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13~14

          13


 宮城は、いなかった。

 緑が最後にみどりのいえに行った次の日、姿を消したらしい。もっと遠いところへ行くと言っていたらしい。そのことを聞いたのはあのあと、山崎と話したすぐあとに山崎とともにみどりのいえに訪れたときだった。

 緑がそのドアを開けたとき、中には京平と尾道がいた。緑を見た瞬間、京平は絵にかいたような笑みを見せ、尾道さえも微笑んだ。二人は緑を優しく迎えた。そんな二人は、間違いなく他人であったが、愛すべき他人である。緑はそう思った。見たことのない人などではなかった。

「こちら、山崎さん」喫茶店の中に入り、二人に言った。

「警察の人なんです」

「山崎です」

 山崎は頭を下げる。

「宮城さん、います?」緑は尾道を見て言った。

 すると尾道は悲しそうに首を横に振った。

「出て行きましたよ」

「え? いつですか?」

 山崎がそう問うた。


山崎は京平と尾道に詳しい事情を聞いていた。宮城に会ってからこれまでのことも事細かに聞いていた。

「すみません。もう一度ここに警察のものが来ると思います。同じ話を聞かれるかもしれませんが、また今のように正確に答えてください。もちろんぼくからも伝えておきますのでそういうことはそんなにはないと思いますが……」

「山崎さんは事件の担当者やないんですか?」

京平が聞く。その声も久しぶりで緑はとても嬉しかった。

「ぼくはここらの人間ですから」そして緑を見る。「ぼくの友人が緑ちゃんと仲が良くて、それで」

 司は今頃家で寝ているのだろう。一緒に行くと言った司に山崎が寝るように言ったのだ。よほど疲れがたまっていたのだろう、司はそれを断らずおとなしく従ったのだった。

 カウンターに京平と緑、その近くのテーブル席に山崎は座っている。

「ところであなた……」山崎は京平に向かって言う。「鈴村京平さんですか?」

 その言葉に京平はぽかんとしている。

「何で知ってはるんですか? ああ、緑ちゃんが言うたんですか」

「いえ、ぼく料理が趣味でして……本、買ったんですよ」

「そっ、そうなんですか!」

 京平は急に背筋をぴんと伸ばして言った。またまた京平は照れくさそうにしていた。

「それはそれは……ありがとうございます」そう言って頭を下げる。

「あの本、すごく面白いですよ。ぼく、買ってから毎日開いてます」

 その言葉に京平はとても嬉しそうな顔をする。

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 本当にその顔は感謝の意を示していた。

「それじゃあ、ぼくはこれで」

 そして山崎は立ち上がり、みどりのいえを後にしようとする。

「この足で赤羽に行ってきます。ご協力、ありがとうございました。このような場合、なぜ早く通報しなかったのかと言われるところなんでしょうが、話を聞いていると何だか分かる気がしました。他の刑事に聞かれても落ち着いてお話ししてください」

 山崎は頭を下げ、喫茶店から出ていった。京平も尾道も本物の刑事と話したという気分が妙だったのだろう、ほんのしばらく黙ったままだった。

「今の人、刑事には見えませんよね」緑は言った。

 それには少し遅れて京平が答える。

「ああ、見えへん。人の良さそうな人やった」

 京平はまだ照れた顔をしたままだった。それを見て微笑ましく思ったが、山崎がいなくなったことで緑は以前のここの空気を取り戻していた。

「ごめんなさい。宮城さんのこと話してしまって……」

 緑の声はどんな風に届いたか分からない。本当はこの二人がどう思ったかと不安で仕方がなかった。しかし京平はいつもの調子で言った。

「何言うとんの。ぼくらに出来やんことをやってくれただけやん。本当はな、宮城さんが出ってたときにでも警察に言うべきやった。結局俺は自分がどうしたかったのかよく分からんのや」

「うん……」

「緑ちゃんを助ける言葉があのとき出んかったことがなさけない」

 尾道は何も言わずコップを片づけている。しかし不意に口を開いた。

「そう言うことじゃないんでしょう」

「え?」京平は何を言ってるのか分からないという顔で尾道を見る。

「私ははじめから宮城さんのことに関して何かするつもりはなかった。私は人と分け隔てなく接しているつもりです。誰かをかばっていて犯人じゃないからとかそういうことではなくね。だからあの時、緑さんに助け舟を出すというのは私の考えには少しもなかった」

「尾道さん……」京平は不安を思わせる表情で尾道を見ていた。

「人はみな他人と生きていく。そこに躓いた人間をただ甘やかすというのは違うんです」

「違うというのは?」緑が聞いた。

「私の生き方ではない」

 尾道ははっきりと言った。

 尾道の言っていることはすごく分かりやすかった。緑は尾道に、今まで他人に抱いてきた印象と違うものを受ける。

「すごい。いろんな人がいるんですね」緑は言った。

「そうです」尾道は答える。「付き合い方は人それぞれです。そしてコミュニケーションは、する方もされる方もそれぞれなのです」

 緑は急に不安を覚える。でもこの不安は、いい不安だった。そうなのだ。いつも不安を覚えることは自然なこと。みんな、接し方を統一しようというのが間違っていたのが。いや、間違っていたわけではない。緑は緑の正解を持っていただけなのだ。

