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倉庫の再会

(……頭が、ガンガンする)


「……ジュさん! エンジュさん……!」


(……名前、呼ばれてる? ……だれ?)


ぼんやりと雛姫は瞬いて、まぶたを持ち上げた。

周囲は薄暗い。

なんだか最近見知らぬ場所で目覚めるパターンが多いような気がする。


「えっと……」


自分の置かれている状況がよくわからない。

頭がガンガンと痛んで、ついでに体もギシギシと軋むように痛い。


「何が、どうなって……」


とりあえず説明を求める意味でも口を開いてみたものの、そんな自分の声ですらガンガンと頭に響いて尻すぼみになった。

顔をしかめて、頭痛に耐える。


「良かった……! エンジュさん、気がついたんですね!」

「……だ、れ?」


相手の声が頭に響く、というようなことは幸いなかった。

声を出す、ただそれだけのこととはいえ、振動が頭痛に直結しているのだろう。

ぐったりと身体の力を抜いておとなしくしていれば、少しだけ痛みがマシになる。


(この声……、誰だっけ。

まるっきり知らないってわけじゃないはずなのに、思い出せない)


雛姫のことをエンジュ、と古い名前で呼ぶあたり、相手は確実に雛姫のことを知っている。

ゆっくりと視線だけを持ち上げて相手の素性を確認しようとして……。


「……げ」


そこでようやく、雛姫は自分が拘束されていることに気づいた。


(通りで体がギシギシ痛むと思った)


身体の前で両手首が、そして同様に両足首が金属製の枷によってまとめられている。

とてもじゃないが脱出は難しそうだ。

それならば、と雛姫は不自由な耐性でなんとか視線だけを持ち上げて声の主を探す。

少し離れたところで、雛姫と同じように縛られた子供が転がされているのが見えた。


「……っ!」


想像してなかった人物の姿に思わず息をのむ。


「ソウジュ……!?」

「エンジュさん……!」


雛姫に名前を呼ばれたことで耐えていたものが決壊したのか、子供の顔がくしゃくしゃと涙に歪む。


「エンジュさ…っ、エンジュさん…っ!」


ぐすぐすとすすりあげながら嗚咽をこぼすその姿に、雛姫は頭の痛みも忘れてずりずりと這いずってそちらへとにじり寄る。

身じろぐたびに、床の上に積もった埃が舞い上がって呼吸すら苦しいが今はそんなことを気にしてはいられない。

枷のはめられた手で、涙に濡れた子供の頬に触れる。

雛姫の体温に触れたことで、ひときわ嗚咽が大きくなった。


「ソウジュ、何があった。なんでお前がこんなところにいるんだ」


こんなところにいて良い子ではない。


「僕……っ、あいつらに攫われたんです……っ!」

「……!」

「いつもみたいに、山に薪になりそうなものを集めにいったときに……っ、捕まっちゃって……!」

「密猟者か……!」


雛姫は忌々しげに呻くように呟く。

ソウジュは、本当ならここから離れたユーゲロイドの村で暮らすはずの子供だ。

年は12、13ほどだっただろうか。

雛姫たちの次の世代にあたる子供だ。

そして、変性を待つ子でもある。

四海堂の保護下に入ったことにより、ユーゲロイドの村は以前よりずっと安全にはなったものの、だからといって密猟者の危機から完全に逃れたわけではないのだ。

村の外で活動するユーゲロイドを隙あらば攫おうと村を囲む森に潜む密猟者は少なくはない。


(もしかして……、シオンがこっちに来てたのって、ソウジュのことがあったからなのか?)


その可能性は高い。

もとより数の少ないユーゲロイドの村から子供が消えたともなれば、さぞ大騒ぎになったことだろう。

シオンはきっと、ソウジュの行方を探るためにわざわざここに来ていたのだ。


「……なんで言ってくれなかったんだ」


もどかしさに、つぶやいた声にも悔しげが滲んだ。


「エンジュさんはどうしてここに……?」

「俺も、街中でいきなり襲われて攫われたんだ」


(でも、どうして?)


