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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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41 悪徳の魔女ミーガン

 ベリルージュ・セクトクラムは、独占欲が強く負けず嫌いな性格であった。

 生まれた家柄も関係しているのだろう。

 長年子宝に恵まれなかった公爵家、やっと授かった大切な一人娘ベリルージュは、甘いと表現するには足りないほど、両親から深く溺愛されていた。


 彼女が欲しいと言ったものはすぐにでも買い与え、彼女がいらないと口にしたものは容赦なく処分する。

 それは物に限らず、生きたものに対してもそういった扱いを当然としてきた。


 セクトクラム公爵はアンデシュダリア国王の従兄弟にあたる。

 同時に聖ネフィル教会へ多額の寄付をしていたので、どちら側の権力も持ち合わせていたが故に、多少のことは黙認されていた。

 そういった背景からセクトクラム家ではベリルージュを中心に、金や権力を自由気ままに行使してきたのである。


 そうやって過保護に甘やかされてきたベリルージュは、お姫様の如く振る舞った。

 プラチナ学園幼等部でも、そのわがままさは相変わらずであったが、一人の少女と出会ったことでベリルージュの中に大きな変化がもたらされることとなる。


 しがない貴族令嬢である、アリエッタ・クリサンセマムだ。

 亜麻色の髪に、愛らしい顔立ち。

 内気で遠慮がちな少女の存在は、ベリルージュとは見事に正反対であった。


 当然ベリルージュは、アリエッタのことも例外なく自分の支配下に置くよう動いた。

 おどおどとしたアリエッタはぎこちなく微笑みながら、嫌がる素振りを見せることなく従った。


 従っているのだと、ベリルージュはそう思っていた。


 ある時、ベリルージュは横暴な振る舞いをアリエッタに注意された。

 幼等部では刺繍のハンカチが流行していたのだが、ある少女が持っていたハンカチの柄をベリルージュは一目惚れしてしまう。

 最初に口にしたのは「それちょうだい」だった。

 当然、その少女は拒否する。

 少女が持っていたハンカチの刺繍は、実は裁縫が得意な母親が娘のためにと一生懸命縫ってくれたものらしい。

 だがベリルージュに、そのような背景は関係ない。

 自分が欲しいと言ったら、欲しいのだ。


 当然、それは担任の目に留まることとなるが、驚くことに問題行動を起こしている張本人がベリルージュだと知るや、担任は泣いている少女に向かって申し訳なさそうに「ハンカチを交換するというのはどうかしら」と口にした。


