まどろみ
最初は、ぬくぬくとして暖かく、気持ちよかったのだ。
(……きもちい)
とろとろとしたまどろみは、日当たりと言う名の幸せに満たされていた。
その幸せに陰りが見えはじめたのは、文字通り時間が経つに連れ変化した日当たりのせいだった。
(……なんか、寒いかも)
日差しがぽかぽかと照っている間には気にならなかったが、床から伝わる冷たさが気に障るようになってくる。
(一回起きて……、ブランケットか何かを取りに行くか昼寝場所を変えるべき、だよなあ)
そうわかっているのに、このうらうらとした意識のまどろみから脱することが出来ない。
名残惜しくて、起きてしまうのが勿体なくてならないのだ。
ふわり、と体が浮遊感に襲われたのは、雛姫がそんなまどろみの中で困り果てている最中のことだった。
暖かなぬくもりに包み込まれる。
(あったかい……)
すり、と身体を摺り寄せるとますます暖かくなって、ぐんにゃりと身体からは力が抜けていってしまう。
そのままとろとろと再び雛姫は心地よい眠りの海に沈みかけて……。
ふわり、とその鼻先をほろ苦い紅茶の香りが掠めた。
「……な、さま……」
そっと、名前を呼んだ。
昨夜一晩、雛姫の傍にいてくれた優しいひと。
ふにゃりと口元が笑みに緩む。
と、そこでいきなり。
べちん。
目の前に火花が散った。
「……ッわひゃ!?」
思わず声をあげて、そんな自分の声に驚いて意識が覚醒する。
ぱちくり。
瞬きを数度。
目の前には、規則正しく上下する厚い胸板。
「…………」
今朝の焼き直しめいた光景に、雛姫は呆然と瞬く。
「阿呆面だな」
自分の置かれている現状を理解しがたらない雛姫の脳みそにとどめを刺すように、頭上から築の低い声音が振ってくる。
(こ、これってやっぱり)
そろり、と雛姫が顔をあげた先には、やはりというか案の定というか、築の面白がるように笑う顔があった。
(ひい)
やたら上機嫌そうなのが、余計に怖い。
「えっとあのその旦那様、何がどうしてこんなことに?」
(どういう状況なの)
雛姫は、日当たりの良い窓辺で丸くなって昼寝に勤しんでいたはずだ。
それがどうして……、目覚めたらソファにゆったりと腰掛けた築の膝上で抱かれているなんて状態になってしまうのか。
いや、原因は明らかだ。
築が、そうしたのだ。
だが問題は何故、である。
何故築は、雛姫を抱えているのか。
「ペットは抱かれるものだろうが」
返事はシンプルだった。
「えええええ」
どうやら執事からペットへの降格処分は未だ続行中であるらしい。
「で、お前があんまりにも阿呆面を晒して寝こけていたので――…、軽やかなチョップを少々」
「――…」
(いきなり目の前に星が飛んだのはソレか)
納得した。
「なんでいきなりチョップなんですか」
「キスしてやろうかとも思ったんだが、それにはまだちょっと早いかと思ってな」
「はい?」
「いや、こっちの話だ。
まあ、お前の何の警戒心もなく寝こける間抜け面が気に入らなかったんだ」
「だったら放してくださいよ、俺、部屋で寝なおしてきますから」
「黙れ湯だぬき」
「ちょ……っ!」
(なんという言われよう)
確かに共有空間であるリビングの床で間抜け面を晒して眠っていたのはまずかったかもしれない。
だが、だからといってその寝顔が気に喰わないと嫌がらせの限りを尽くそうというのはいかがなものなのか。
(……でも、あったかくて気持ちいいのは本当なんだよな)
抱かれている雛姫がそう感じているのだから、抱いている築もほぼ同じ感覚を共有していると考えても問題ないだろう。
(それに……、旦那様がかまってくれるのはなんだか嬉しい)
今までのいように、雛姫を見ないようにしているという気配がない。
相変わらず俺様だし、自分のしたいことしかしないといった風ではあるが、雛姫をかまうのを楽しんでいるように見える。
(ペット扱いにはちょっと物言いしたくもなるけど)
なんとなく、まあいいかな、という気になってしまうのだ。
「……俺、どうやったら執事にランクアップできます?」
「さあな」
雛姫を膝に抱き、クククと喉を鳴らして笑う築は、どこまでも愉しそうだった。




