悲しみを繰り返さないために
その使節団の主は、自ら馬の背にまたがってこの国へとやって来た。
随行も侍従女官や小者に至るまで全て騎馬。鉄剣、黒貂の毛皮など、献上品をはじめとした輿入れ道具だけが馬車に収められ、整然と後列に続いている。
隣国・瑞ヶ原からの一行だ。
陸続きの国境の町まで使節団を迎えに行った王太子は、予想外の光景に唖然とするより他なかった。
長く続いた戦乱の末、和平の証しとして嫁いでくる姫君が、まさか鞍上で馬を駆って一行を率いてくるとは……。
先頭の、ひときわ華やかな白馬が前へ進み出る。小気味よい手綱さばき。小さな頭に巻かれた布が翻った。
「わたくしが瑞ヶ原国の長姫、寿歌です」
白桃のような頬を豊かな黒髪が縁取り、流れる。
少女が軽やかに着地すると、随従が主に倣って一斉に下馬した。どの者の身のこなしも俊敏だ。
「王太子殿下じきじきのお出迎えに感謝申し上げます」
凛然とした声も、口上を紡いだ唇すらも未だ幼さが色濃く、幼いがゆえにどこか硬質のものを感じさせる。
けれど、王太子をまっすぐ見つめたその双眸は、紛れもなく王族のものだった。使命感と自覚、そして誇り。己が何を背負って立っているのかを、過不足なく知る者の眼差しだ。
「ようこそ我らが国へ。私が王太子のアキツです」
我を取り戻した王太子が声を上げると、姫は典雅に一礼した。顔を上げ、夫となる王太子を見上げるその瞳には、常緑樹のような強さがある。
「お初にお目にかかります、殿下。これから末永くよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、そなたには何かと苦労をかけてしまうかもしれませんが……」
間近に視線を交わす。お互い、ごく自然にふわりと笑みが浮かんだ。
「わたくしたちが良き夫婦となり、世継ぎをもうければ、この婚姻をもって二国の血が交わります。長き戦の原因となった血の違いは、ゆるゆると溶け合ってゆくことでしょう」
「ええ……そうですね。私の妹も、来年にはそなたの兄君の妃となることが決まりましたし」
「傷つけ合っていた手を取り、握るために、いま必要なのはそうしたきっかけなのです」
姫の視線が流れ、つい今しがた駆けてきた方角──祖国のほうへと向けられる。まるで生まれ育った都がすぐそこにあるかのように。
「いつか……異なる血を持つ相手が傍らに座していても誰も咎めない、そんな日が訪れるでしょうか……」
先程までの明朗な口調とは打って変わった、吐息に紛れてしまいそうな声。
傍らにあった華奢な手を、王太子は両の掌でそっと包み込んだ。
「そういう世の中にしていきましょう。私たちが、これから共に」
──和平の象徴にして礎石となる華燭の典は、これより二月ほど後のことである。