8 侍女レオナの使命(2)
ここからがレオナによる詭弁。
両親を無理やりにでも納得させ、彼らの懐に入り込むための芝居を打った。
「アリエッタお嬢様の演技はプロ顔負けの迫力でした! たった四歳でこの演技力は脱帽です。あの演劇コンクール、実は王族の方々も観劇されていたんですよ」
「えぇ!? そうだったのか!?」
「あの場に王家の方々が!? それじゃあアリエッタの演技もご覧に」
「もちろんです。アリエッタお嬢様が演じた悪い魔女、抑揚あるセリフ回しに所作や仕草がまるで本物の魔女のようで圧倒されたと、国王陛下はおっしゃられていました!」
演劇コンクールがきっかけでアリエッタの存在を王家が知った。
その演技力を褒め称えるために、演劇の天才少女に直接会いたいとわざわざ秘密裏に親書を送ったと、レオナは説明する。
国の王たる人間が個人的な理由で、一個人の演技を褒めることは公にするべきことではない、ということも付け加え。
「な、なるほど……! アリエッタの演技を国王陛下が気に入ってくださったと?」
「なんて名誉なことなの! やっぱりベリルージュ嬢よりアリエッタの方が、相応しい演技をしていたってことよね!」
自分の娘を褒められ上機嫌になった両親は、それ以上の疑問を口にすることはなかった。
レオナはというと、それでも食い下がってきた時のためにいくつか返答を用意していたのだが。
どうやらその必要はなさそうだと判断し、にこやかな笑顔で親ばかな二人を前に「落ちた」と確信する。
「国王陛下はアリエッタお嬢様をいたく気に入っておいでです。今後もアリエッタお嬢様との縁がつながるよう、先のことを見据えて私をお嬢様の教育係として派遣することをお望みになりました」
少々強引ではあるが、ほとんど縁もゆかりもない中流貴族の家に王家から直接メイドを派遣することは過去に例を見ない。
さすがにこの言い訳だと父親の方はころっと騙されてはくれなかった。
「演劇コンクールでの演技をきっかけに褒めていただけたことは光栄だが、でもそれでなぜ国王陛下が直々にアリエッタに対して世話係を任命するんだ? 君は演劇関連の指導者か何かだとでも?」
「いいえ、残念ながら私は演技に関しては何の才能もございません」
返って来る疑問の内容は想定通りだった。
レオナはここで最強の一撃を食らわせる。
これで落ちない貴族はいない。
「私がアリエッタお嬢様の世話係、つまり教育係となり完璧な貴族令嬢として育て上げた暁には……。その結果次第では、ぜひ国王陛下のご子息……王太子殿下の婚約者として迎えたいと。国王陛下はそうおっしゃられていました」
「お……、王太子殿下の……婚約者に!? うちのアリエッタが!?」
「そ、それってつまり未来の王妃の座をアリエッタが得るってことよね?」
「さぁ、それは私がお嬢様付きの侍女としてクリサンセマムご夫妻に認めていただけてからのお話になりますので、私からはなんとも……」
両親はレオナを、アリエッタを交互に見ながら興奮状態となっている様子だ。
友人知人、ましてや親戚一同、国家と密接なつながりを持っている者は誰一人としていない。ここで王家との繋がりを確保することができたなら、中流階級から上流階級にまで身分が上がることも夢ではなかった。それどころか――。
「王妃、アリエッタが……。俺が王妃の父親に……?」
「そうなったら社交界でも羨ましがられるわ! だって王妃の母親なのよ? 王太子殿下が私の義理の息子に……! いえ、国王陛下がアリエッタの義両親? うそやだちょっと、出世どころの騒ぎじゃないんじゃなくて?」
目の色が変わった両親に少しばかり恐怖を覚えたアリエッタが、レオナのスカートの裾にしがみつく。レオナは再びアリエッタと同じ高さの目線にまで腰を下ろすと、宥めるように優しく声をかけた。
「大丈夫ですよ、アリエッタお嬢様。お父様やお母様は、アリエッタお嬢様がお二人に幸せを運んでくれたと思って、喜んでいらっしゃるだけですわ」
「わたち、なにもちてないのに?」
「いいえ、お嬢様はものすごいことをなさったのです。まるで別人が乗り移ったとしか思えないほどの、その素晴らしい演技力を……」
互いの顔が見えなくなるような形で抱きしめると、レオナの目が据わる。
優しく抱擁しながらもその腹の内では、様々な感情と思考がレオナの中で渦巻いていた。
思えばあの演劇コンクールが決定打となった。
プラチナ学園主催で行われた演劇コンクール、主に幼等部で発表された劇はいわばオーディションのようなもの。
未来の悪役令嬢を選出するため、秘密裏に行なわれたテストだった。
悪役令嬢となるためにはいくつかの能力が問われる。
ひとつは、周囲に嫌われ蔑まされても高笑いできるほどの強靭な精神力。
そしてもうひとつは、周囲に疑いの目を向けさせないための圧倒的な演技力。
全てを敵に回すことの恐ろしさ、それを自らの手でわざと築き上げなければいけないという苦痛は、普通の精神力では到底やっていけない。まず心が壊れてしまう。
だがそれを決して表に出さず、完璧に周囲の人間を騙しきる才能が必須となるのだ。
◇◇◇
心のケアは私が担当するけれど、私の目の届かないところでボロを出させるわけにはいかない。
だからこそ圧倒的な演技力を持ったアリエッタお嬢様なら、周囲を騙せるだけの能力をすでに備えていると言っても過言ではない。
国王陛下、そして枢機卿はそんなアリエッタお嬢様に目を付け選出した。
アリエッタお嬢様の演技力があれば、高慢なお嬢様としての役も簡単にこなせると判断して。
そうして長い年月をかけて周囲を、世間を騙し、欺き、敵意を全て自分に集中させ……断罪されてもおかしくない完全なる悪女を作り上げる。
これが「悪役令嬢断罪計画」の第一段階……。
アリエッタお嬢様は不幸にも、その条件をクリアしてしまった。
その才能がこの小さな女の子の運命を、確定してしまった……。
ごめんなさい、アリエッタお嬢様……。