不穏の種
久しぶりに四海堂のターン。
じわじわと増える閲覧者の数や、お気に入りの数にによによとさせていただいています。愉しんでいただければ何よりです。
築より許可も貰えたので、雛姫は早速四海堂の屋敷を訪ねてみることにした。
この屋敷に戻るのは、あの日四海堂に強引に追い出されてしまって以来だ。
「…………」
きょろきょろ、と周囲を見渡す。
ここまでやってくるまでにも、誰かに見張られているような気配がないかどうか何度も確認した。
築の執事である雛姫が、そのライバルにあたる四海堂の屋敷に出入りしているところを人に見られてしまうのはまずい。
四海堂に連れ出されるまで、山の中で暮らしていた雛姫はそういった気配にはそれなり敏感だ。
(……よし、大丈夫)
最終確認をしてから、するっと物陰から歩み出ると、門へと歩みよりベルを鳴らす。
雛姫の耳には何も聞こえないが、今頃屋敷の中では来客を知らせるベルが
鳴り響いていることだろう。
「………あれ?」
通常ならとっくに誰かが出てもおかしくないだけの時間が経ったというのに、ドアが開く気配がない。
(……なんで?)
四海堂自身は忙しく屋敷を留守にしていることが多くとも、四海堂邸にはメイドや使用人が常駐している。
全員が全員、何か手を離せないような仕事をしているということもないだろうし、彼らはきちんと教育を受けた質の高い使用人たちだ。
客を無駄に待たせているところなど、雛姫はこれまで見たことがない。
(チャイムが鳴らなかった?)
もう一度、押す。
そして先ほどと同じだけの時間を待ってみるものの、やはり誰も出てくる
気配はない。
(……もしかして、四海堂が自分を取り次がないように指示を出してたり?)
わざと、来客が雛姫だから無視しているのだろうか。
(なんで?)
そんな指示を出す意味がわからない。
築に対して雛姫と無関係であるというポーズを取りたいのなら、それは雛姫がここにきてしまった段階で意味がない。
もしそこまでするのならば、最初から雛姫に対しても、絶対に戻ってくるなと言っておかなければおかしい。
(それじゃあ、どうして?)
よくわからない不安が、心の中に広がっていく。
自分がいない間に、自分の居場所が失われていくことに関する危機感、とでも言えばよいのだろうか。
「……っ」
四海堂と連絡がとれないというだけで、こんなにも落ち着かなくなるなどと、これまで考えたこともなかった。
こんなにも、四海堂の屋敷に対して「自分の居場所」としての思い入れがあるなんて思ってもいなかった。
(……違う)
雛姫は、四海堂と連絡が取れなくなる、なんて状況を考えたことすらなかったのだ。
四海堂は雛姫の『持ち主』なのだから。
「さっさと出ろよ……ッ」
かち、かち、かち、と不安に任せて連続でチャイムを押す。
(これで駄目だったら……)
ちら、と視線をやって門扉の高さを目測で図る。
(……よし。これぐらいなら充分乗り越えられる)
最終手段は力技である。
魔導での出入りは禁じられていたが、門扉を見た感じ、物理的侵入を阻むのは高さのみであるようだ。
助走をつけるべく、少し後ずさったところで……、門扉の向こうで玄関の扉がか細く開いた。
「……雛?」
ドアが開く音と同時に、訝しげな声音で名前を呼ばれた。
「……え?」
誰か出て来い、とばかりにチャイムを連打した雛姫ではあるが、まさか四海堂本人が出てくるとは思っていなかった。
(なんでこんな時間に……)
いつもなら、なんだかんだとまだ外にいる時間だ。
薬師協会の会長という肩書は決して名前だけでなく、普段なら四海堂は日中のほとんどを協会の建物で過ごすことが多い。
思わずぱちくりと瞬いている間にも、四海堂はすたすたと雛姫の元まで歩み寄ると、自ら門扉を開けてくれた。
「どうしたの?
