表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

雛姫

雛姫について。

誤字・脱字等ございましたら、ご指摘いただけますとありがたいです。



「お前、何も知らないでここに来たのか」

「……あ」


(まずいまずい)


衝撃的な展開に、つい呆然としてしまっていた。

雛姫は、築の心底馬鹿にするといった冷たい声音に、はっと我にかえって顔をあげる。

今は四海堂のことを考えている場合ではない。

それよりも、この場をどう切り抜けるか、だ。


「えっとその……」


(誤魔化せ……、ないよなあ)


届けてしまったものが「紹介状」であったことに関する驚き具合は、素直に顔に出してしまった。

今更知ってましたし、なんて言い張っても、この目の前で胡散臭そうに雛姫を見ている男は騙されてはくれないだろう。

なので、雛姫は素直に頷くことにした。


「……はい」


路線としては、手紙を運ぶだけだと言われていて、まさかそれが招待状だとは思っていなかった人材派遣協会の下っ端、だ。


(……大体あってるわけなんだけども)


雛姫の所属先以外、嘘はついていない。


「なら帰れ。

俺が依頼したのはメイドだ。

苦情なら俺からねじこんでおく」


しっし、と足元にまとわりつく野良犬を追い払うような仕草つきだった。


(ここでこのまま帰れたら、自分的にも、この人的にも良かったんだろうけど)


そうはいかないのである。

雛姫をここに送り込んできたのは、勘違いした人材派遣協会というわけではないのだから。


「あ、あの!」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「俺、確かにメイド代わりだとは聞いてなかったんですけど……っ!」

「ここしばらく仕事の紹介も全然なくて……!」

 一生懸命働きますから、ここで雇ってくれませんか……!」

「…………」


驚いたように、築が目を瞠った。

まさか雛姫がここで粘るとは思わなかったのだろう。


(……ど、どうかな)


世は就職難。

騙されて派遣されたとはいえ、それに食いつく無職の就職戦士がいたって

おかしくはないだろう。

設定的には、


「仕事にあぶれた結果、メイドクラッシャーとして不人気な築宅に騙されて派遣された新人」


というところだ。


「……ふぅん?」


にやり、と築の口角が笑みの形に持ち上がる。


「……っ」


(あ、ヤバい)


そんな言葉が、脳裏をよぎる。

きっと彼は、雛姫がすぐに聞き分けよく帰ると思っていたのだろう。

だから、雛姫が雇ってくれないかと食い下がったことには、驚いた。

だが、今その顔に浮かんでいるのは、いかにも邪悪そうな笑みだ。


(……アレだ、アレ。

 自分が絶対に断れないことをわかってて、笑顔で無茶を押し付ける四海堂と同じ顔だコレ)


すなわち、獲物を追い詰める狩人の笑み、というか。

築が椅子の上で身じろぐ。

面白がるような視線は、まっすぐに雛姫へと。


「お前、名前は?」

雛姫ひなきです」

「苗字は。

それともその『ひなき』っていうのが苗字か」

「えーっと」


花夜国では、一般的に苗字と名前がそろっているのが常だ。

苗字を持たないのは、異民族かもしくは外国人ということになる。

雛姫は前者だ。

花夜国に住まう、少数派の異民族。

否。

異種、と言った方が良いのだろうか。


――『ユーゲロイド』。


それが雛姫の正体だ。

美しい容姿と、特殊な生態、そしてそれに纏わる悲話の多さ故に有名な亜人種である。

争いごとを好まず、山間でひっそりと暮らす彼らは――…、人間の乱獲により数を減らした。

基本的には人間種によって構成される花夜国では、少数派である亜人種の人権問題への対処が遅れていたのだ。

法が整備された後も、それが民間レベルにまで落とし込まれるまでには時間がかかる。

雛姫自身も、密猟者に追われ、途方にくれているところを四海堂に保護されたのだ。


(保護っていうか拉致っていうか)


