪笥貯金が増えていくばかりである。


(これから増える可能性は十分あるとしても……、今現在自分の四海堂への

借金は三千万……。

 月に五万もあれば、一年で六十万の借金返済が可能になるわけで……。

……四海堂からのお小遣いも、合計できたら良かったんだけどな)


今だって、出来ることならば四海堂から渡される三万をそっくりそのまま借金返済にあてたい気持ちはヤマヤマだ。

が、四海堂により、


「僕から貰うお小遣いで僕に借金を返すのはナシね」


なんて、これまたイイ笑顔で釘を刺されてしまっているのである。

まさに、ザ・飼い殺し。


(一般的にメイドの給料ってどんなもんなんだろう……)


そもそも、人間社会で勤労経験のない雛姫には、皆目見当もつかない。


(……まあ、四海堂のとこでも、身の回りの世話してたわけだし……。

それを本格的にやるわけなんだから、三万にプラス二万ぐらいのイロはつけても大丈夫だよな?)


どれくらいの金額ならば、築の雇用する気を削がずにすむかと雛姫は慎重に悩みながら、そっと手をパァにして見せた。


「五十万か」

「ぶふッ」


思い切りむせた。

雛姫の提示したかった額よりも、ゼロが一つばかり多い。

慌てて首の左右。


「お前――…五百万はボりすぎだろう」


――くらり。

眩暈すらしてきた。

月に五百万貰うメイドというのはいったい何者だ。


「そ、そうじゃなくて! 五万です、五万!」

「日給か?」


(日給五万……!!!

 お前メイドにナニさせる気だ……!

 いやいや、自分はメイドじゃなくて家政夫だけども)


もはやツッコミが言葉にならない。

そんな雛姫の様子に、築はどうやら互いに意思の疎通ができていないことに気付いたらしかった。


「……は」


面倒くさそうに、一息ついて。


「面倒だ、月五十万。

これで納得しろ。俺のメイド――…もとい、執事か?

とにかく俺に雇われる気があるのなら、俺の言うことには絶対服従だ」


(う、わあ)


そうか、家政夫でなく執事になるのか、だとか。

月五十万って相当な高給取りなんじゃ、だとか。

いろんなことが頭の中をよぎりつつも、雛姫はただこくこくと頭を縦にふることしか出来なかった。





☆★★





それから、帰路についても雛姫はまだぼんやりしたままだった。

正直、どこをどうやって帰ってきたのかよくわかってないぐらいだ。


(ビバ、帰巣本能)


そんなことを心の中で呟いて……、少しだけ、寂しくなった。

帰巣本能、大いに結構だ。

だが、その帰巣本能の働いた先、自分の帰る場所が四海堂の屋敷である、と

いうことに少々思うところがあるのだ。


(自分の、家は――)


ちら、と。

そんなことを考えていた視界の端を、知った顔がよぎったような気がした。


「……え?」


懐かしい実家に想いを馳せていたせいだろうか。

ここにいるはずのないひとの姿を、見たような気がしてしまった。


「今の、って……」


(いや、まさか)


彼は、村に残ったはずだ。

雛姫が村を出るといったとき、誰よりも反対した青年。

ずっと一緒に育った、家族のような男だ。

兄弟のようであり――…、雛姫にとってはもっと特別な意味を持っていた相手でもあった。


(シオンが、ここにいるはずがない)


理由がない。

雛姫が村を出ることで村を守ろうとしたように。

彼は村に残ることで、村を守ると決めたはずだ。

そう、約束した。


(……見間違いだ)


家を懐かしくなんて思ってしまったから、そんな幻を見てしまったのだ。

雛姫は緩く頭を振って。

するりと、四海堂邸の門を潜り抜けた。



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