ここに来るなんて、何かあった?」
心配そうに問いかけられて、ぐつぐつと内心高まっていた不安がゆっくりと解けていくのを感じる。
「……はあ」
「雛?」
「連絡は全然来ないし。魔導での干渉は防がれてるし。チャイム押しても出てこないし。
……何かあったかと、思った」
(四海堂まで、いなくなってしまったかと思った)
雛姫のこれまでの人生は、別れと欠落ばかりに満ちている。
姉を失い、母を失い、変性できなかったことにより名前を、故郷を、手放した。
何も持たず、途方に暮れていた雛姫の手をとり、新しい世界へと連れ出してくれたのは四海堂だ。
雛姫の身柄を担保に、ユーゲロイドの村に投資し、雛姫に新しい役割を与えてくれた男。
それを失うということは、雛姫にとって寄る辺を失うことに等しい。
ドアベルを鳴らして、四海堂が出てくるまでの短くはない間に、それを今更ながらに思い知らされてしまった。
「心配、かけたね」
すべてを見透かしてるかのような、柔らかな声音とともに四海堂がぽんと
雛姫の頭に手を載せる。
(……いつも通りだ)
なだめるよう、あやすよう、雛姫の頭を撫でるのは四海堂の癖だ。
何もおかしいところなんてない。
「雛を戸惑わせるつもりはなかったんだけどね。
今ちょっとメイドさんたち皆に休暇をあげちゃっててさ」
「休暇?」
「そう、休暇。
ちょっと今仕事が忙しくなって、僕もほとんど協会の方に詰めっぱなしだったものだからさ。皆にも休みをとってもらってたんだ」
「じゃあ、四海堂はなんでこんな時間に家にいるんだ?」
「僕は……、ちょっと、そう。風邪をね」
「…………」
(うそくさい)
風邪、だなんていかにも取ってつけたかのような言い分だ。
だが、そういう四海堂は、確かに具合が悪そうだ。
あまり、顔色がいいとは言い切れない。
「普段僕、管理職のお仕事が多いだろ?
どうせ協会の建物に缶詰になるなら、最近御無沙汰してた研究だとかにも手をつけてやりたい放題しようと思って皆に休みまであげたのに、そこで風邪ひいちゃったんだよね」
ずび、とわざとらしく四海堂が鼻を啜って見せる。
正直嘘くさいではあるが、四海堂がそんな嘘をつく理由がわからない。
(何を、隠してる?)
どこからどこまでが嘘なのかが、わからない。
いったい四海堂は雛姫に何を隠そうとしているのか。
「それで、雛はどうしてここに?
何か困ったことでもあった?」
「ちょっと荷物を取りたくて」
「荷物?」
「誰かさんはあの日、俺をほとんど着の身着のまま追い出しただろ」
「ああ、そういえばそんなこともあったような。でも雛ならいくらでも自由に荷物を……、って。
あ、そっか。魔導での干渉を出来ないようにしたんだった」
「……そういうこと。
お前が魔導での干渉も防いじゃったせいで、全然荷物が回収できないんだよ」
「別に雛の邪魔をしようと思ったわけじゃないんだよ?
最近このあたりも物騒でさ。
ちょっと屋敷の防犯レベルをあげておこうと思って、手をいれたんだよね」
「物騒て、このあたりで泥棒でもあったのか?」
つい、周囲を見渡してしまう。
この辺りは裕福な層が御屋敷を構える、治安の良いエリアだ。
これまでに、この近辺で空き巣や泥棒が出たというような話は聞いたこともない。
「まあ、そんな感じ、かな」
(誤魔化した?)
今日の四海堂が体調が良くないというのは本当なのかもしれない。
いつもなら、四海堂はもっと上手に嘘をつく。
「それでこうして直接取りに来たってわけなんだ?」
「そういうこと。
荷物、回収させてもらってもいいか?」
「そういうことならどうぞ」
四海堂は、そう言って雛姫を屋敷の中へと誘ってくれた。
★☆★
しばらく留守にしていた自室は、なんだかすっかりそっけなく見えてしまったて不思議な気がした。
確かに自分の部屋であるはずなのに、どこかそらぞらしく感じられてしまう。
人の気配がすっかり薄れてしまっているからだろうか。
(レシピをまとめたりしてたノートと……、お金と……、他に何か持っていっておいた方がいいものってあったっけ?)