雛姫はソウジュと違って、商品としては随分とトウが立っている。

そして何より、変性できない欠陥品だ。

未発達のまま成人してしまったユーゲロイドなんて確かに珍しいではあるかもしれないが、そこに商品としての価値を見出す者はそう多くないだろう。

街中で、あんな人に見られる危険性を冒してまで攫うようなものではない……、はずだ。


(じゃあ、なんで)


わからない。

思い当たるのは、少し前に築宅に押しかけてきたあの男の存在ぐらいだ。

雛姫に、四海堂を裏切って自分たちにつけと言って来たあの男。


(自分のことを……、気持ちの悪い目で見てた)


あの時、確かに直感的に密猟者に似てる、と思いはしたのだ。


(でも、繋がりがわからない)


四海堂を裏切れと雛姫に迫った男は、なにやら四海堂に恨みがあるようだった。

それ故に四海堂を陥れるための道具として、雛姫を欲しがっていた。

そして、ソウジュを攫った密猟者たち。

この両者の間に、何か関係があるのだろうか。


「ソウジュ、怪我は?」

「してないです。エンジュさんは?」


少し落ち着いてきたのか、ソウジュはもう泣いてはいない。

泣いてしまったことを少し恥じるようにしているものの、まっすぐに雛姫を見つめ返す双眸にはなんとしてでもこの状況から逃げてやるという強い意志の色が浮かんでいる。


「俺も大丈夫。ただ使われた薬のせいで、ものすごく頭がガンガンしてるけど」

「しばらくじっとしてたらそのうちよくなると思います。僕がそうだったから」

「ソウジュも?」

「はい。あの、嗅がされると意識がなくなっちゃう薬ですよね?」

「そうそう、それ」


あの妙に甘ったるい匂いのする薬を嗅がされたら、急に意識が遠のいたのだ。


「僕も最初目が覚めたときは頭痛かったけど……、しばらくしたら治まったから」

「そっか、それなら良かった」


床に転がった姿勢のまま、は、と短く息を吐き出す。

ソウジュのいう「しばらく」がどれくらいなのかはわからないが……、この痛みが長く続くものではないとわかって安心した。

少しでも動くと、頭がガンガンと痛むので、ぐったりと床に転がったまま呼吸だけを繰り返す。

なるべく頭を動かさないようにしながら、視線だけで周囲の様子を伺う。


(……どっかの倉庫って感じか)


壁際には雑多なものが無造作に積まれている。

床にも埃が厚くたまっていることから、この場所が長い間使われていなかったことがわかった。

と、そこで扉が開く音がした。


「……っ」

「……!」


とっさに二人、身を寄せ合う。

続いて聞こえるのは足音だ。

人の気配が近くなる。

頭の痛みをこらえて、雛姫はうっそりと身体を起こして入ってきた人物を睨みつけた。


(こいつは……!)


あの時の男だ。

築の家までやってきて、雛姫に手を貸せと迫った男。


(やっぱりこいつ、密猟に関係してたのか……!)


男はそんな雛姫にニヤリと厭らしく笑って見せた。


「あーあ……。

あのとき素直に俺に協力してたら、こんな目にあわずに済んだのにな?」


男が雛姫の傍らに屈みこみ、わざとらしくゆっくりと顔にかかる前髪に触れる。

雛姫が逃げられないのが分かっているからこその動だ。


「…………」


触るな、と怒鳴りつけてやりたい気持ちは山々だ。

だが、今はそれが自爆行為なのがよくわかっているため、雛姫は、憎々しげに男を睨みつけるだけにとどめておいた。


「まだ薬が効いてるのか?

顔色が悪いな。可哀想に」

「……可哀想だと思うなら、さっさと拘束を解いて放してくれないかな」

「残念ながらそれは出来ないんだよな。あんたにして貰いたいことがあってさ」

「……俺に?薄汚い密猟者が、俺に何をさせたいって?」

「世の中は弱肉強食だからな」

「それにそこの子供にしたって、あんなド田舎の村で地味にあくせく働いて生きていくよりも金もちに可愛がられて生きるほうがマシってもんだろ」

「……へえ」


ぎり、と奥歯を強くかみしめる。

男の勝手な言い様に殺意ばかりが膨らんでいく。


「俺たちは田舎で燻ってる可哀想な子供と、そんな子供を可愛がりたいと思ってる人とを仲介する善意の第三者ってわけだよ」

「本人の希望は無視して?」

「心の奥底に秘められた真実の願いを聞き届けてやってるんだ」

「……下衆」


いかにも善行を積んでいます、といったような男の言い分に、雛姫は低く短く言い返す。

が、それに対しても男は笑うだけだった。

完全に優位に立っているという余裕故にだろう。


「まあ、そんなこと言うなって。俺はあんたとは仲良くしたいと思ってるんだ」

「……俺はあんたのこと殺してやりたいって思ってるけど」

「はは、強烈だな」

「…………」


男は冷たく自分を睨む雛姫を懐柔できないことに気付いたのか、ため息交じりに肩をすくめて話し出す。


「実は今、俺たちは困った状況にあるんだよ」

「へえ?」

「四海堂が、俺たちを警察に告発しようとしてやがる」


(……四海堂が?)



