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崩れる


陽が温かく見守る中、雛姫は屈みこんで草を抜いていた。


(……いや、これ見守るっていうよりも攻撃に近い気がする)


熱を吸収しやすいダークカラーの執事服の背は、すでにじりじりと焼けるような熱を持っている。

そんな中で、雛姫は丁寧に根を残してしまわないように気を付けながら草を

抜いていく。


(今は適当に刈られるだけで放置されてるけど……。

雑草を抜いて、芝生を植えて、花壇を造ったりなんかしたら、絶対綺麗になるぞ、この庭)


薔薇の生垣を造るのも良いし、山茶花の生垣も良い。

四季折々の花を、築の書斎の窓から見える位置に配置したならば、仕事中の築の目を楽しませてくれることだろう。


(一年中いつでも、何かしらの花が咲いているのが見えるようにしたいな。

それなら直に植えて作るよりも、季節によって並び替えられる鉢植えの方が

いいかも)


頭の中でいろいろと植えてみたり、配置してみたりとシミュレートしながらも、雛姫の手は草を毟り続けている。


「あ、これ喰える」


そして、引き抜いた雑草をそんな呟きとともに限りなくナチュラルな動でさりげなく分類した。

分類基準はずばり、


食えるもの(無毒)

食えないもの(有毒)


である。


少々痺れる程度だったり、アクを抜いたり、塩に晒して食べれる程度のものは、無毒にカウントしておきたい。

もともと山間で暮らしていた雛姫には、そういった知識が豊富だ。

折紙付きのサバイバーなのである。


「あ、カタバミとタンポポ発見」


カタバミはお浸しにすると美味しいし、タンポポの根は炒るとコーヒーのような味のする茶を作ることが出来る。

なんだかんだエコライフ、節約生活には慣れっこな雛姫であり、あれやこれやと工夫して切り抜けるのはそれなりに楽しい。

どれくらいそうしていたのだろうか。

ふと、背後に影がよぎっていったような気がして、雛姫は後を振り仰いだ。


「――…、」


は、と短く息を吐いて瞬く。

真っ白な陽光が目の奥を刺して、くらりと眩暈がした。

視界を取り戻すべく、何度か瞬いたその向うで、影のような長躯が玄関に向かって歩いていくのが見えた。


(帰って、きたんだ)


そして、雛姫のことを素通りした。


(……くそう)


あの築有志郎に、そう簡単に褒めてもらえるはずがないなんてことはわかっていた。

労って貰えるなんて、夢見たわけじゃない。

それでも。


(ただいま、の一言ぐらい、言ってくれたっていいじゃないか)


この捻くれもののメイドクラッシャーが、と罵りたい気持ちを抑えつけつつ、雛姫は立ち上がって築の背を追おうとする。


(食事、どうするか聞かないと)


食べるなら温めるなり、作り直すなりしなければいけない。

築が書斎に引っ込んでしまう前に、と急いで立ち上がりかけて――……。


「ぁ、」


ぐんにゃり、と膝から力が抜けた。

ぐるぐる、と世界が回りだす。


(しまった……っ)


雛姫はどうやら、自身の体調を見誤ってしまっていたらしい。

ずっとしゃがみこんでいたせいで、気づくのが遅れたのだ。

旦那様、と呼びかけようとした声が喉奥に張り付いてしまったかのうようで、息をするのすら苦しい。

ぐらぐらと煮立ったように鈍痛を訴える頭。

腹のあたりまでが何やらぐるぐるとして、吐き出す中身などない癖に、吐き気がこみ上げる。


「……ッ!」


渦巻くように揺れる視界が気持ち悪くて、目を閉じる。

その間際、雛姫のことになどまったく気づかず、玄関んを潜る築の背を見て

しまい、何故だか泣きたくなってしまった。



(伸ばした手を、取ってほしいのに)



(気づいて、ほしいのに)



(……助けて、ほしいのに)



「……は」


短く吐き出した吐息と一緒に、張りつめていたものが全て漏れていってしまうような気がした。


(やば……、も、立ってらんない)


世界がぐるぐるとまわりだす。

かくん、と膝から力が抜けていくのを、もう堪えきれない。

半ば薄れかけた意識の中。


「雛姫!?」


なんて。

名前を呼ぶ声がしたようなのは――…、きっと気のせい、だろう。

それでも応じるように、うっすらと開いた双眸の先。

顔色を変えた築が今にも地に崩れようとしている雛姫に向かって、懸命に腕を伸ばしているように見えたのも。


(きっと、気のせい)


雛姫は、押しかけ執事でしかないのだから。

がくん、と体が揺れる衝撃に目の前にショッキングピンクの花が咲く。

それでも、地面に倒れたにしては随分と優しい。

まるで、力強い腕に抱きとめられたかのような、そんな心地だ。

ふわり、と鼻先を柔らかな紅茶の匂いが掠めていく。


(……幻臭?

ああ、そういえば……。

旦那様が吸う煙草も、紅茶の匂いがしたっけ)


それがあんまりにも良い匂いなもので、雛姫は家の中では禁煙してくれ、との苦言をいつも言い損ねてしまうのだ。


(本当は壁紙や家具を汚しちゃうから、室内は完全禁煙にしたいんだけどな)


五感から得る情報が、とりとめもなく錯綜して、頭の中で散り散りになっていく。


「雛姫! おい!」


呼ぶ声がする。


(誰……?)


雛姫を呼ぶのは、誰だろう。


(……かあ、さん?)


ぐるぐる、と落ちていく意識の中、雛姫は小さく微笑んだ。



「今度は、連れて逝って」

「おい……! チッ」


誰か、違う人が応えたような気がしたけれど。

そこで、雛姫の意識は闇に蕩けた。


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