 幼くして権力に屈するしかないと、泣きじゃくる少女が諦めて大切なハンカチをベリルージュに渡そうとしたその時。

 その手を止めさせ、アリエッタはまっすぐな瞳で注意したのだ。


「ベルルーズちゃん、おともだちがいやがることしちゃだめだよ」


 もちろんその手をはねのけてでも、ベリルージュは自分が欲しいものを手に入れようとした。しかしベリルージュはそうしなった。

 自分の行動が誰かを傷付ける行為だと教えられたのは、これが初めてだったからだ。


 衝撃で、言葉を失った。

 いつもなら反論してでも自分のわがままを通していたところだ。

 なのに、ベリルージュはそれをしなかった。できなかった。


 アリエッタのキラキラとした瞳が悲しそうにベリルージュを見つめる。

 その瞳に映った自分の姿が、まるで醜い悪魔のように見えた。


 ハンカチを取り戻してくれたアリエッタに、泣きながらお礼を言う少女。

 そんなアリエッタの行動に困った様子を見せつつも、とりあえず配慮しなければならない公爵令嬢にまず言葉をかける担任。


 気付けばベリルージュと少女のやり取りを遠巻きにして見守っていた他の子供たちは、アリエッタが正義の味方とでも言うように歓声と共に拍手を送っていた。


 これではまるで自分が悪者のようで、気分が悪かった。

 だが心のどこかで、ベリルージュは確かに温かなものを感じていた。


 心がほっこりするような、でも自分が惨めで泣きたくなるような、そんな複雑な感情がベリルージュの中でせめぎ合っている。

 アリエッタのことを憎く思いながら、なぜか目が離せずにいた。


 その後もアリエッタはベリルージュに謝りつつも、ベリルージュの行動は良くないことだと改めて言われてしまう。

 むかつきながらも、ベリルージュはなぜだかアリエッタから離れようとは思わなかった。


 どうしてこの娘に負けたような気持ちになるんだろう。


 確かに他の子供たちに比べてアリエッタは優秀だった。

 それもベリルージュにとっては鼻に付く。

 なのに、一緒にいたいと思った。


 キラキラと輝くような存在に、自分もなりたかったのだ。


 やがて毎年行われる演劇コンクールで、配役が発表されることとなった。

 ベリルージュは自分が大好きな絵本のヒロインを演じられると、本気で信じていたので練習を怠らなかった。

 親に頼んで演劇スクールに通わせてもらい、そこで本格的な演技指導を受けてまで、ベリルージュはどうしても「森の乙女エリュシーヌ」を演じたかったのだ。


 しかしエリュシーヌの役を勝ち取ったのは、アリエッタだった。

 逆にヴィランとなる悪徳の魔女ミーガンを演じることになったのは、ベリルージュに決定してしまったのである。

 憤慨し、号泣し、抗議した。

 しかしエリュシーヌ役は最も出番が多い上に、美しくて繊細で大人しいイメージを損なわない役柄が合うと判断されての結果だと言われてしまう。


 ベリルージュはお世辞にも美しい容姿とは言えなかった。

 加えて緊張するとセリフを噛んでしまう悪癖があり、こればかりは誰よりも練習を積み重ねてもどうしようもないことだった。


 対してアリエッタは容姿に恵まれ、発音に不安が残るものの、それが「役のセリフ」となった瞬間に舌足らずだった言葉使いが矯正されたので、不安要素は見当たらなかったのだ。

 他の子供たちも「エリュシーヌの役はアリエッタがぴったりだ」と、もてはやす。


 悔しくて堪らなかったベリルージュは、この件を両親に打ち明けた。

 演劇コンクールでヴィランを演じるのは自分なのだと、そう泣きながら話した時――父親の目の色が変わったのだ。


 今までも自分の思い通りにならなかったことを両親に話した時には、娘が悲しまないようにすぐさま動いてくれた。

 遅くても翌日には、ベリルージュの望むものが用意されていたのだ。

 そして今回もきっとそうなるだろうという願いを込めて打ち明けたつもりであったが、父親の表情が今までと明らかに違っていたことにベリルージュは気付く。


 そして翌日には、やはりベリルージュの思う通りにエリュシーヌを自分が演じられるように配役が交代されていたのだ。

 これには誰もが納得していない様子で、さすがに今回ばかりは非難の嵐だった。

 予想だにしなかった反対に、ベリルージュは恐ろしくなってしまう。


 どうして自分がエリュシーヌを演じたらダメなの!?


 いつものように大声で反論しようにも、周囲から巻き起こる不満の渦がそれを押しとどめた。

 そしてそんな状況を救ったのは、やはりアリエッタだった。

 よりにもよって、アリエッタ・クリサンセマムであったのだ。


 アリエッタはみんなを説得し、喜んで役を交代することを話して聞かせる。


「ほんとはね、あたち……まじょをやりたかったの!」


 そんなわけないだろうと、ベリルージュは心の中で毒づいた。

 誰が憎まれ役を演じたいと思うのか。

 しかも最後には処刑されてしまうような悪い魔女を……。


 何より悪徳の魔女ミーガン役は、登場人物の中で最もセリフが多く、しかも長文だ。

 王子の前では愛らしい演技をし、本性は悪魔のような禍々しさで演じなければならない。

 登場人物の中で、実は悪徳の魔女ミーガンの役が最も難しいのだ。

 できることなら誰だってやりたくない役柄だ。

 それをアリエッタは、自分が演じたかったと。そう言うのだ。


 アリエッタの言葉だけでなく、教会側からの命令でもあった配役変更に担任は従う他ない。担任もまた、子供たちを納得させるために奔走していた。


「ぜったいウソよ! アリエッタだってエリュシーヌをやりたかったにきまってるじゃない! なんでそんなにいい子でいようとするのよ! そういうところがわたし、イヤなの!」


 せっかく自分がエリュシーヌ役を勝ち取ったと言うのに、ベリルージュはまるで自分自身が納得していないかのように、アリエッタに向かって叫んだ。

 困ったような顔をしながらも心優しい少女はベリルージュの手を取って、囁くような小さな声で本音を漏らした。


「あのね、ミーガンをやりたかったのは……ほんとなの」

「いちばんむずかしいのに!?」

「いちばんむずかしいからだよ」

「……え?」


 アリエッタはこっそりと、本当のことを言った。

 悪徳の魔女ミーガンは確かに嫌われ者で、どうしようもない悪女だ。

 役としても最も難しいとされ、難解なセリフ回しもある。

 しかしアリエッタは、そんなミーガンを本気で演じてみたいと言った。


「あたち、いつもびくびくちてるでちょ? しゃべりかたもヘンだち……。でもね、ミーガンをえんじてるときだけつよくなれるようなきがちゅるの。あたちがなりたかったおんなのこに、なれるようなきがちて……きもちいいんだ」


