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エンジュとシオンの御使い、あるいは大冒険

シオン&雛姫コンビ。

それは、とある日の朝のこと。


「…………」

「どうかしました?」


元より人相のよろしくない顔をますます不機嫌そうに歪めて朝食をもそもそと咀嚼する築へと紅茶を淹れてやりつつ、雛姫はそう水を向けてみた。

二人はキッチンに置かれたテーブルを挟むようにして向かい合って座っている。

最初のうちは、築のいる書斎まで朝食は届けるようにしていたのだが、いつの間にか築がキッチンに入り浸るようになったのだ。

まだ雛姫が朝食を作っている頃合いからのっそりと眠たげな半眼で書斎から出てきて、椅子に座ってじぃっと雛姫が朝食を作る様を眺めている。

そしてそのまま、本来は作業用、もしくは雛姫が食事をとるのに使っていたキッチンテーブルで朝食を食べるのが最近では定番となった。

雛姫としてはせっかくちゃんとした食卓があるのだから、そちらで食べて欲しいなあ、と思ったりもするのだが。

だらーん、とキッチンテーブルに座って食事が出来るのを待つ築が、あんまりにも自然体で寛いでいるので、何も言えなくなってしまったのである。


「……暇だ」

「暇……、なんですか?」


(とても暇だとは思えない顔をしてるんだけど)


雛姫の見立てによると、ここしばらく築は睡眠時間を削って何やら作業に熱中している。

眼の下にはうっすらと隈が出来ているし、どんよりとした半眼は眠そうで凄みがいつもの五割増しだ。

何もしらない子供が見たら、一発で泣きだしそうな凶相である。


「正確には、暇になる」


苦い口調でぼやいて、ずび、と築が紅茶を啜る。


「それならゆっくり休んだら良いじゃないですか。

ここしばらく根を詰めて作業をしていたみたですし」

「勢いがあるうちに終わらせたかったんだ」

「終わらせられないんですか?」

「材料が尽きた」

「……なるほど」


夢中になっていろいろ実験やら作業やらを繰り返しているうちに材料が尽きてしまい、新しく材料を入手するまでは強制的に手が止まってしまうらしい。

それは確かに、築としては不本意だろう。


「すぐには手に入らないものなんですか?

俺で良ければ、お使いに行ってきますけど」

「あー……、じゃあ頼んでもいいか?」

「わかりました。お食事が終わりましたら、必要なものを紙に書き出してもらえれば、家のことが終わったらお使いにいってきますね」

「わかった。無かったら無かったで構わん。現在どうも全体的に品薄みたいだからな」


築としても駄目元、といったところらしい。

あまり気にしなくてもいい、と手をひらりと揺らされる。


(でもそう言われると余計に手に入れたくなるよなあ)


喜ぶ築の顔が見たい、というよりも、驚く築の顔が見たい。

雛姫の中の芸人魂に火がつく。

そんなわけで、雛姫は築に頼まれて買い出しに出かけることにしたのだった。






★☆★






「……本当にないな」


雛姫は、何件目かになる薬草取扱い店を出てぼやいた。

品薄だから無理に頑張らなくても構わん、とは言われていたわけだが、実際にこうしてあちこちの薬草問屋や取扱い店を見てまわるとその事実を改めて認識する。

今回雛姫が頼まれたのは、何種類かのキノコと薬草だ。

そのどれもが特に珍しいもの、というわけではない。

メインとして使うことはあまりないものの、ひっそりと常備されている類いのものだ。

いったい何があったのかと聞いてみたところ、何でも近隣の野山に野犬の群れが住みついてしまい、結果として採取が間に合わなくなっている、ということらしい。

需要が高くないため、特に専門で栽培している者もおらず、天然で生えているものを採取して卸す、という形で市場に出回っていのが今回の品薄の原因だ。

おそらく築も、手持ちで常備している分を使い切ってしまったのだろう。


(タイミングが悪かったよなあ)


こういう状況でなければ、すぐにでも手に入る素材ばかりだ。

ある程度目利きのある人間ならば、自分で山に入っても揃えられるはずなのだが。


(……野犬)


ちょっと眉間に皺が寄る。

山間で暮らしていた雛姫にとってみれば、野犬は最も身近な脅威である。

本気で人間に対して牙をむく犬は、立派な猛獣だ。

それが群れともなれば、子供ぐらいは平気でかみ殺してしまえるのを雛姫は経験として知っている。


「……うーん」


唸る。

築のためにも、出来ることなら入手してやりたい。

だが、あまり無茶も出来ない。

と、そこで。


「どうしたんだよ、エンジュ。

ンなとこで難しい顔して」

「あ、シオン?」


思ってもなかった声に、雛姫はぱちくりと瞬いてからそちらへと向き直った。

こちらでは珍しい銀髪に淡い翠の双眸は、人目を引いているが本人に気にした様子はない。

それに対して、少しだけ苦い思いが胸をよぎる。


(……ズルい、よなあ)


