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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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36 伝承

 沈黙してしまう。

 あまりに荒唐無稽な話に、しかし信憑性のある話に、レオナは言葉を失った。


 神の存在など、伝説や伝承の中でしか存在しないもののはずだ。

 だが精霊の存在は信じるのに、神だけ信じないというのもおかしな話ではないか。


 違う。

 精霊は自然界に実際に存在するものだ。

 目にすることも、存在を認知することも可能な、実在するものである。


 しかし神や悪魔はそうじゃない。

 あくまで伝承として語り継がれる聖魔戦争時代に描かれた空想の産物であり、その存在を目にすることも認知することもない、完全なる想像上の存在だ。


 神などという存在が本当にあるならば、信仰対象として姿を見せてもいいはず。

 そうしないのは、神は単なる偶像でしかない何よりの証拠なのだ。


「精霊は信じるのに、神は信じないとは不思議な話だな」

「そうよ、それの何がおかしいと言うの。精霊は確かに存在しているけれど、神は私たちの前に姿を現さない。それは空想上の存在でしかないからよ」

「だが実際に、アンデシュダリアには人間に受肉した神が存在しているだろう」

「そう嘯いているだけよ。妄信すれば、神を騙る人間だって現れるわ」


 信じられない。

 これまで人間を、国を相手にすればいいだけだと思っていた。

 それだけでも相当な大罪を犯すことも承知している。

 しかし、グランディス国の力とレオナによる欺瞞さえあれば覆せると思っていた。


 人間相手ならば……。


「そう悲観することはない。確かに雲をつかむような話になってはいるが、対策できないわけじゃないんだ」

「神、相手に?」


 ここでようやく、フィクスの顔にいつもの笑みが戻った。

 不敵に、大胆に、何者も怖れないという自信たっぷりの微笑みが。


「君の魔性、以前見て確証した。その力をもってすれば、神相手だろうと渡り合うことができる」

「私の、魔性が?」


 今こうしている間にも、レオナの魔力を貪る多くの魔性たち。

 それが神への対抗策だとフィクスは確信している様子だ。


「少し長くなるが、いいか」


 元より覚悟の上だった。

 フィクスの話は、いつも長い。

 それを承知で全ての業務を終えてから、こうして時間を取っているのだから。


 ***


 聖魔戦争が起こる数百年前、神の造りし人形――人間の一人が謀反を起こした。


 神を崇め、神のために働く労働力でしかなかった人間の中に、聡い者が現れたのだ。

 それは奇しくも悪魔の手によるものであった。

 悪魔の入れ知恵により、その人間は自分たちの境遇が最底辺なものであると悟ったのだ。


 知恵を得た人間は多くの仲間を募った。

 さらに知恵を授け、広め、神への信仰心を少しずつ削っていく。

 やがて人間の中には内に秘めた魔力を用いて、それを扱う術を身に付ける者が現れた。


 魔法使いの誕生である。

 知恵を付けること、力を得ることを良しとしなかった神々は人間との決別を告げることとなった。


 自らの意思を持った人間はそれを受け入れ、神の恩恵に縋りたい者はそれを嘆いた。

 人間の間で二つの勢力に分かれたものの、神から一切の恵みを受けられなくなったことで結局は自らの足で生きていくしかなかった。


 人間の発展は続く。

 悪魔に唆され、自ら魔の道に堕ちる者が現れ始めた。

 神による恩恵を失ったことで、世界に邪悪が少しずつ広まっていく。


 世界は再び混沌に陥った。

 悪魔を招き入れたことにより、地上に魔物が姿を現すようになった。

 この惨状を憂えた神の一人が立ち上がる。

 最初に悪魔から知恵を授かった一族が、これに対抗するよう命じたのだ。