 いつも自分に自信がなく、人見知りも激しいアリエッタ。

 そんな彼女の欠点を補うような存在が、悪徳の魔女ミーガンだと言う。


 ミーガンは自分にないものを持っている。

 できないことをやってのける。

 口が達者で、堂々としていて、欲しいものは必ず手に入れようとする欲深さ。

 そして何より自分に正直であった。

 包み隠すことなく王子に愛を告げ、憎い恋敵エリュシーヌに宣戦布告する。

 最期には自分の行ないは自分に正直であっただけだと、反省も後悔もしない潔さにアリエッタは感銘を受けたのだという。


 到底理解できないベリルージュであったが、アリエッタが了承すると言うのなら遠慮することはない。

 役を奪ったなどと思わなくて良くなった。

 そう解釈することにしたのだ。


 演劇コンクールは拍手喝采の嵐、大好評となった。

 極限までセリフの量を減らしてもらったベリルージュであったが、それでもやはり緊張のあまりセリフを噛んでしまっては会場から笑い声が聞こえきた。

 恥をかいたと感じるベリルージュをよそに、場面が切り替わってアリエッタが悪徳の魔女ミーガンを演じている時には、会場内の空気が一変するほどだった。


 固唾を飲んで見守るように、全員がアリエッタの演技に釘付けになっていたのだ。


 その迫力ある演技が、大好評の理由であった。

 負けたと感じたベリルージュは、それからずっとアリエッタの行動を観察するようになった。

 より一層べったりと付きまとい、アリエッタに自分以外の友だちができないように圧力をかけた。

 お泊まり会を計画した時などは、逆にセクトクラム家でお泊まり会を開いてやった。

 アリエッタの行動を観察すること、演技力を磨くことに夢中になっていたベリルージュは、教会で行なわれる説教には無関心で上の空になっていた。


 引っ込み思案なアリエッタが自ら友達を作る術を持たないことをよくわかっていたベリルージュは、目を光らせるようにアリエッタの隣を独占する。


 やがて初等部に進級した頃、大きな変化が訪れることとなる。

 アリエッタの様子が一変したのだ。

 それまで人見知りで、おしゃべりも苦手で、引っ込み思案だったアリエッタ。

 まるで人格がすり替わったのではないかと思うほどに、ベリルージュは誰よりもいち早くその変化に気付いたのだ。


 幼等部の頃から一緒にいた生徒に聞いてみるが、不思議なことに誰もその変化に気付いていない様子だった。

 こんなに別人のようなのに?


 思えばベリルージュが他の生徒からアリエッタを遠ざけすぎたせいだろうか、と思う時期もあった。

 だから本来のアリエッタのことを知らないのだと。

 ベリルージュにとっては大きな変化に見えても、他の者には些細な変化にしか感じ取れないのかもしれないと。


 変わってしまったアリエッタは、まるで自分を見ているようだった。

 口が達者で、自分が欲しいと思ったものは必ず手に入れ、不要だと思ったものは切り捨てる。

 鏡合わせのように見えて、ベリルージュは吐き気がした。

 今まで自分は、周りからこんな風に映っていたのだと初めて実感したのだ。


 今まで積極的ではなかったアリエッタを前に余裕面していたベリルージュであったが、強者の立場を取られるかもしれないと察してからは、さらにアリエッタの観察を強化していった。


 そして、気付いた。


 既視感を覚えたのだ。

 アリエッタの振る舞い、変わり身の早さ、弁が立つところなどが明らかに「あの人物」に酷似していたのである。


 ずっとアリエッタのことを見てきた。

 幼等部の頃から、今日まで、ずっと。


 ベリルージュの知るアリエッタは、内気で大人しい性格をした少女だったはずだ。

 何があったにしろ、ここまで別人のようになるのはどう考えてもおかしい。

 調べたところによるとアリエッタの家族構成に変化はない上に、没落したということも事業が大成功を収めたということもない。

 環境の変化によるものではないことは明らかだった。


 少しずつ、確実に、アリエッタは変貌していく。

 その姿はまるで、いや……完全に悪徳の魔女ミーガンそのものだったのだ。


 かつて本人の口から聞いた言葉を思い出す。

 悪徳の魔女ミーガンは、アリエッタとは似ても似つかない、正反対の性質だと。

 自分にないものを持っている。

 それはつまり、自分にできないことができるということだ。


 悪徳の魔女ミーガンを演じている時だけ、強くなれるような気がする。

 私がなりたかった女の子になれるような気がして、気持ちがいい。


 そう、あれはベリルージュの知るアリエッタ・クリサンセマムではない。

 悪徳の魔女ミーガンを演じている、アリエッタ・クリサンセマムなのだ。


 ***


 ベリルージュ・セクトクラムがそれを追及しようとした瞬間であった。


 それまでアリエッタの足元で何かに怯えるように縮こまって動かなかった大地の精霊ノームが、突如として錯乱したように足元を揺るがせる。


 大きな地震が起きたように建物全体が揺れて、ホール内にいた者たちが悲鳴を上げながら揺れに対処していた時。

 激しい揺れによって大きなシャンデリアが、真下にいたベリルージュに向かって落ちていく。


「きゃああああ!」


 悲鳴がこだました。

 ゆっくりと揺れが小さくなったと同時に、周囲にいた生徒や教師たちがシャンデリアの下敷きになったベリルージュの救助にあたる。

 そして誰かが大声で叫んだ。


「この悪女が、クラスメイトを殺した!」

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