 私の生き方。そんな言葉を言ってのける尾道は、緑にとって最高に格好よかった。

「ここはいいところですね」

 緑は尾道と、そして喫茶店の中を見て言った。

「ありがとう。いつでも来てください」

 そう言って尾道は優しく微笑むのだった。


          14


 とかなんとかしてるうちに新学期が始まる。緑はあれからまたみどりのいえに通っていた。宮城はまだ行方不明のままだった。あれから何をしているのだろう。もし犯人なのだとしたら、自首はしないのだろうか。

 しかしある日の朝、緑は驚くニュースを耳にしたのである。それは山崎から聞いた話であるが、宮城がなんと警察に自らやってきたというのだ。そしてもちろん、「自分がやった」と言っているらしい。しかし緑は、宮城が犯人でないことをもはや信じて疑ってはいなかった。警察も馬鹿じゃない。いずれ分かるはずなのだ。それを自分が証明してやりたい、そうは強く思わないでも、事態の成り行きには目を離していられない緑だった。

 そして緑は山崎に連絡することにした。ひょっとしたらもう何か分かっているかもしれない。

「もしもし、青木緑です」

 以前教えてもらっていた携帯の番号にかけて言った。平日なので電話に出られないかとも思ったが、都合のよいことに山崎は出た。

「ああ、こんばんは」

 時刻はもう七時だった。緑は家から電話している。

「あの……、あの事件のこと、何か分かったんですか?」

 緑は単刀直入に聞く。

「え? ああ、あれね。あ~、いや……えっと、会って話そうか」

「今からですか?」

「それでもいいし、明日以降でもいいよ」

「明日は何時に都合がいいですか?」

 緑は迷って答える。

「六時には大丈夫だと思う」

 山崎はちょっと間を開けて言った。

「じゃあ、明日でお願いします」

 そう言って電話を切る。緑の家の近くのファミレスで会うことになった。会って話をすると言いだしたことで、山崎が何か新しいことを知っていると思われる。それは一体どんなことなのだろうか。気になったが、今はどうしようもなかった。


「こんばんは」遅れてやってきた山崎は緑の姿を見つけるとこちらに足を向けて言った。相変わらずなんの特徴もない顔だった。

「こんばんは」緑は答える。緑の前にはさっき頼んだコーヒーが置かれていたが、あの喫茶店で飲むコーヒーに比べるとその味はひどいものだった。

 山崎もコーヒーを注文して、そして緑の方を向いて口を開く。

「早速なんだけど、えっと、宮城が自首してきたことは知ってる?」

「はい」

「彼は自分がやったと言って事件の話を詳しく警察に話しているらしい。それは宮城が君に話したような内容だった。でもこの間も言っていたような疑問点がある。もちろん警察もその話を宮城にしたんだ。誰かをかばっているんじゃないかと警察は宮城に問いただした。しかしそのことになると宮城は口をつぐみ、自分がやったの一点張り。どうしてそれが分からないのかとばかりらしい」

 山崎がそこまで言ったところで先ほど注文したコーヒーがやってくる。山崎はそれを一口飲んで、話を続ける。

「警察は伊藤千草の関係者で宮城とつながっている人物を探した。その際、考えられたのは捜査の最初の段階で一番に名前が挙がったのが伊藤の兄、伊藤泰明だった。泰明は妹を殺害した犯人に対してものすごく憤っていたらしい、だから犯人としては一番に考えられたんだ。でも、泰明にはアリバイがあった。事件のあった時刻、自分の部屋にいたことが分かっている。十一時ごろに帰宅したところを隣の住人に見られているし、そのあと十二時ころにも部屋のカーテンに移る泰明の姿を見ている人がいた」

「シルエットですか? そんなのなんとでもなるんじゃ……」

 緑は言った。他の人にもできることじゃないかと思ったのだ。

「そうだね。しかし、泰明が家を出るところは見られていないし、他の人物が入って行くところも見られていない。加えて千草の友人が失踪したということで、泰明に関しては一旦事件に関与していないということになったんだ」

「そうなんですか……」

「で、その泰明なんだけど……」

「はい」

「一週間前に亡くなった」

「え?」

 驚いえ山崎を見る。

「重い病気だったらしい。もともとここ三年くらい入院していたんだ。今年になって退院したのだがまた再発して病院に運ばれ、亡くなったそうだ」

「亡くなった……」緑は繰り返す。

 山崎は静止した。何かを考えているのだ。緑は山崎が何を考えているのかについて答えを出す。

「宮城さんはそのお兄さんをかばったんですね? 山崎さんはそう考えた」

 静止している山崎はゆっくりと緑を見る。

「うん」

 窓の外はだんだん暗くなりかけていた。緑の心も同様、何か重いものを乗せられているような気分になった。

「宮城さんはお兄さんをかばって自首した……。え、でもそれじゃあ何で最初逃亡したんでしょう」

 緑が見た宮城である。彼は自分を匿ってほしいと確かに言ったのだ。

「うん……気になるのは、二人は共犯者なのかそうではないのか」

「でも共犯者でなかったらそんな詳しく事件のことを知っているのはおかしいじゃないですか」

「宮城は隠れて泰明の犯行を見ていたのかもしれない。それはもう、前から知っていて……」

「じゃあ何で止めなかったんでしょう。逆に、何で自分で犯行に及ばなかったんでしょう。あとで自首するなら、何で……」

 山崎は緑を見る。

「ぼくらが話して分かるのは何が起こったかということだけだ。人の考えまでは分からない」

 そう言って山崎は胸元に手を突っ込んだが、すぐに引っ込めた。


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