 元はと言えばこの者の先祖による過ちが原因だとし、その後始末をするために封印術を授けた。

 魔物を鎮め、封印する。

 しかしそれは決して容易なことではなかった。

 世界中に跋扈する魔物を、一族のみで封印して回るには限度があったのだ。


 しかしもう一人の神は、これを人間への当然の報いとし、罰とした。


『彼の者はこの先も魔物を封印し続けることを宿命とする。この封印術は彼の者にしか扱えぬものとし、世界中から魔を完全に滅するまでその宿命は継続されるだろう』


 宿命とは、いわば呪いであった。

 命じられた人間は、神から永遠に続く呪いをかけられたのだ。


 必ず男子として生を受け、決してその子孫を残すことは不可能となる呪い。

 封印術は魂に刻まれるが故、死してもなお再び男子として転生する呪い。

 世界中から全ての魔を滅するまで、その呪いが解けることはない。


 彼の者はやがて「伝説の魔術師」「悠久の魔術師」と名付けられ、数多の伝承に登場することとなる。


 それが嘘か真か、今こうしている間にも彼の者は魔を滅する旅を続けているだろう。

 家族を得ることも子孫を残すこともできない、孤独の旅路を……。


 ***


 伝説の魔術師については、レオナも少しばかり耳にしたことがある。

 魔性と契約する際、それについて下調べをしないわけではなかった。


 魔性とは、伝説の魔術師によって封印され精神世界面(アストラルサイド)に送られた魔物のことだ。

 盟約の下でしか現世に現れることは決してない。


「今の話はもしかして、グランディス国で保管している神聖黙示録(セイクリッドバイブル)の写本に書かれていたものなの?」


 アンデシュダリア国で保管されていた神聖黙示録(セイクリッドバイブル)は、その国の興りを書き記した歴史書であった。

 ならば各国にそれが保管されていてもおかしくないと、レオナは考えた。

 何より話がやけに具体的すぎる。

 そう考えるのが自然だ。

 しかしフィクスは首を左右に振り、わずかに陰りを帯びた表情で静かに答えた。


「何千年という時の中で生きようとも、その記憶は受け継がれていく。実に長い……長すぎる時の中で、ようやく君を見つけたということだ」


 その言葉を理解するまで、少しばかり時間を要した。

 やがてレオナの表情から戸惑いが表れる。

 自然に口の端が上がり、吹き出しそうになった。

 真剣な話をしている時にこの男は何を言っているのだ。


「お前が……、その伝説の魔術師だとでも?」


 笑いをこらえきれないと同時に、うすら寒い思いが込み上げて来た。

 寂しそうに、力なく微笑む彼の顔の印象が強すぎて、先ほどの言葉に説得力を持たせる。

 目の前にいるこの男が、神話創生時代からの記憶を持つ人間だと思うとめまいがした。


「転生を繰り返しても記憶は残る。しかし全ての記憶を鮮明に覚えているわけじゃない。例えば生まれたばかりの頃の記憶が残っているか? 特殊な者の中には残っていると言い張る者もいるだろうが、大抵の場合は全く記憶にない。言うなれば、物心がつくかつかないか……それくらいのおぼろげな記憶を大量に所持しているといった感じだ」


 レオナたちの敵は神だと告げられた直後に、次はフィクスが伝承に登場する魔術師本人だと聞かされ、混乱しないわけがなかった。

 あまりにも情報量が多すぎる。

 自分の処理能力が低いとは思わない。

 内容が飛躍しすぎているせいだ。


「そ、それで……戦う相手が神だとわかった上で、今の話とどうつながると言うの? その魔術師とやらは、世界中に蔓延る邪悪な魔物を封印するために存在しているわけなんでしょう? 今の話を信じるならね。でも私たちの相手は、その魔術師に封印術を授けた神なのよ? 対抗策としては矛盾していないかしら」


 伝説の魔術師に授けられた能力は、神より賜りし秘術。

 他の誰にも扱えないものだと、フィクスの話ではそういうことになる。

 授けた神にその秘術が通用するなど、そんな話があるだろうか。

 もしそうだというなら、神は自らに危害を加える術を人間ごときに授けたことになるのでは?