「それで?」

「こっちとしてはそんなことをされちゃあ、困るわけだ。

それであんたを使って四海堂の野郎を止めようとしたんだが……」


そこで一度言葉をきって、男は雛姫へと意味ありげな視線をやる。


「あんたの飼い主に追い払われちまって失敗した」


(旦那様に追い返されたときのことか)


「……さすがは築有志郎、荒事にも慣れてやがる」

「…………」


(それにはちょっと同感)


築が目の前にいる男を叩き伏せたのは、一瞬の間の出来事だった。

荒事に慣れていなければ、ああも簡単に大の男を捻じ伏せたりは出来ないだろう。


(……あの人、普段何やってんだろう)


薬師としてまっとうな商売をしていていただきたいところだ。

こんな状況だというのに、いろいろ気になってしまう雛姫である。


(って、そうじゃなくて)


それかけた思考を、軽く頭を振ることで元の道筋に戻して、雛姫は男へと視線をやる。


「……俺に何をさせたかったんだ」

「ちょーっとだけ証言して欲しかっただけだよ」

「……証言?」


(何の?)


「俺たちの証人として、四海堂に攫われて飼われてたと言ってほしかったんだよな。

まあ、実際あんたがこっちについてくれてたら裁判にまで行ってたかどうかは怪しいけどな」


(……なるほどね)

(旦那様にしようとしていたのと同じ……、いや、もっと積極的にハメる気だったのか)


築に対しては、あくまでタブロイドに悪評をリークし、その名前を汚すことを雛姫に対しての脅しとして使ってきていた。

それを四海堂に対してはもっと攻め込み、雛姫に偽証させることによって社会的に殺すつもりだったのだ。

四海堂のことだ。

この男たちの悪事の証拠はしっかりと掴んでいるのだろう。

証拠もなしにコトを起こすほど、四海堂は無策な男ではない。


(だから……、こいつらも証拠が必要だった。

たとえそれが――…、捏造したものであっても)


四海堂が持ち弾を使えば、この男たちも雛姫を切り札として使う。

雛姫は密猟の対象であるユーゲロイドだ。

その雛姫が、四海堂に無理やり攫われ、無理やり言うことを聞かされていた、と証言したならば……、社会的地位がある分痛手を負うのは四海堂の方だ。

良くても、共倒れ。

おそらく四海堂は、トカゲの尻尾切りをしようとした密猟グループのボス、といった扱いになるだろう。

ユーゲロイドの村を保護しているように見せかけながら、影で密かに人身売買に手を染めていた薬師協会の会長。

そして、自らの悪事が露見する前に、手下を警察に売って自分の身だけを守ろうとしたのだと。

雛姫の偽証次第では、そういった筋書きで世間は四海堂の告発を受けとめることになる。


雛姫

(……相打ちだ。ううん、相打ちならまだいい。でももしも残党がいたら?)


四海堂という目の上のたんこぶを消すこと成功した彼らは、四海堂の摘発から学び、より巧妙になることだろう。

そしてもう、四海堂というストッパーは存在しないのだ。


(もっと、酷くなる)


「今からでも遅くはないぜ?俺たちの方につかないか?何でも望みをかなえてやる」

「本当に?」

「ああ、本当だとも」

「嘘つき」


雛姫は考える間すらおかず、男の言葉を否定した。


「おいおい、最初から決めつけることはないだろ」

「俺の望みは、俺の一族の前にお前たちのような連中が二度と姿を表さないことだ。

……それでも、叶えられるとでも?」

「…………」


男は、確かにそれは無理だとでも言うようにひょいと肩をすくめた。

雛姫の望みを叶えれば、彼らは告発を免れる代わりに、商品を失ってしまう。

そうでは本末転倒だ。


(……?)


そういった反応は予想済みだったとはいえ、その様子に、雛姫は内心首を傾げた。

築宅にまで押しかけてきた時に感じたような必死さが、今目の前にいる男からは感じられない。

そこは嘘だとわかっていても、「偽証してくれたらもう二度とユーゲロイドに手出しはしない」と言い張るところではないのか。


(……どうして?)


男らの置かれている状況に変わりはないはずだ。

それどころか、あれから時間が経った分、もっと必死になっていたっておかしくはない。


(……自棄になってる?)


