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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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40 それでも悪役令嬢は屈さない

 突き付けられた事実に、悪役令嬢アリエッタは一瞬言葉に詰まってしまった。

 レオナから言われていた言葉を思い出す。


 王太子ランドルフは自分の機嫌や勢いで、婚約破棄を言い渡すことはしないはずだと。


 だが今こうしてアリエッタは婚約破棄を言い渡されてしまった。

 しかも国王や教会も承諾した上で。

 それはつまりランドルフにとって、いや……王族や教会にとって不都合にならないと判断されたということだ。

 婚約者としての地位を剥奪し、さもそれが国にとって良き判断だと民衆に知らしめるための、賢しい判断だと印象付けることが目的なのだろう。


 つまり今、国にとって必要となっているのは「婚約者アリエッタ」ではない。

 アンデシュダリアに害をなす「悪役令嬢アリエッタ」だけが必要となったのだ。


「ショックが大きすぎて声も出ないか! はははっ、こうなることはわかりきっていたことだろう! お前のように自分の才能をひけらかすような意地の悪い女が、王妃になれるはずがないんだ!」


 指を差し、勝ち誇ったように罵倒するランドルフ。

 放つセリフに品性は感じられないが、それでもアリエッタがこれまで築き上げて来たイメージが覆ることはない。

 見守る生徒たちの心は、決してアリエッタに同情を抱くことはなかった。


 むしろこれが天罰だとでも言うように。

 王太子に、聖女に反抗した報いなのだとでも言うように。


 誰もが固唾を飲んで見守りながら、心のどこかで「ざまあみろ」と嘲笑っている。

 男子生徒も、女子生徒も、教師陣も、誰も彼もがアリエッタが追い詰められていると確信していた。


 この後、アリエッタがどう謝罪するのか。

 弁明でもするつもりなのか、その動向を拝もうとしていた時だ。


「はぁ……」


 心底がっかりしたようなため息を、アリエッタが漏らした。

 彼女の顔に怒りの表情は見て取れない。

 それどころか、アリエッタが浮かべた表情はどこまでもランドルフを蔑むような嫌悪感を滲ませた顔で目を細めている。


「な、なんだよ……っ!」

「もう辟易しましたわ。あなたの浅慮さだけでなく、次期国王としての自覚の無さにも……。何もかも」


 怒りに任せて文句を言うと思っていた者の方が多いだろう。

 しかしアリエッタの口から出た言葉は、怒りも何もない。

 呆れ果てたという態度のみというアリエッタの反応に、再び会場内はどよめいていた。


 誰もが追い詰められ、責め立てられる悪役令嬢の姿を期待していたというのに。


 アリエッタはそれでもなお居直るように背筋を伸ばし、淑女(レディ)たらんとした優雅な仕草で言葉を続けた。


「王太子殿下として敬ってもダメ、聞き分けの良い婚約者を演じてもダメ、王妃に相応しいスキルを身に付けてもあなたの無能さが際立つばかり。挙げ句に劣等感を勝手に抱いて婚約者の才能に嫉妬する。そんなあなたが目を付けたのは、農民上がりの芋臭い世間知らずな聖女様と来たのだから。こうも私の努力を無駄にしてくれるなんて……、呆れてものが言えなかったから言葉に詰まっただけだというのに。この私がそんなことでショックを受けると本気で思っていたのかしら?」


 ぺらぺらと、これまで溜め込んで来た不満をぶつけるように言い放つアリエッタ。

 婚約破棄された令嬢だとは思えない、その言葉と態度に誰もが絶句していた。

 そして心のどこかで思ってしまう。

 国王や教会が承認した婚約破棄でさえ、アリエッタ・クリサンセマムであればそれすら白紙に戻してしまいかねない、と。

 それだけの力と行動力を、彼女は持っているのだと、誰もが思ってしまう。


「お、お前……っ! 自分が婚約破棄されたって理解してないのか!? もうお前は王族関係者でもなんでもないんだぞ!」

「だからなんだと言うのかしら」


 そう言い放ったかと思うと、アリエッタは首に提げていたペンダントに触れて魔力を込めた。

 するとアリエッタの周囲に突如として、生き物のようにうごめく水の塊が出現した。

 それはまるで水でできた蛇のようにうねりながら天井近くまでのぼっていくと、水の塊は女性の姿へと形を変える。


『妾は水の精霊ウンディーネなるぞ。矮小な人間共よ、我が主アリエッタ・クリサンセマムにひれ伏すが良い!』


 たちまち周囲から悲鳴が上がる。

 四元素の大精霊が、一般人の目の前に姿を現したのだ。

 聖書や伝記物などでその存在くらいは見聞きしたことはあるだろうが、それが実際に現れるとなると話が違ってくる。


 そして本来ならば聖女の試練として契約するはずだった水の精霊ウンディーネが、よりにもよって悪役令嬢アリエッタを主人(マスター)だと認識している。

 これは由々しき事態であった。


「アンデシュダリア国に安寧をもたらすのは、四大精霊の力を借りた者……。その者が次期王妃となる……だったわよね? これまでは聖女がその役割を全うして、精霊を従え王妃となった歴史があるようだけれど。聖女セスティリア様は四大精霊の内、何体と契約をなさったのかしら?」

