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うちとけの朝


(……あったかい。

四海堂がまた潜り込んできたのかな)


ぬくぬくとした温もりにまどろみながら、雛姫はぼんやりと考える。

変性を促すためか、それとも単なる趣味か、四海堂は雛姫にちょっかいを出すのが大好きだ。

雛姫が本気で嫌がるようなことはしないが、そのギリギリまではやる男である。


「……ン」


(四海堂はムカつくけど……。

あー……、これはあったかくて気持ちい)


ふすん、と鼻を鳴らして雛姫は傍らの温もりへと身を寄せる。


(なんだろう……、良い匂いがする。

(甘いけど、ちょっとだけ苦い、紅茶の匂い……)


「……っ!?」


そこで、ハッと脳の一部が覚醒する。

甘く苦い紅茶の香りは、決して四海堂の纏うものではない。

これは。

この匂いは。


(だ、だだだだ旦那様……!?)


ぱち、と雛姫の目が開く。

案の定、目の前にあったのは築の顔だった。


「ひ」


悲鳴が喉で引き攣った。

照れだとか羞恥だとか、そんな可愛らしい感情が混じったものではない。

正真正銘恐怖からの悲鳴である。


(旦那様の目の前でぶッ倒れたあげく、旦那様に看病され、さらにはその寝床を強奪しちゃったなんて……!!)


とんでもない罪状だ。

さらに言うなら、築にとって雛姫は単なる使用人の「男」である。

そんな男相手に雑魚寝を強いられただけでなく、寝てる間に擦り寄られていたなんてことを知ったら……。


(絞め殺される)


「……に、逃げよう」


(旦那様が目を覚ましてしまう前に、何事もなかったかのように部屋に戻って、朝食の準備をして……!)


雛姫は築を起こしてしまわないように、そっとベッドから抜け出そうと試みる。

少しずつ、少しずつ布団の中から身をずらし――…ようやく片足が床についたというところで。


「逃げるな、湯たんぽ」

「!!」


眠たげな掠れた声が響いたかと思うと、ぐいと腰のあたりを抱かれて再び

布団の中へと引き戻されてしまった。


執事→ペット→湯たんぽ。


もはや生きものですらなくなった。


「…………」

「うるさい」

「俺、何も言ってませんが」

「物言いたげな顔をしていた。

顔がうるさい」

「なんという」


顔がうるさい、とはこれまた随分な暴言である。


(でも負けない……!

いろいろとしたいことあるし……!)


朝食を作って食べてもらいたいし、とりあえずこの状況から何とかして逃げ出したい。


「旦那様、俺仕事が」

「お前の仕事は俺を暖めることだ湯たぽん」

「俺、湯たんぽに転職した覚えはないですからね、っていうか今旦那様ゆたぽんって言いませんでしたか」

「――…」


築がうっそりと瞼を持ち上げて雛姫を見た。

至近距離、互いの呼吸すら感じられるような距離で視線が交わされる。


「湯たんぽなタヌキで――…、湯たぽん」

「タヌキ!?」


(確かに昨日、

執事からペットに降格されたけど!

タヌキってどうなんだ、タヌキって!)


果たしてタヌキというのはペットとして一般的なのだろうか。

山間育ちの雛姫にとっては、食料をあさる害獣、といった認識でしかないのだが。


執事→ペット(タヌキ)→湯たんぽ→湯たぽん。


(超進化だ……)


「ぬあ……」


何とかして抜け出そうとごそごそ身じろぐものの、築の腕はがっちりと雛姫の体をホールドしてしまっている。


(朝ご飯を……!

旦那様に朝ご飯を作って、食べてもらうんだ……!)


