執事≒ペット
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あの、雛姫が庭で倒れた日以来、築と雛姫の関係は大いに改善された。
築は相変わらず気儘な男ではあるが、最低限食事を家で取るかどうかぐらいは知らせてくれるようになった。
というか、基本的には三食家で食べるようになった。
(それは非常に嬉しいんだけど)
もしかしたら気を使ってくれているのではないか、なんて思ってしまったのも事実だ。
が、それに対しての築の返事は、
「家で美味い飯が喰えるとわかっているのに、なんでわざわざ外で喰う必要があるんだ」
なんて、執事泣かせな一言で。
二人の生活はたった一つの問題を除いては非常にうまくいっていた。
★☆★
ぱらりぱらり、とページをめくる音が聞こえる。
時折、カリカリとペンで何かしらを書き込む音も聞こえてくる。
それは良い。
「…………」
「…………」
(どうしてこんなことになったのか……)
庭に出てますから、何か用があったら声をかけてくださいね、と言ったとこまでも良かったのだ。
問題はその後だ。
何故か築は、
『なら俺も付き合おう』
などと言いだすに至り。
結果、庭を弄る雛姫と、庭先のテーブルで書類の処理を続ける築という不可思議な光景が繰り広げられることになってしまった。
(まあ、旦那様も少しは陽にあたった方が体には良さそうだけど)
これまでの生活パターンを見ていると、築は日が暮れはじめた頃合いになっから外に出ていくことが多い。
日中は書斎、もしくは寝室にこもって過ごすのが定番なのだ。
たまには日光浴も悪くないだろう。
といっても、テーブルには日よけも準備して、直射日光が当たらないように最低限の工夫はしているのだが。
他にも、築が過ごしやすいように冷たい紅茶はポットで用意してテーブルに置いてある。
基本的にはセルフサービスだが、呼ばれれば給仕するのもやぶさかではない
ところだ。
(でも、なんでまたこんな庭先に……)
もう少し庭が庭としての体裁を整えだしてからのことなら、まだわかる。
美しい庭の植物を眺め、それに癒されながら優雅にお仕事というのもアリだろう。
だが……。
(今はまだただの一面芝生、ってだけだからなあ)
花盛りの庭木も、目を楽しませる凝った造りの花壇も、今はまだ何もない。
(それなのに、何故)
ますます、築の意図が読めない。
そんなことを考えながら、雛姫は次々と雑草を引き抜いていく。
築のことは気になって仕方ないが、これだけ近くにいれば何かあればすぐに気づくことが出来るだろう。
根っこを残さないように、丁寧に前回の草刈りの続きを行う。
今回は仕訳はナシだ。
と、どれくらい作業していただろうか。
「おい」
「あ、はい」
背後から呼ばれて、雛姫はひょいと立ちあがって振り返った。
「何か御用ですか?」
「ああ。そろそろ一時間経つ」
「あ、そうですね。中に戻られますか?」
「いや、そうじゃなくて。お前、茶を飲んどけ」
「……はい?」
「一時間に一度は、水分を取るようにした方がいい。
お前、ただでさえ日に弱いんだから」
「…………」
ふと、嫌な予感がした。
(もしか、しなくても)
築がわざわざ外で書類を広げているのも、雛姫にポットで飲み物を用意させたのも、全部このため、だったりするのだろうか。
「ほら、さっさとこっちに来て座れ」
「はあ」
おとなしく、呼ばれるままに、築の前の椅子に腰を下ろす。
築は書類を無造作に脇に避けると、ポットを手に取った。
「わ、何してるんですかっ!」
「何って茶を入れてるだけだが」
「それ俺の仕事です……!」
(なんで使用人が主人に茶を入れて貰わなきゃいけないんだ……っ!)
いろいろと間違っている。
逆である。
「気にするな」
「気にしますって……!」
雛姫は慌てて築の手からポットを奪い返そうとするものの、それよりも先に
はなみなみと紅茶は注がれてしまう。
「飲め」
「……それは旦那様に飲んでいただこうと思って」
「飲め」
「だから……」
「飲め」
「…………」
問答無用だった。
観念して、ありがたく築に入れてもらった紅茶を口に運ぶ。
(あ、美味しい)
当たり前だ。
築に呑んでもらおうと、厳選した茶葉で美味しくなれと手間をかけて淹れた水出し紅茶だ。
美味しくて当然である。
(旦那様に、飲んで欲しかったのになあ)
机の上にカップを一つしか用意していない理由というものを、築には是非ご理解しいただきたい。
「……よし。
んじゃ続きをしてきてもいいぞ」
「…………」
築は、雛姫の手の中にあるカップがきちんと空になっているかどうかを確認した後、そう満足げに許可を出した。
まるで、遊びに夢中になる子供、もしくはペットの世話をするような口ぶりである。
(……なんだか、釈然としない)
何かが、非常に間違っているような気がする。
そう。
雛姫と築の関係はおおいに改善された。
たった一つ残った問題は、築の中で雛姫がペットと同じ扱いになってしまったことである。
憮然としている雛姫の前で、築は涼しげな顔で再び書類へと視線を落とし始めている。
その手がふと、空になったティーカップを求めてさまようのに目ざとく気づいて、雛姫はささっとティーカップへと紅茶を注ぐ。
計らずも回し飲み、なんてことになってしまったことだけが残念でならない。
「雛姫、お前午後もこのまま庭いじりを続ける気か?」
「そうですね……。
もし許可がいただけるようでしたら、ちょっと外に出て来ようかとも思うんですが」
「外?」
「はい。俺、前住んでたところを出てくるときに、ほとんど叩きだされる感じだったので荷物持ちだせなくて」
「そういえばそうだったな」
「大した荷物があるわけじゃないんですが……。
回収できないかどうか見に行ってみようかと」
(レシピノートだけでも、回収したいんだよなあ)
村にいる頃から、ちまちま書き溜めてきたレシピノート。
あれがあれば、築のために作る料理のレパートリーが今以上に広がる。
「わかった。俺は構わないので、お前も好きにしろ」
「ありがとうございます。
それじゃあ、午後からはちょっと外にでるので、今のうち庭仕事頑張って終わらせるようにしますね」
「無理はするなよ」
「はい」
草刈りぐらいなら、なんとか午後までに終わらせることができるだろう。
そんな算段をつけつつ、雛姫は再び庭へと屈みこんだ。