「ま、今となっちゃそれもどうでもいいことだけどな」

「……どういう意味だ」

「そのまんまだよ。あれから状況はますます悪くなったんだ。もうすでに、仲間のほとんどが捕まった。

今からあんたを担ぎ出しても手遅れだろうな」

「……それじゃあ、どうして俺を攫ったりなんかしたんだ」


(何のために、あんな街中で危険を冒してまで……)


「時間稼ぎだよ。あんたを人質に、時間を稼ぐ」

「時間……?」

「今回の摘発の陣頭に立ってるのは四海堂だ。その動きさえ止められれば、捜査の進みも止められる」

「……俺を人質に、四海堂を脅して時間を稼いでるってことか」

「そういうことだ。もう逆転は諦めた。後は……、稼ぐだけ稼いで逃げるだけだ。

幸い仲間が減った分分け前は増えたわけだしな」

「……っ」


(こいつら、仲間すらもう見捨てるつもりなのか……!)


この男たちは、雛姫を使って四海堂の動きを止め、その間に、現在手元にある商品を売り切るつもりなのだ。

男にある余裕はそのせいだ。


「後数時間もしないうちに、オークションが始まる。

「せいぜいいいところに売れるように、しっかり準備しろよ。今人を呼んでやる」

「…………」


唇を噛んで男を睨むしかない雛姫に、男はニヤニヤと笑いながら部屋から出ていった。


「……はあ」


男が完全に部屋を出て行くのを見届けて、雛姫は深く息を吐く。


(……まずいことになったな)


このままでは雛姫もソウジュも、二人してどこかの金持ちに売り飛ばされてしまう。

男が言っていたとおりなら、この後すぐに人がやってきて、二人をオークションに出すための準備が始まるのだろう。


「……っ、この」


少しでも体を戒める枷が緩まないかと、雛姫はじたばたと身じろぐが……。


「っ、つ」


ガンガンと頭痛が余計に響いただけだった。


「エンジュさん……」

「ソウジュ、魔導は?」

「駄目だと思います。僕がここに連れてこられた時に、男が言ってました。

魔導が使えないように対策してるから、逃げられると思うなって」

「試してみた?」

「試しました。男の言ったとおり、魔導は発動しませんでした」

「ユーゲロイド対策はばっちりってことか」


(……腹立つな)


だからといって、試さずに諦められるわけもなく、雛姫は拘束された手首を揺すって指先だけでも動かしてみる。


「……っ」


なんとかかんとか、指先で呪を刻んではみるものの……、魔導は発動しない。

途中まで術が発動する気配はあるのだが、最後の最後で穴のあいたバケツから水が漏れるように、魔力が散ってしまう。


「……やっぱり駄目か」

「……僕たち、このまま売られちゃって助からないんでしょうか」

「諦めちゃ駄目だ。きっと……」


(……っ)


助けてくれそうな誰か。

助けて欲しい誰かを思い浮かべようとして、築のことを思い出してしまった。


(こんなことになって……、心配してるかな)


家のことを放り出して、攫われてきてしまった。


(でも……、出て行く準備をしてたしもしかしたら俺が自分の意思で姿を消したと思われちゃったかもしれないな)


勝手な話だ。

雛姫は準備が済んだら、築の前から姿を消すつもりでいたはずなのに、いざ築が雛姫の失踪を受け入れた可能性を思い浮かべるときゅうと胸が痛む。


(助けて欲しい、なんて思っちゃ駄目だよな)


築にとって雛姫はただの執事だ。

少しばかりうまく行き始めていただけの、ただの執事だ。

雛姫がいなくなったなら、築はきっと少しは落ち込むだろうが、すぐに次の使用人を探すだろう。


(自分と旦那様は、そういう関係なんだから)


自分に言い聞かせるようにして、脳裏に浮かんだ顔を否定する。

筋違いの期待を寄せて、裏切られたと落ち込みたくなかった。


「エンジュさん……?」

「……大丈夫。

四海堂や……、シオンがすぐに助けに来てくれる」

「……はい」


ソウジュが心細そうに雛姫の言葉に頷く。


(今は……、四海堂とシオンのことを信じるしかない)


あの二人なら、きっと助けにきてくれる。

それならば雛姫に出来るのは、救援がやってくるまで、ここでソウジュを守って持ちこたえること。


「もう、ちょっとだから」

「……はい」


そんな励ます声と、それに応じる小さな声をかき消すように、部屋の扉が開く音がした。


「……っ!」

「……!!」


――…オークションとやらの準備が、始まろうとしている。

久しぶりの投稿になってしまいました……!

お待たせしてしまい申し訳ないです!

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