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その数日後。
宮城が何を思ったか、山崎が答えを出してきた。その日、山崎は緑に一部始終を話してくれた。緑はそれを聞きながら、何だか複雑な思いになっていた。
山崎は緑と話したあの日の後、宮木と面会してきたらしい。そこで緑としたような話をした。しかし宮城は断固として自分の犯行だと言ってきかなかった。
「状況証拠も動機もある。どうして私を犯人にしてくれないんですか」
宮城が山崎に向かって言う。場所は面会室である。
「だからそれは今も言いました」
「私が犯人でないという証拠があるのですか」
山崎は黙る。そんな山崎を宮城がじっと見ていた。
証拠はなかった。しいて言えば、犯行の内容が具体的ではないということか。それはしかし、気が動転していてそんな細かいことまで覚えていないという宮城の発言で説明されてしまった。
「あの日、あなたは木村を殺そうとして家を出たんですか?」
「ええ、そうです」
「家にあった包丁を持って?」
「いえ、その数日前に買ったものです」
「そうらしいですね。ではそれをどこに隠して現場まで向かったんですか?」
すると宮城は少し考えて、
「上着のポケットです」
と言った。しかしその声は不安そうである。少し聞いただけでは自信のある声に聞こえなくもないのだが、山崎はその声に不安感をお感じ取ったのだった。
嘘をつくのが嫌いな人間なのだろう。そんな感じだった。
「世の中には言葉では言い表せないことがたくさんあると言ったそうですね」
宮城は一瞬考えて、答える。
「彼女のことですか」
緑のことである。
「そうです」
「彼女はまだ若い。私には考えていることが手に取るように分かるよ」
「確かに言葉で言い表せないことはたくさんあります。しかしその時あなたの言ったことは、犯行後の行動の理由というよりは、どうして自分があの場所にいたかでしょう」
「……何が言いたいのですか」
「千草さんの兄、泰明さんは木村和也をどうして殺したか」
「またそれですか。違うと言ってるでしょう」
「あなた嘘をついてます。見れば分かる。で、あなたはどう思います? どうして泰明さんは木村を殺したか」
宮城はとてもつらそうに顔を伏せた。
長い沈黙だった。やがて宮城は口を開く。その声には、深い思いが込められているようだった。
「……憎かったのでしょう」
その瞬間、宮城の目からは涙がこぼれていた。宮城は顔をあげて山崎を見た。
「憎かったんですよ。千草を殺されて」
「あなたならどうしました?」
「私? 私も同じことをしますよ」
「そうでしょうか。ぼくにはそうは思えない。なぜならあなたは知っているからです。何年もかけて罪を償うことの方がよほどつらいということをね」
宮城は山崎を見る。そして微笑んだ。
「そのとおりですよ」
その瞬間、山崎は真相が明らかになることを確信した。
「人を殺すなんてことは人間の行為として間違っている」
「あなたは嘘をつくのが嫌いですよね?」
山崎のその言葉に宮城ははっきりと「ええ」と言う。
「とても嫌いです」
「あなたは知っています。泰明さんがあなたに罪をかばってほしくないと心から思っていたことを。だからそれさえもあなたを傷つけた」
山崎は宮城をじっと見ているが、宮城は何も言わない。
「あなたは宮城さんから打ち明けられた。自分は木村を殺すと。当然あなたは止めたでしょう。しかし彼は引かなかった。そこであなたは自分が犯人になろうと思った。人を殺すことはできないが、犯人になることはできるはずだ。そして一連の行動に出たわけですね」
宮城はまだ黙っていた。
「少し不思議な行動のようにも思えます。しかしこれは考えればおかしなところは何もないのですね」
「いいんです。もう」
「泰明さんは亡くなった」
「ええ」
「どんな気持ちで亡くなったのでしょうね」
山崎のその言葉に宮城はまた涙をこぼす。
「分かりません。そして、私のやったことが彼にどう影響したかも分からない……」
宮城はもう本当のことを言っていた。
やはり犯人は伊藤泰明で、宮城は彼のことをかばっていた。それが真実なのである。
「泰明さんは三年間も大病を患っていたんです。病院で長い間過ごしていた。あの人は自分の命が長くないことを知っていました。私は千草から聞いたのです」
「ええ」
「三年間の入院生活が大きく影響しているのだと思います。同じ場所で限られた生活。犯行を私に打ち明けたとき、あの人は犯罪はこわくないとはっきり言いました。もっと怖いものがすぐ近くにあると。あの時、病状が悪化していたのです。しかし病院には行ってなくて……」
「あなたは彼を犯罪者として死なせたくなかったのですね。そして自分が彼をかばっていることも悟られたくなかった。だから姿を消した」
「そうです」
そして宮城は山崎の目を見てはっきりと言う。
「大事な人が二人も死んでいくのに、私だけ無事なのはおかしい」
その顔はつらそうで、しかし表情から宮城が自分のやったことは間違いではないと思っていることを物語っていた。
「そう思ったんです」
山崎と宮城の会話はすべて言葉にできるものだ。しかし今山崎たちが感じている気持ち、これは言葉にはできないだろう。山崎はそう思った。
16
事件は解決した。言葉にできる事実はすべて判明した。思えばそれは一番最初の考えと何一つ違っていなかった。しかし、それは別物のように思える。そう思わせるのは、言葉で説明できないものの存在だろう。
緑はいろいろ学んだ気がしていた。自分は何一つ変わっていないかもしれない。他人と接するのが苦手なのはまだ同じである。しかし緑はこの夏、たくさんの人と出会った。こんなにもたくさんの出会いを持って居続ける自信はなかったが、それは自然でいることなのだろう。何もしなくていいのだ。緑の気持ちはいっぱいになっていたが、あえて考え続けるのは今のところはやめておこうかと思う。
ひとつ考えているのは、山崎という男のことだ。あの人は何か不思議な感じがした。とても、不思議だった。今の緑にとって一番分からないのは山崎だった。だから興味がある。今後山崎と会うことはあるのだろうか。
緑は手帳を開く。次の土曜日のところに印がしてあった。その日は司と山崎である人のご飯を食べることになっていた。
「何作ろかなぁ……」
京平の抜けた声がする。
「土曜日?」
「うん」
「楽しみだなぁ」
緑は周りを見回す。そこはずっと変わらないみどりのいえ。たくさんのみどりに囲まれた場所。空気はとてもおいしい。
「緑さんもすっかりここの一員ですね」
尾道がそう言った。緑は気持ちよく微笑んだ。