ユーゲロイドに商品として価値があるのは、基本的には「女」のみだ。

その中でも特に価値が高いのは、変性前の子供だ。

稀に手元でユーゲロイドを交配して増やそうとする好事家がいたこともあったらしいが、大人の男が狙われる可能性は基本的には低い。

だから、男であるシオンが人目を恐れないのは理解できる。

理解できるが……、雛姫は共感することが出来ない。

雛姫はやはりどうしても、人の中で目立つことを恐れる気持ちが先に立ってしまう。


(……自分は、やっぱりどうしても根っこの部分では「女」なんだよな)


ユーゲロイドの女として、周囲に気を配り目立たないように息を潜めることに慣れ過ぎているのだ。

変性することの出来なかった未発達のユーゲロイドとして、男として生きて行こうと思っているのに、本物の男であるシオンと一緒にいると、その違いを思い知らされるような気がして息苦しくなる。


「エンジュ?」

「あ、ごめん、なんでもない。

……っていうかエンジュって呼ぶなって言ってるだろ」


何を考えていたのかなんて、シオン本人に言うわけにはいかない。

雛姫は誤魔化すべく、話題をいつもの定番のものへと変えてしまうことにした。



「エンジュはエンジュだし」


ぷいと軽く唇を尖らせて、シオンはあっさりと誤魔化されてくれた。

が、だからといってその古い呼び名を許すわけにもいかない雛姫は眉間に皺を寄せる。


「あのな、何度も言ってるけど俺はもうその名前は捨てたんだよ」

「お前が捨てたって言うなら、オレが拾ったっていいだろ」

「拾うのは自由だけど、それを捨てた本人である俺に使うのはおかしいって話なんだって」

「…………」

「…………」


二人はじっとりと睨みあう。

シオンにとって、雛姫がエンジュという名前を捨てると行為は、それにまつわる二人の思い出ごと捨てられてしまうようで嫌なのだろう。


(……それは、悪いと思うけれど)


雛姫にだって、事情があるのだ。

全てなかったことにしたい、というわけではないが……。

いったん過去をリセットして仕切り直したいという気持ちも、わかって欲しい。


(……わかりあうのは、難しいんだろうな)


幸せな記憶だからこそ、そのままにしておきたいシオンと。

幸せな記憶だからこそ、心の整理がつくまではしまっておきたい雛姫と。

もしかしたら、将来的にはまたエンジュ、と名乗ることが出来るようになるかもしれない。

変性を夢見ていた幼い少女だったころの名前を名乗っても、胸が痛まなく日が、いつかは来るのかもしれない。

けれど、今はまだその時ではないのだ。


「……で、お前はこんなところで何を悩んでたんだよ?」


多少ぎこちないながらも、シオンの方から話題を変えてくれた。

雛姫も、張りつめていた気持ちを緩めるべく、短く息を吐き。


「ちょっと買い物を頼まれたんだけど……、それが品切れで」

「頼まれたって、四海堂のヤロウにか?」

「や、旦那様」

「……旦那様?」


(……あ。しまッた)


面倒なことになりそうだという理由で雛姫はシオンに築宅にいることを話していなかったのだ。

が、今さらそれを思い出してももう遅い。

シオンは、完全に何が何でも事情を聞き出して見せるぞ、といった顔をしている。


「おい、エンジュ。

お前なにか俺に話してないことがあるだろ」

「……う」

「――…話しなさい」

「…………」


(こういうときのシオンには逆らえないんだよなあ)


普段はわりと雛姫の方がシオンの面倒を見ているようなところがあるのだが、時たまその力関係は逆転する。

雛姫が最後の家族の一人だった母親を失った夜、殺されかけていた雛姫を助け出したのはシオンだった。

それ以降、雛姫はシオンの家族の元で保護されて、育った。

そういったことがあったせいか、シオンはシオンで雛姫のことを守らなければいけない対象として認識しているようなのだ。


(兄貴風を吹かせるっていうか、父親風を吹かせるっていうか)


普段は雛姫以上にやんちゃで、幼げなところがあるシオンが、こういう時だけは大人の男然とした顔をして見せる。


「……四海堂に頼まれてさ。

俺、今ちょっと築有志郎さんって人の所で執事の仕事してるんだよ」

「……へえ」


(……あれ?)