ぬぐぐぐぐ、と力を入れて雛姫は踏ん張り――…。


「……フン」


そのタイミングで築がするりと腕から力を抜いたもので、雛姫は勢い余ってそのままベッドから転落した。


「ぎゃ!」


高さがそれほどなかったせいか、死ぬほど痛いというようなことはないが、

それでも目の覚めるような衝撃だった。


「うう……」

「……クク」


呻きながら立ち上がったところで、顔の半分を枕にうずめるようにしながら

笑う築と目があった。


(……このやろう)


恨めしげな目で睨んでやっても、築は楽しげに笑うばかりである。


(っていうか、こういう乱れた格好も格好よくサマになるから腹立つな)


雛姫が逃げ出そうともがいたせいで、中途半端に跳ね上がった布団。

露になった上身、着乱れたシャツの袷から覗く素肌が色っぽい。


(ワイルドとか、セクシーとか。

そんな感じ)


「…………」


築は、雛姫が己を見ていることに気づくと、意地悪げに口角を持ち上げて笑った。


「―――おいで?」


からかうつもりたっぷり、といった声音。

わざとらしい疑問形が余計に腹立たしい。


(何より癪に障るのは、この人、そういうのが超似合ってるんだよな)


そして、自分でもそれをよく理解している。


(自分の魅力を充分に自覚した上で、人をからかって遊んでるんだから、タチが悪い)


雛姫はフン、と息を吐いて。


「――…いきませんっ」

「ち」


舌打ちされた。

雛姫にフられた築は、跳ね上がっていた布団を再び引き上げるとすっかり雛姫から興味をなくしたように目を閉じる。


「旦那様、朝食はどうなさいますか?」

「要らん。まだ寝る」

「かしこまりました」


もしかすると……、朝はあまり食べないタチなのかもしれない。

寝汚そうにしっかりと布団に包まってしまった築からは朝に弱そうな印象を

受ける。

雛姫はそんな築にぺこりと一礼をした後、部屋を出ようとして。


「ああ、キッチンに薬粥を用意してある。

適当に喰え」


だるだると眠そうな声で、そんなことを言われた。


「あと、今日一日は安静にしてろ。

仕事してるのを見かけたら――…」


(見かけたら……?)


「強制的にベッドから出られない体にしてやるから覚悟しておけ」


さらっと脅迫された。


(ぐ、具体的にナニをするとは言わないところがプロだな……!)


相手の想像力次第では、どこまでも恐ろしいことになる万能脅し文句だ。


(でも気にかけてもらってる)


朝食を用意してくれて、体を労わるための時間をくれた。


「ありがとうございます」


心の底からの感謝を告げて、雛姫は今度こそ部屋から出ようと歩みかける。


「毛づくろいは仕事にカウントしないので安心して存分に毛づくろえ」

「――…」


じろりと半眼で振り返ってやる。


「……ククク」


こんもりと盛り上がった布団の中からは、楽しげに喉を鳴らして笑う声だけが聞こえてきた。






★☆★







台所へと移動してみると、薬粥が用意してる、との築の言葉どおり、コンロの上には小さな鍋が載っていた。


「……薬粥ってどんなのだろ」


かぽ、と蓋を開けて中を覗いてみる。

もしかしたらとてもじゃないが食べれそうにない凄まじい物体エックスなのでは、などと思ったが……。


「あ、おいしそう」


薬草の独特な匂いが混じってはいるものの、非常に美味しそうな匂いがふわりと鼻先を掠めていった。

きゅう、と雛姫の腹が鳴る。

考えてみれば、雛姫は昨日の昼頃に庭でひっくりかえって以来何も食べて

いなかったのである。


「……そりゃ腹も減るよな、うん」


早速小鍋を火にかける。

焦げ付かないよう菜箸でかき混ぜながら味見をしてみる。

いかにも滋養によさそうな薬草の苦味と、やさしい卵の甘さ、そして絶妙な塩加減が雛姫の胃に染み渡るようだった。


「……美味しい」


(後でレシピを聞いたら教えてくれないかな)


「……つか、料理できるんじゃないか、あのひと」


(まあ、確かに使われた形跡はほとんどなかったけど、最初から料理のための道具は揃ってたもんな)


どうやら築有志郎という男は、やろうと思えば料理も人並み以上にこなすものらしい。


(築有志郎、か)


意地悪で偏屈、凶悪な一匹狼。


(でも……、優しいひと)


雛姫が昨日、庭で意識を失う間際に見た光景。

あれはきっと、幻覚などではなかったのだ。

築は、倒れいく雛姫へと手を伸ばしてくれた。


(心配して、怒ってくれた。

目覚めるまで、看病してくれて……こうして、薬粥まで作ってくれた)


意地悪で捻くれてはいるが、優しいひとなのだ。


(……話も、聞いてくれたし、聞かせてくれた)