「敵となる神に対抗する力は封印術の方じゃない。これはあくまで邪悪なものを封印する術だからな。恐らく神という属性を持つ者には通用しないだろう」


 フィクスはそう言って、レオナに向かって指を差した。

 水晶玉越しではあるが指を差され、さらに思考がまとまらなくなるレオナ。

 だが、瞬時に気付く。

 レオナが持っている力、それは……。


「私の魔性が、神への対抗策になると……?」


 だがそれも破綻していないだろうか。

 そもそもレオナの持つ魔性は、悪役令嬢をサポートする上で必要となる力として教会から命令され契約させられたものだ。

 神に対抗できる力を、易々と明け渡すだろうか。

 教会側がその真実を知らなかったとしても、神が人間に受肉して現存しているというならば、その神自身が対抗策となる魔性を人間に与えるなんて考えにくい。


 しかしこれにはフィクスは首を振り、左の手の甲を上げながらレオナに向ける。


「見せてくれただろう。あの邪悪の塊としか思えない、漆黒の左腕を」

「異形の魔性、ゲーティアのことを言ってるの?」


 あれは確かに特別な魔性だ。

 教会が秘匿として厳重に保管していたところを、監視の目を盗んで勝手に契約した。

 レオナにとって唯一、殺傷能力の高い攻撃特化の魔性。


「ゲーティアは実際恐ろしい魔性よ。私ですらもう二度と出したくないと思うほどにね。でもそんな危険な魔性だというなら、どうしてアンデシュダリアの教会の地下で大切に保管しているというわけ? 神が恐れるものなら、さっさと処分した方が早いでしょう」

「君がゲーティアについてわかっていることは、そこまでなのか?」

「ええ、そうよ。他にゲーティアに関する文献も何もなかったからね」


 契約を望む際、魔性を指名することが可能だ。

 例えば盗みに特化した魔性と契約したいと思えば、文献の中にファンシーラットの名が記されている、という風に。

 しかしゲーティアに関しては何もなかった。

 ただ一言「契約絶対禁止」とだけ。

 そこに興味を惹かれたわけだが。


「処分しなかったわけじゃない、できなかったんだ。その場に封印することで精一杯というところか。だがそれ以上に、保管するに留まった大きな理由がある」


「異形の魔性ゲーティアは、複数に分かたれた状態で封印されている」

「……私が契約したゲーティアは左腕だけだった、つまり」

「そう、世界のどこかに各部位のゲーティアが厳重に封印されているということだ」


 左腕だけ、アンデシュダリアの地下に封印されていた。

 一か所だけならば、まだ脅威に至らない。

 だから封印するに留まったのだ。

 邪悪すぎるが故、それ以上の封印を施すには伝説の魔術師レベルでなければ不可能。


「俺がアンデシュダリアを壊したい理由は、お前の持つゲーティアを封印するためだった」

「それが、理由? そのためだけに、国一つ滅ぼそうって考えていたの?」


 驚きの色を見せるレオナの顔に、フィクスは苦々し気な表情で述べた。


「全ての邪悪を封印しなければ、この俺にかけられた呪いは解けない。フィクス・グランディスが死んだ後、再び男子に転生する。この呪いを絶つためなら、一国がどうなろうと俺には些細なことだ。何千年と生き続けた中で得た、これが俺の価値観だよ」


 繰り返される生を絶つために、持ち続ける大量の記憶から解放されるために、フィクスにとって呪いを絶ち切ることこそ最大の目的であり、望みであり、願いだと、そう言った。

 長い年月の中で、呪いを絶つため他を割り切って捨てる精神を彼は身に付けたのだ。


「異形の魔性ゲーティアは、神殺しの魔物とさえ言われている。だから俺には君が必要なんだ、レオナ。力を貸してくれるな?」


 そのためならアリエッタを救うため、どんなことでもしてやる。

 レオナにはフィクスがそう言っているように聞こえた。

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