少し意外に思ってしまった。

シオンのことなので、この段階で怒るのではないかと思っていたのだが、それ自体はあっさりと受け入れられてしまった。


(責任もって身柄を預かるとか言ってた癖に他の場所にやるなんて!

……とか、言うと思ってたんだけどな)


いつものシオンならいかにも言いそうなセリフが脳内をちらつく。

が、下手に藪をつついて蛇を出す必要はない。


「それでお前、その相手のことを『旦那様』なんて呼んでるのか?」

「雇い主、だからなあ。

四海堂のとこのメイドさん達も、四海堂のことを旦那様って呼んでたし」

「…………」

「シオン?」

「……何でもねぇ」

「……?」


(……変な反応)


正直、肩透かしを食らった気分だ。

実際にシオンが四海堂に対して、勝手に雛姫の身柄を動かすなんて、と怒ったとしても、どうしようもないので、シオンがあっさり流してくれたこと自体はかなりありがたいのだが。



「……どんな男なんだよ。変な男じゃないだろうな」

「いい人だよ。

見た目は怖いけど……、慣れてきたら優しくもしてくれるし」

「……それならいいけどよ」


シオンは不承不承という態で、それでも納得したようだった。


「で、お前はその頼まれものをまだ探すのか?」

「うーん」


雛姫の手元にある買い物メモを、ちょいとシオンが覗きこむ。


「え? これが品切れしてんのか?」

「何でもこの辺りの野山で野犬が出るようになっちゃったみたいでさ」

「あー……、それで持ち込む人が減ってんのか」

「そういうこと。

……あ」


(いいことを、思いついてしまった)


山間で暮らしていた雛姫にとって、「野犬は最も身近な脅威」なのだ。

つまり、その恐ろしさも十分に理解しているが、その対処方法だって慣れている。

村に住んでいる頃は、シオンと共に野山に交じり、野犬以上に恐ろしい熊とだってやりあってきた。


(一人で行くのはアレだけども……、シオンが一緒ならイケる)


「……おい、エンジュ、お前なんかロクでもないこと考えてるだろ」

「なあ、シオン」

「……なんだよ」

「ちょっと俺と一緒に山菜狩りにいかないか」

「……野犬狩りの間違いだろ」


シオンは、言うと思った、というような顏をして空を仰いだ。






★☆★






出てきたばかりだった薬草問屋に戻り、店主の爺さんに話を聞いたところその山は特に私有地というわけでもなく、誰でも自由に足を踏み入れて薬草や山菜の採取が許されているらしい。

そのため、お小遣い稼ぎに山に足を踏み入れ、需要のある薬草やキノコ、山菜を採取しては卸す者がいるのだそうだ。

が、野犬騒動があって以来山を訪れる者はめっきり減ってしまっており、その影響をもろに受けたのが今回の品薄なのだろう。

雛姫たちがその山を訪れたのは午後三時をさしかかった頃だった。

日が暮れるまで、約三時間程度。

ふもとにある小屋で、申請書に名前を書く。

万が一の場合に備えて、こうして山に入った人間の出入りをチェックしているようだ。

もし雛姫とシオンが日が暮れても戻らないようなことがあれば、警察などに通報されることになるのだろう。

そこで向けられた奇異の眼差しは、雛姫の執事服故か、それとも外人めいたシオンの外見のせいか。


(……着替える時間なかったんだよなあ)


着替えに戻る時間のロスを嫌って、そのまま突撃したのである。

途中商店街によっていろいろと買い物はしたが。

そして、山に足を踏み入れて数時間。


「エンジュ、見つかったか?」

「ん、大漁大漁」


築に頼まれていた薬草や、キノコ類は無事に収穫することが出来た。

野犬騒動で山に踏み入る人間が減っていたこともあって、そのどれもがたっぷり増えていた。

元より雛姫やシオンにしたって、村で暮らしている際にはそういった薬草や山菜、キノコを村に来る商人に卸してお小遣いを稼いでいたのだ。

採取はプロである。

雛姫は大きな木の根元、木陰に群生するキノコを次々と採取しては袋の中へと放り込んでいく。


(これでラスト)


