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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第一部 悪役令嬢断罪計画
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9 侍女レオナの使命(3)

 その後、城からクリサンセマム家の屋敷へと戻る人間が一人増えた。

 外出用のワンピースの上にジャケットを羽織ったレオナの手荷物は、トランクケースひとつだけ。

 馬車のキャビン内は行きの時より少しばかり賑やかな雰囲気に包まれる。

 それもこれもレオナの朗らかな人柄と話術が、場を明るくしていたことも事実なのだが、それともうひとつ。


 アリエッタの両親の脳内では「自分の娘が次期王妃となるかもしれない」という情報が駆け巡ることにより、二人の中にあった登城前の不安を払拭させるばかりでなく、単純に上機嫌になっていたことも助けになっていた。


 当のアリエッタはあれよあれよと言う間に用事が済み、何がなんだかわからぬまま帰路についているので、どう感情を表現したらいいのかわからないといった風である。

 そんなアリエッタの精神状態に気を配ることもレオナの仕事だ。


「慣れない場所に来て、お疲れになりましたか?」

「……」

「調理場を使用する許可をくださるなら、疲労によく効くお茶やお菓子をご用意できますが、よろしいでしょうか」


 アリエッタ一人に話を振るより、アリエッタが心を許している家族も話題に加えた方がいいと考えたレオナが、提案という形で自然と両親も会話に加えさせる。


「あら、あなたお菓子を作れるの?」

「クリサンセマム家にいらっしゃる菓子職人の足元には及びませんが、多少なら……。王室よりレシピを拝借してきているので、それなりのものを出せる自信はあります」

「王室御用達の菓子レシピ? そんなもの持ち出していいのか?」


 大袈裟な物言いになってしまったが、単に王太子ランドルフが好んで食べるお菓子のレシピのことを言っただけだ。王太子の好物なら、王室御用達といっても語弊はないだろうと、レオナはあえて王室という単語を出した。

 思うように食いつく両親に、レオナは焼き菓子専門店でも普通に出しているレシピでお菓子を作る約束を取り付ける。


「アリエッタお嬢様の好きなお菓子は、何かありますか? 好きなお菓子を食べる方が疲れが吹き飛ぶというものです」

「……」


 顔をずっと伏せたまま言葉を紡ごうとしないアリエッタに、レオナはそれでも根気よく笑顔で返事を待つ。


(談話室では多少言葉を交わしてくれたのに……、いきなり見ず知らずの私が自分の世話係になると聞いて警戒しているのかしら。それとも枢機卿の余計な念押しのせいで心を閉ざしてしまった?)


 人好きする笑顔の裏で、レオナの思考は常にアリエッタの機嫌を取るための計算をする。他より何よりアリエッタ自身に心を開いてもらわなければ、今後の任務に支障が出てしまう。

 レオナはなんとしても目の前にいるこの少女に信頼されなければならなかった。


 待てども一向に返事をしないアリエッタに、母親が「ほほほ」と乾いた笑いを漏らして代わりに答える。


「ごめんなさいね。この子、内気で引っ込み思案な性格のせいか……。少し人見知りをするところもあって」

「他人を警戒する能力はとても重要なことですわ」


 国を支える者の心得だとでもいうように、さりげなく次期王妃の話題をチラ出しする。

 その度に両親は面白いくらいに表情を柔らかくさせるので、彼らの扱いにはさほど困ることはなさそうだとレオナは確信した。


 自分の娘がこの国の王妃の座を得るかもしれないと浮かれる両親。

 突然脅しにも似た物言いで凄まれ、すっかり言葉を失ってしまったアリエッタ。

 王家からの密命により、少女を悪役令嬢として仕立て上げなければならないレオナ。


 それぞれの思惑を乗せ、馬車はクリサンセマム家の屋敷へと到着する。

 登城する際に見た不穏な空はいつの間にか穏やかさを取り戻し、雲間からはわずかな陽光が射し込んでいた。

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