お互いいろいろといっぱいいっぱいだった。

密猟者によって、村を焼け出された雛姫と。

薬師協会の長として、亜人種の村の被害を調査にやってきた四海堂。

雛姫はその場で、四海堂の立場を知るや否や一つの取引を持ちかけた。


『俺の身体を買ってくれないか?』

『――え?』


それが、雛姫と四海堂の出会いだ。

雛姫はユーゲロイドとしての肉体を、希少価値の高い研究資材として四海堂へと差し出した。

そしてその代償として――…、一族の安全を四海堂から買ったのだ。

その額、三千万キル。

よって、雛姫に自由はない。

雛姫は四海堂に逆らえない。

雛姫は――…、四海堂の「モノ」なのだから。


(……と言っても、いろいろ想定外過ぎてどうしたものか)


雛姫が覚悟していたのは、

実験動物としての扱いだった。


(それこそ、解剖されて標本にされる……ぐらいの覚悟はしてたんだけどなあ)


雛姫は自分の身体を、命を、犠牲にして一族を守ると決めていたのだ。

が。

そんな雛姫を待っていたのは、四海堂の、


『僕が出したお金は、君の借金って形で

つけておくから』

『……え?』

『これで君は僕のものだ。

借金が返せないなら――…カラダで返してね』


なんていう、セクハラめいた発言で。


(身体とカラダの違い、というか……。

求められている意味合いの違い、というか)


雛姫はぶるりと背を震わせる。

身体の自由を、所有権を明け渡すということの意味においては、四海堂の求めた方法だって、本来雛姫は覚悟しておくべきことだった。


(でも、自分は――……)


そういった価値が自分の身体にあることなんて、頭になかった。

何故なら雛姫は――……。


「おい、どうした?」

「……あ」


築の不審そうな声音に我に返った。


「俺に苗字はありません。

この雛姫、というのもこちらで出来た知人がつけてくれたもので。

あえて本名というなら、政府に登録された番号になっちゃうんですけど」

「外国人か。

――…なるほどな」


築は、雛姫がなかなか仕事に就けない理由もそのあたりだと見当をつけてくれたものらしい。


「似合いの名前だな」

「……へ?」

「そのナリでゴンザブロウとか名乗られたら萎える」

「えーと……、その。

ありがとうございます……?」

「フン」


(……褒められた?)


ちょっと驚いてしまって、雛姫はぱちくりと瞬いた。

雛姫に、『雛姫』という名前をくれたのは四海堂だ。

雛姫は、四海堂に出会い、その身を売り渡したことをきっかけにそれまでの名前を捨てた。

そちらの名はもう名乗る気もないし、名乗ることも出来ない。

最初はなかなか反応することの出来なかったこの名前にも、ようやく慣れてきた。

自分の新しい名前だと、思うことが出来るようになった。

今までの自分を捨てて、新しくやり直すための名前だと思えば『雛姫』という名前を気に入ってもいる。


(……もっと、男らしい名前でも良かったかな、とは思うけど)


「歳は」

「24です」


答えられる質問には即答で。

答えにくい質問には、少し考える時間を挟みつつも真面目に答えを返す。


「――……」


一通り質問をすると、築は顎に手をかけ何やら考えているようだった。


(ちょっとぎこちなかったような気もするけど、やれるだけのことはやったよな、うん)


帰れと言われたのを、食い下がって面接までは流れ込んだのだ。

これで駄目だと言われたならば、四海堂にも言い訳が出来るというものだろう。


「――…そうだな」


築が口を開く。


(やっぱりダメ、かな。

帰れお前、って言われるのかな)


雛姫はぎゅっと手を握りしめ、覚悟を決めつつ築の次の言葉を待つ。

築は、そんな雛姫を見て――……、にやりと口角を持ち上げて笑った。

やっぱりどう見ても悪役の笑みだ。


「腹が減った。何か作れ。30分以内で」


――…どうやら、雛姫の試練は

まだ終わらないらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