どうにか日が暮れる前には山を出られそうだ。

……と。


「……エンジュ」

「わかってる」


急に、山の気配が変わった。

鳥の鳴き声が止む。

注意を促すシオンの声に応じて、雛姫は立ち上がると袋の口を堅く閉じて背中に背負った。

次に、近くにある木の枝ぶりを確認。


「いつも通りか?」

「いつも通りに」


交わすやりとりは短い。

静かに油断なく周囲を見渡しながら待ち構えている二人の前に、やがて茂みをかきわけて野犬の群れが姿を現す。

ハ、ハ、と弾む息。

派手に鳴きわめいてはいないものの、耳はピンと立ち、その眼は丸く瞳孔が開いている。

極度の興奮状態だ。

雛姫やシオンが少しでも刺激したならば、すぐさま犬の群れは襲いかかってくるだろう。

そっと雛姫はシオンへと視線をやる。

シオンも、雛姫を見る。


(1、2の、3……!)


二人が行動に出るのはほぼ同時。


「エンジュ!」

「あいよ!」


シオンは低く腰を落として腕をバレーのレシーブでもするかのように組む。

雛姫は迷わず踏み込み、飛び、その腕に乗る。


「……くッ」


さすがにボールのようにポーンと投げるというわけにはいかないが、それでも足場としては十分すぎるほどだ。

雛姫は一人では届かぬ位置の枝へと手をかけ、そのまま勢いで上身を引き上げる。

して、すぐさま枝に足を絡めて固定すると今度は下のシオンへと腕を差し伸べ。

勢いをつけ、三角跳びで飛びあがったシオンが、雛姫の差し出した腕を支えに一気に枝の上までよじ登った。


「……ふー」

「久しぶりのわりにはなんとかなるもんだな」


眼下では興奮が極限に達したのか、犬の群れが泡交じりの涎を垂らしながら狂ったように吼えたてている。

が、いくら跳ねようと二人のいる枝までは届かない。


「エンジュ、石と網は?」

「ちょっと待ってくれ」


ごそごそ、と雛姫は背中に背負っていた袋の口を開き、採取した薬草やキノコをかきわける。

その奥にしまわれているのは、山に来る前に商店街で購入したネットだ。

村で暮らしていた頃は、つる草を編んで自作した網を使っていたものだった。


(ポイントはしっかり乾燥させて、煙で燻すこと)


そうやって強度をあげることで、いくら対象が暴れても千切れない網を作るのだ。

今回はそんな時間はなかったので、さくっと市販の網を使わせてもらったが。

網に続いて、握りこぶし大の大きさの石を四つ取り出す。

これが結構重かった。

石を受け取ったシオンが、網の四角にそれぞれ紐で絡めてしっかりと固定していく。

この石が重りになるのである。

淡々と二人が作業をしている間にも、足元では野犬が吼え狂っている。

慣れない者であれば、その声だけですっかり威圧されてしまうことだろう。

だが、シオンと雛姫は違う。


(山育ちを舐めてもらっちゃ困る)


大自然の中、野生の獣と渡り合ってこれまで生きてきたのだ。

野良犬崩れの野犬など、頼れるパートナーさえいたなら敵じゃない。


「シオン、行くぞ」

「おう」


二人の眼下に集い、吼えたてる犬の群れの頭上にぶわっさーと拡げるようにして網を落とす。

四隅の重りのおかげで、網は綺麗に広がって犬らを包みこむようにして落ちた。

キャインキャインッとこれまでとは違った高いトーンの声があがる。


(野犬っていってももともと野生って感じでもないしなあ)


おそらくはもともとは人の飼っていた犬が、捨てられるか迷うかして山に入り、そこで徒党を組んで好き放題しているといった感じなのだろう。

相手が自分たちより弱いうちは威勢よく吼え、牙をむいているが、反撃されるととたんに戸惑いが見え隠れしている。

数匹は網から漏れたが、それでも大部分は網の下で動けなくなっている。

網の下で暴れ、吼えたてているが動けば動くほど目の細かい網は絡まるばかりだ。

もともと興奮していたところにこれである。

犬のほとんどがパニックの混乱状態だ。

これでは出られるものも出られないだろう。


(さて、と)


トドメに、袋の中から香辛料の袋を取り出す。

何も言う前から、シオンが服の襟もとを引き上げて鼻と口元を覆った。

雛姫も、片手の袖口で口元を覆いながらばっさばっさと景気よく網の下で悶える犬に向かって香辛料をぶっかける。

とたんにあがる幾つもの悲鳴。

イヌ科の獣とやりあうときに大事なのは、鼻を潰すことである。

執念深い奴になると、その場は退けても後から再び追ってきて襲ってくることがある。

その鋭い嗅覚を先につぶし、また痛い目に合わせることで人を襲っても割りに合わないということを覚えさせる必要があるのだ。

香辛料爆弾は網から漏れてうろうろと網の周りをうろついていた犬にも襲いかかる。

五感を潰される痛みに、高い悲鳴をあげながら犬が逃げていく。

残されたのは、網の中で動きをとることもできずに悶絶している犬だけだ。


(これに関しては山を出るときに管理人さんに声をかけておくかな)