久しぶりに戻った気がする四海堂邸の自室にて、雛姫は早速荷物をまとめだす。
といっても、持ち出す私物はそれほど多くない。
「これぐらい……、かな」
「それだけでいいの?」
「うん。あんまり俺のものってないから」
「……ふう。
雛姫って僕が悲しくなっちゃうぐらいに物欲がないよね。
可愛くおねだりしてくれたなら、なんでも買ってあげちゃうのに」
「別に物欲がないってわけではないと思うんだけど……」
ぐるり、と視線をめぐらせてみる。
(確かに……、ちょっとそっけない部屋だよな)
半年以上生活しているわりには、生活感の薄い部屋だとは思う。
雛姫が、あまり自分の物を増やそうとしていなかったせいだろう。
部屋に置かれているもののほとんどは、雛姫が自ら選んで買ったのではなく、四海堂が用意したものだ。
雛姫はこれまでの人生において、いろんなものをなくしすぎた。
そのせいで何か自分のものを持つ、ということに、本能的に忌避感を覚えてしまうのかもしれなかった。
どうせなくしてしまうのなら、最初ならなくて構わない。
そんな考え方だ。
「よし」
荷物をまとめ終わり、四海堂を振り返り。
「……っ」
思わず息を呑んだ。
(……顔色、悪すぎないか?)
風邪を引いている、とは言っていたものの、その顔色は尋常ではない。
紙のように白く、血の気が失せている。
「四海堂」
「ん? なあに?」
「お前……、すごい顔色してるけど、大丈夫か?」
「あー……、ちょっと具合が悪いだけだよ。休んでれば治る」
「…………」
(……本当に?)
雛姫の知る四海堂という男は、いつも飄々と顔色一つ変えずに笑っている丈夫な男だ。
そんな彼が、壮絶な顔色でいつもどおりに振舞おうとすればするほどに、いつもとの差異が目立っているような気がした。
「食事は?
メイドさんたち、今全員いないんだろ?」
「適当に調達するよ」
「……俺が、作ろうか?」
「いいな。雛の作るごはん、僕も好きなんだ。
でも……」
静かに呼気を吐き出して、四海堂は首を左右に振った。
「雛の手料理をご馳走になりたい気は山々だけど……、今日は遠慮しておくよ。雛だって、早く築くんのところに戻らないといけないだろ?」
「それはそうだけど……」
早く戻って、執事としての仕事を再開したいという気持ちは当然ある。
だが、だからといってこの状態の四海堂を置いていくのは気がひけた。
そんな雛姫の葛藤を察したのか、四海堂の口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
「……大丈夫だよ、雛。大丈夫だから」
「……うん」
悪夢にうなされて飛び起きた雛姫を宥めるのと同じ口調で言いながら、四海堂はゆっくりと雛姫の頭を撫でる。
「雛」
「……なんだよ」
「築くんは雛に優しくしてくれている?」
「……うん」
「そう。それは良かった」
「わかってると思うけど……、今日は特別だ」
「…………」
「もう、僕が良いっていうまでここに戻ってきちゃ駄目だよ」
「……わかった」
「じゃあほら、お帰り、雛」
そっと帰るように優しく促される。
(……なんだろう、この胸騒ぎ)
心の中がざわざわとする。
何か、いろいろと放っておいてはいけないことが起こっているような気がする。
それがわかっているのに、雛姫は何も出来ない。
雛姫が動くことを、四海堂が望まない。
「……僕は、大丈夫だよ」
「……うん。
お前、具合悪いならちゃんと部屋に戻って寝てろよ?」
「もちろん。
雛を見送ったら、まっすぐ部屋に戻って休むつもりだよ」
「見送らなくていいから。飯はちゃんと食えよ」
「そのあたりは適当にデリバリーでなんとかするよ」
「うん。それじゃあ」
「うん」
雛姫は、まとめた荷物を抱えて部屋を出る。
これ以上ここにとどまっては、かえって四海堂の負担になってしまうだろう。
早く、休ませてやった方が良さそうだ。
「……?」
ふと、部屋のドアに背を預けて立っていた四海堂の傍らを通り過ぎた際に。
なにやら……、どこかで嗅いだことのあるような、金臭い匂いがしたような気がした。




