39 断罪のプロムナード
アリエッタは侍女レオナを伴ってパーティー会場に姿を現した。
ワインレッドのドレスに、誰が見ても明らかな高級アクセサリーをふんだんに身に付けている。
まるでこのパーティーの主役は自分なのだと、そう宣言しているようなコーディネートは当然二人で考えたものだ。
このような衣装で現れて、気分を良くする者などまずいない。
主役はあくまで卒業生。
他の生徒は彼らを盛り上げるための材料でしかないのだから。
颯爽と登場したにも関わらず、アリエッタの表情は不満に満ち溢れていた。
それも当然のこと。
会場にはパートナーと、ペアで来ることになっている。
そしてアリエッタが伴っているのはペアの男性、ランドルフではなく侍女レオナであったのだから。
言うなれば一人で会場に来たことになる。
ひそひそといつもの囁き声が聞こえ始めた。
これもいつものことだ。
アリエッタがいるところで耳打ちしない者は少ないのだから。
アリエッタがぎょろりと右側に視線を向ければ、慌てて内緒話をやめる生徒たち。
左側を向けば、同じようにひそひそと話す行為をやめて、何もなかったかのような日常会話をしているふりをする。
会場中見回したところで、レオナが恐る恐る声を掛けた。
「アリエッタお嬢様、ランドルフ王太子殿下は……まだいらっしゃっていないご様子ですね」
「うるさいわね、そんなこと見ればわかるわよ!」
金切り声を上げることで、アリエッタがとてつもなくイライラしていることが周囲に伝わる。
今彼女に声をかけようものなら、どのような罵倒を浴びせられるかわかったものではないと言わんばかりに、周囲はアリエッタから距離を離していく。
両腕を組んで憤怒するアリエッタ。
「信じられないわ。この私がいくら訊ねても返事すらしないなんて! 会場前で待ってるかと思いきや、姿すら見えやしない!」
「お嬢様、殿下はきっと体調が優れないのでございます。ここのところお会いできなかったのも、きっとアリエッタお嬢様を心配させまいと……」
「ふん、どうだか。どうせあの偽善女と仲良くお茶でもしていたんでしょうよ。どうせきっと、今日だって……」
「まさか、そんな。今宵はアンデシュダリア伝統のセレモニー、プロムナードでございます。心想い合った者同士がペアを組んで、より親睦を深める舞踏会でもあるんです。だから決してそのようなことは……」
甲高い声で吐き捨てるアリエッタの声はもちろん、おどおどとした口調で宥めようとするレオナのセリフもちゃんと他の者に聞こえている。
聞こえるように話しているのだ。
アリエッタの高圧的な態度がどれだけランドルフを苦しめて来たのか、そして宥めるレオナのセリフがどれだけ虚しいことを語っているのか。
二人の会話だけで、様々な想像や憶測が脳内を駆け巡る。
『あぁ、王太子殿下が聖女様と仲睦まじいわけだ』
全員の思考回路は、その一点に絞られていることだろう。
散々吐き散らした後に相当悪目立ちしたアリエッタの存在を無視できない男がいた。
特等席と言わんばかりの豪奢な椅子から立ち上がり、アリエッタの方へと向かって行く。
「これはこれは、随分と元気そうなお嬢さんがいる」
低く、しかしよく通る声でアリエッタに話しかけたのはフィクス・グランディスであった。
彼はグランディス国の正装で、宝石類は身に付けていないが美しい黒髪と妖艶なまでに整った顔だけで、周囲を圧倒するだけの異彩を放っている。
目の前に立っているだけで、見た目の強さと魔力の高さで圧倒されてしまう。
それは初対面の時からそうであった。
アリエッタは承知していたものの、思わず怖気づいてしまう。
こればかりは本能によるものなので反射的に反応してしまうが、なんとか留まり背筋を伸ばした。
「あら、随分と他人行儀でいらっしゃること。以前お会いしたことをもうお忘れかしら」
「ふっ、グランディス国で会った時はもう少し大人しくしていたから気付かなかったよ、アリエッタ嬢。もしやあの時の顔は営業用かな?」
「心外ですわ。私は常に自分を貫いているはずですが?」
そこにいるだけで威圧感を放つような男と、ずっと前から悪行を見せつけて来た悪役令嬢の会話を傍から見ている生徒たちは唖然としていた。
あそこだけ明らかに空気が違うと、彼らですらわかるほどピリピリとした雰囲気に会場内の空気が一変する。
そこへ人懐こい柔らかい声が打ち破ってきた。
「アリエッタ嬢! またお会いできて光栄です」
「これはマリク様、ごきげんよう」
アリエッタとマリクがすでに知り合いだというのは、学園内のほとんどが周知している。
絶対的な地位を持つ人間に対して、彼女は非常に愛想よく振る舞うものだとよく記憶しているからだ。
「そういえばアリエッタ嬢、このパーティーはペアでの参加と聞いていたのだが。君のパートナーは後ろに控えている侍女かな?」
マリクが話しかけてきたことにより、少しばかり空気が和んだかと思いきやフィクスの一言でまたしても沈黙が走る。
アリエッタの表情がスンとした。
それを見たマリクが兄王に肘打ちし、今のが失言であったことを指摘する。
しんとした会場内で、レオナはひたすらおろおろびくびくとした態度を装っていた。
フィクスは何よりそんなレオナの演技に対し、笑いそうになってしまっているのを必死で堪えている様子だ。
(笑うな、殺すぞ)
台無しになりかけた瞬間、両開きのドアが開くと同時に号令のような声が響き渡る。
「ランドルフ王太子殿下、そして聖女セスティリア様が参りました!」
割れんばかりの拍手が会場内に響き渡る。
先ほどまで主役を食ってしまうような衣装で登場したアリエッタに対し、場違いなどと口にしていた連中から沸き起こる拍手に、レオナは吐きそうになった。
主役はこの二人ではない。
いくら地位ある者であっても、分を弁えていないのはどちらなのか。
ここは二人の結婚式場か何かか?