「え、えっと……、それは……」


 たじろぐセスティリア。

 痛いところを突かれたと言わんばかりに、目はきょろきょろと忙しなく泳いでいた。

 それを見たアリエッタは鼻で笑いながら今度は指輪とアンクレットに魔力を注ぎ始める。


 会場内に風が巻き起こり、幼い少女の姿をした風の精霊シルフが。

 アリエッタの魔力を媒介にした床からは、幼体のドラゴンの姿をした土の精霊ノームがアリエッタの喚びかけに応える。


 ノームはフィクスがアンデシュダリア国に来た際、レオナとの打ち合わせによって前もってアリエッタと契約を交わしていた。

 シルフに限っては、現在の主人(マスター)であるフィクスの命令で一時的にアリエッタと契約をしているフリをすることに。

 もちろんそれを知っているのはこの場にいる四人、フィクスやマリク、そしてレオナとアリエッタのみである。


 四大精霊を一気に三体この場に召喚したアリエッタは、高圧的な態度でランドルフに詰め寄った。

 先ほどとは完全に立場が逆転してしまっている。


「そちらの聖女様は私が見立てたところ、火の精霊イフリートとの契約しか結んでいない……ということでよろしいかしら? 果たして火が水に勝てるのかしらね?」

「えぇっと、実はまだ……誰とも契約は~」

「はっ、殿下以上に呆れたわ! 聖女ともあろう者が、男にちやほやされることに夢中になって本来の使命を放置するなんて! この国の王妃になる自覚がないのは一体どっちだって言うのかしら!」

「セスを責めるのはやめろ! まだ準備ができてないだけで」

「すでに四大精霊の内、三体が私の手元にあるのが見えないのかしら? 私がはいどうぞと言って譲るとでも?」


 ランドルフだけでなく、聖女であるセスティリアをも反論のターゲットにしたアリエッタの猛撃は止まらない。

 広いホール内を縦横無尽に飛び回るウンディーネやシルフ、アリエッタの足元から離れようとしないノームを前に、誰もがこの場から逃げ出したいと思っていた。


 大精霊を召喚するために必要な魔力は、並の魔法使いや魔術士では不可能だ。

 それを三体も同時に使役するということが、どれだけ凄まじいものか。

 魔法の才能のない生徒の何人かですら、アリエッタから沸き起こる魔力を目視できるほどに強く濃いものだった。


「これだけの美と知、才能と魔力に恵まれた私にひれ伏すのはランドルフ殿下、あなたよ! さぁ、さっきの婚約破棄を取り消すとこの場で宣言しなさい! そして私を愛すると、この場で誓いなさい!」


 強く迫るアリエッタの勢いに、全員がその場から動けずにいた。

 やはりアリエッタ・クリサンセマムは悪女そのものだと、全員が納得する。

 その思考回路は自分の利益のためだけに働き、逆らう者は容赦しない。

 例えそれが王太子殿下であろうと、いや……国王や教皇であろうとその圧倒的な力でねじ伏せるに違いないと、誰もが思っていた中で――ただ一人。


 アリエッタの魔力に当てられ動けない生徒の中に、たった一人だけ。

 嘘の中にある真実を見出した者がいた。


(違う……。あれは、演技だわ……っ! 私だからわかる……っ!)


 アイスブルーの瞳と同じ色の、青いドレスを着た少女。

 ハーフアップにしたはちみつ色の髪には、トレードマークの大きなリボンを付けている。


(あんたのことは幼等部の頃から知ってるもの。初めての舞台で私は森の乙女エリュシーヌを、そしてあんたが悪徳の魔女ミーガンを演じていたから……わかる!)


 アリエッタをずっと昔から知る少女の名は、ベリルージュ。

 森の乙女エリュシーヌの劇を演じてからずっとアリエッタのことを見続けた、ベリルージュ・セクトクラム公爵令嬢だ。


 この場にいる生徒の中でただ一人。

 ベリルージュだけが、アリエッタの演技を見抜いていた。

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