雛姫の過去を、静かに聞いて受け入れてくれた。

そして、逆に築自身の過去をも、話してくれた。

築が、人を己のテリトリーに入れない理由。

この家に拘りながらも、一方でこの家に触れないようにしている理由。


(……それなのに)


「……俺、騙してるんだよな」


声にすると、きゅうと胸が締め付けられるように痛んだ。


「だんな、さま」


そう呼ぶ音に、雛姫の唇はこんなにも馴染んでいるというのに、雛姫は決して本物の使用人にはなれない。

あくまで、雛姫の持ち主は四海堂だ。

四海堂がここにいろと命じたから、雛姫は築のそばにいるのだ。


(四海堂が何か指示を出してきたら……、逆らえない)


今のところ、四海堂は何も行動には出ていない。

ただ、雛姫を築の元に送り込んだだけだ。

だが、四海堂は薬師協会の会長であり、築は協会に反目するフリーの薬師だ。


(二人が対立している以上……、

自分は必ず何かをしないといけなくなる)


四海堂に命じられれば、築を裏切らなければいけないのだ。


「…………」


せっかく美味しいはずの薬粥からも、味がなくなってしまったような気がした。

粥を口に運ぶ手が止まる。


(残しちゃもったいない。

せっかく、旦那様が作ってくれたんだから)


もぐもぐ、と半ば機械的に粥を口に運んで、飲み込む。


(四海堂の指示なんて、ずっと来なければいいのに)


ずっと、ここで築のための執事として仕事をしていたい。

けれど、そうも行かないこともちゃんとわかっている。


「……はあ」


だから雛姫は、ため息を一つ吐き出した。





★☆★






ゆっくりと時間をかけて築お手製の薬粥を食べ終えた雛姫は、食べ終わった後の鍋や食器を片付けてから居間に来ていた。


(今日は一日、どうしようかな)


築には、仕事をしているところを見つけたらどうにかしてやる、となんとも

恐ろしい脅しをかけられている。


(……だからっていって趣味に走ってガーデニングとかやらかしても、間違いなくお仕置きコース)


趣味と仕事が一致しているが故の、悲しき弊害である。


「うーん……」


どうするべきか、としばし悩んだ結果。


「……寝るか」


そんな結論に至った雛姫だった。

明日からはまたガーデニングだったり、ワックスがけだったり忙しくするつもりなのだ。

今日一日ぐらい、まったりごろごろさせてもらったとしても罰は当たるまい。

一日中ベッドでごろごろしてすごす、なんていうのは一見残念な余暇の過ごし方であるようだが、ある意味非常に贅沢だ。

そう決めて雛姫は二階の自室へとひっこもうとするが……。


「……あ」


暖かそうな日差しがぽかぽかと差し込む窓辺が、目に入った。


(気持ちよさそう)


部屋のベッドで寝るよりも、程よく日当たりの良い窓辺での居眠りに、心惹かれてしまう。


「……よし」


つ、と雛姫は空中に指を滑らせた。

するする、空間に干渉するための呪を刻んでいく。

ぐにゃりと歪んで開いた空間の裂け目へと、ためらいなく腕を突っ込み……、ずるっと雛姫は愛用の枕を取り出した。


(一回二階に上がって、また戻ってくるの面倒だし)


掃除洗濯と、家事に家中を駈けずりまわることは苦にならない癖に、変なところで面倒くさがる雛姫である。


「ふんふふーん」


鼻歌交じりに、ぼふぼふ、と枕を叩いて形を整える。

日当たりの良い窓辺にぺたりと座り込み、雛姫は枕を抱えて丸くなった。


(……あー、気持ちいい)


絶好のお昼寝日和だ。

昨日庭ではきつすぎるように感じた日差しも、窓ガラスを一枚隔てただけで

心地よい温度に感じられる。

寝起き、とはいえ、しばらくぶりの満腹感と柔らかな日差しに誘われて、ふとふとと眠気が訪れる。


(……おやすみ、なさい)


ふよふよと波間を漂うような心地よさに目を閉じて――…、雛姫の意識はゆっくりとふやかされていった。




もうちょっと投稿したい……。

眠気との戦いです。

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