そんな気持ち悪さをぐっと堪えて、ドアの方へと振り向いた。
満面の笑みで登場するランドルフ、その腕はしっかりとセスティリアの肩を抱きしめるように回していた。
当のセスティリアといえば、迷惑そうな表情で我慢しているように見える。
「ランドルフ様、歩きにくいので離してくれません?」
「はっはっはっ! 何も恥ずかしがることはないだろう、これから二人にとって大切なことを発表するんだ。堂々としていればいいんだよ、堂々と!」
「はぁ……、やっぱり話が通じないんですね」
諦めたセスティリアはランドルフの歩調に合わせて、なんとかまっすぐ歩けるように頑張っている様子だ。
二人の進行方向を遮るように、アリエッタが割って入る。
ひくひくと顔面を引きつらせて二人を睨みつけた。
いつものランドルフならばアリエッタが激怒していると、その圧と魔力量に当てられて怯んだものだが、今日はさすがにそうはいかないらしい。
「なんだ、何か文句でもあるような顔だな」
「文句など言ったところであなたの脳みそまで届かないことは百も承知しておりますわ、ランドルフ様」
「うわ、上手い!」
「あなたは黙っててくださる!?」
またしても調子を狂わされるアリエッタであったが、なんとかセスティリアの合いの手に負けずに踏ん張った。
「これは一体どういうことですの、ランドルフ様。あなた、ご自分の立場をわかって行動なさっているのかしら?」
「ふっ、それを言うならお前の方こそ。お前だって自分の立場をわかって、俺にそんな口を叩いているのか!?」
「いやいや、アリエッタ様はランドルフ様の婚約者という立場で物を言ってるわよね?」
いちいち話の腰を折るようなセリフを間に入れるセスティリアに、本来ならそんな彼女の言動を疎ましく思わなければいけないところであったが、レオナはむしろすっきりとした気持ちになってしまっていた。
セスティリアの言い分はもっとも。
むしろよく口に出して言ってくれたと、称賛したいところであった。
だがそんな私情は押し込めなくてはならない。
なぜならセスティリアはアリエッタの敵、相反する存在なのだから。
セスティリアの言動に構っていたら話が進まなくなるので、今度は完全に無視を決め込んだアリエッタが畳みかける。
「いくら王太子殿下といえど、私があなたの婚約者という立場である以上このような行為が許されるはずがないのよ? なぜそれがわからないのかしら!」
「うるさい! お前こそ王族に対して何て口の利き方をするんだ!」
セレモニーの幕が上がったと思ったところに、王太子とその婚約者による痴話喧嘩が始まってしまったことで周囲が混乱を極めていく。
もはやプロムナードどころの騒ぎではなくなり、誰もが彼らの行く末に注目していた。
言うなれば、この国の次期王位継承者が聖女と悪役令嬢、どちらを選ぶのか。
その瀬戸際に立たされていると思えば、こんなスキャンダラスな場面を見過ごすことなど不可能である。
「全くもって話になりませんわ。これは貴族院にも報告しなければならない事案、国王陛下にも直々に申し立てるつもりよ。なにせ私はアリエッタ・クリサンセマム! 私はランドルフ王太子殿下の婚約者であり、プラチナ学園きっての最優秀生徒として認定されているのよ!」
アリエッタは自慢げに、自身がどれだけ優良物件なのかをアピールした。
胸を張り、声を張り、堂々と自分の輝かしい経歴を披露する。
「加えてクリサンセマム・カンパニーという物流会社をここまで大きくしたのも私のおかげ! 私の手腕と交渉術、先見の明があったからこそ! この先もこの国が繁栄するために事業を拡大し、多大な寄付金を聖ネフィル教会に捧げることで私がこの国を支えるのよ! 私以上にあなたを支えられる妻はいないって、まだわからないのかしら!?」
周囲がざわつく。
彼らにはアリエッタが素晴らしく優秀な未来の王妃としてではなく、野心と虚栄心に満ちた高圧的な悪女にしか見えない。
頬を紅潮させ、散々自慢したことで全て出し切ったと言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべるアリエッタ。
そんな彼女の表情が、態度が、ただただ痛々しく見える。
自分が素晴らしい人材だと思っているのは、きっと本人だけなのだろう。
このようなやり方で誰か一人でもついて来ると思っているのだろうか。
威圧するばかりの口調と物言いで、自分だけが唯一正しいと言い張る人物に誰が尻尾を振るというのだろう。
「くっくっくっ、はーっはっはっはっ!」
突然高笑いするランドルフに、アリエッタは戸惑いの表情を見せた。
肩を震わせながら、腹がよじれんばかりに笑い続けるランドルフに誰もが気でも触れたのかと、そう心配した時だ。
「お前はとんでもない勘違いをしているぞ」
「は?」
ようやく大笑いするのをやめ、人差し指をアリエッタに突き付けた。
意を決した表情で、ランドルフは言い放つ。
「お前はもう俺の婚約者でもなんでもない! 昨夜、父上とも話し合った結果だ。お前との婚約はすでに解消済み! 貴族院も、教会も承認している! 今朝方お前の屋敷にその書状が届いているはずだが、プロムナードで着飾る準備が忙しくてその書状をまだ見ていないようだな!」
「なん……ですって?」
驚愕するアリエッタに周囲の者全員が、グランディス国王フィクスや王弟殿下マリク、聖女セスティリアに侍女レオナも、無言でただ眺めることしかできずにいた。
「俺とお前は婚約者でもなんでもない! 婚約はすでに破棄されているのだ!」