きっとしかるべき対処をしてくれることだろう。

雛姫とシオンは、投下した香辛料の弾幕が、風に流されてだいぶ薄くなったのを確認してから枝からひょいと飛び降りる。


「猪とか熊だったらこのままやっちまうんだけどな」

「犬肉はあんまり美味しくないからなあ」


(……村にいた頃だったらたぶん食べてたけど)


いくら雛姫でも、他に食べるものが十分ある環境でまで犬を食べようとは思わない。

網の下の犬を見やって、のんびりそんな会話を交わす。

この野犬の群れさえなんとかなってしまえば、薬草やキノコ類も再び安定した供給が行われることだろう。


「さて、暗くなる前に帰るかー」

「おーう」


昔よくしていたように肩を並べ。

昔よくしていたように、視線交わして。

昔よくしていたように、にんまりと勝利の笑みを浮かべあう。

そうして二人は、目的のブツを手に入れて悠々と山を下る。







★☆★







なんとなく、商店街に戻る間二人は無言だった。

シオンが黙っていたので、雛姫もなんとなく、黙る。

夕暮れのオレンジ色に包まれる町並み、地面には二人の影が伸びる。

数年前ならば、そのまま帰る場所は同じだった。

二人ならんで同じ家に帰り、今日の大冒険をシオンの母親へと聞かせたものだ。

けれど、もうそんな子供時代は終わってしまった。

雛姫は村を出た。

シオンは村に残った。


「……なあ」


ぽつりと、シオンが口を開いた。


「ん?」


雛姫は、のんびりと続きを促す。


「なんか、楽しかったな」

「うん、楽しかった」


久しぶりに、一緒に森に入った。

あんな風に狩りをするのは、久しぶりのことだ。

随分と久しぶりだったのに、あんなにも息があったことが嬉しくもあり、そして少しだけ複雑だった。


(でも、やっぱり嬉しい)


捨てたつもりの村での生活は、雛姫の中に残っている。

捨てきれないことが、無くしてしまったわけではないことが、嬉しくて、切ない。


「今日はつきあってくれてありがとう、シオン。

おかげで助かった」


シオンがいなければ、雛姫はお使いを完遂することは出来なかっただろう。


「いや、オレも楽しかったし。

お前の旦那様も、喜んでくれると良いな」

「うん、ありがとう」


夕闇の迫る街角で、二人そんな会話を交わす。

そろそろ帰らなければ築が心配するだろう、とわかっているのに、なかなか足を踏みだす気になれなくて、困ってしまう。


「なあ」

「ん?」

「シオンはまだしばらくこの辺りにいるのか?」

「あー……、そうだな。まだしばらくはこの辺をぶらぶらしてると思う」

「そっか。それじゃあ……」


(……恥ずかしい)


なんとなく面映ゆくて、雛姫は視線を伏せる。

そして、ぽそりと言い足した。


「――……また」

「!」


シオンが、少し驚いたように目を瞠った。

雛姫はなんだか照れくさくて、シオンの顔が見られない。


「エンジュ……!!」

「わっ、馬鹿、放せ馬鹿!」


がばちょッ、と飛び付いてきた大型犬のような幼馴染を力づくで引っぺがしてやろうかとも思うものの、あんまりにも嬉しそうでなかなか無碍にも出来ない。


(きっと、こうなるのがわかってたから……、逃げてたんだろうなあ)


結局仕方ないので、雛姫は照れ隠しにぐしゃぐしゃとシオンの癖っ毛を撫でたくる。

いくら雛姫が「エンジュ」であった過去を捨てようとしても、シオンはいつまでも追いかけてくる。

そして雛姫も、それをいつまでも拒みきれるものではないのだ。

結局なんだかんだ過去を捨てることなどできないのかもしれない、と雛姫は小さく溜息をついたのだった。











そして。

遅くなりました、と戻った雛姫に、市場に出回っていたとはとても思えない状態の素材をたんまりと渡された築が呆然とするのはまた別の話である。


お土産でたんまりと素材を渡された旦那様がぽかーんとする小話もそのうち書きたいものです。あまり本筋と関係ない話をいれてもテンポが悪くなってしまうかな、と思うのですがががが。

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