35 真の黒幕
それからのレオナの行動は早かった。
アリエッタに今回行なわれるプロムナードが断罪劇の開幕であることを、まず正直に明かした。
隠したところで意味はない。
すでにアリエッタは勘付いていたのだ。
「私が不甲斐ないばかりに、情報が後出しされてしまい申し訳ございません」
まだ一年、されど一年という猶予があったと思っていたことで、アリエッタに不安を強いてしまっていることをレオナは謝罪した。
しかしアリエッタは気丈に振る舞い、笑顔で返す。
「私が悪役令嬢としての人生を歩むと理解した時から、覚悟はしていたことだもの。そんな風に謝らないで、レオナ」
わかっている。
知っている。
アリエッタが本当につらい時、苦しい時、彼女はこうやって笑顔を作るのだ。
心配させまいと、自分は大丈夫だからと、相手を慮る。
だからこそレオナは心苦しかった。
できることなら何もかも打ち明けず、全てこちらで片付けてしまいたいのが本音だ。
しかしこの計画の主役がアリエッタである限り、主役から出番を無くすことなど不可能なのだ。
それに加え、アリエッタに対して安心するよう告げることすら許されない。
悪役令嬢断罪計画を破綻させるために、レオナは隣国の国王フィクスと密約を交わしている。
つまりアリエッタに救いの道を用意する算段はついているのだ。
それを本人に話すことができないのが、何よりつらかった。
(アリエッタお嬢様は悪役令嬢断罪計画を遂行するために、果たすために今まで苦労してこられた。そのつもりで生きてきた。そんなお嬢様に対して「救済できるよう用意してるから安心して」なんて軽々しく言えるはずもない……)
レオナはこれから迎える本番に備え、仕上げともいえる作業を進めていくとアリエッタに伝えた。
目的は、聖女と完全に敵対することだ。
アリエッタの話によれば、学園内で聖女セスティリアと接する機会は少ないが、アリエッタに対して悪い印象を抱いていない様子だという。
周囲の人間は完全に「聖女の敵」として扱っているのだが、やはりセスティリアがそれを宥め落ち着くよう働きかけているとのことだった。
セスティリア自身にも嫌われなければ、聖女に心酔している人間にまでそれが伝染しかねないと思った。
『聖女様がそうおっしゃるのなら、そうなんだろう』
この国の国民性がそうさせる。
思考停止、信じる者の言うことが絶対だという確信。
悪役令嬢アリエッタに、ただの一人でも味方がいては困るのだ。
そうしなければ、アリエッタがこれまで紡ぎあげて来た完璧な悪役令嬢としての演技が無駄になってしまう。
それは教会側が決して許さないことでもある。
絶対的な悪役として、全国民から嫌悪された状態で断罪して初めて、この計画が完遂されるのだから。
「アリエッタお嬢様はいつも通りお過ごしください。仕上げは私がして参りますので、聖女のことは気に病まないでくださいませ」
「うぅ、ごめんねレオナ。あの子、私がどれだけ意地悪な態度や言葉を向けても、全然屈してくれないの。こんなこと初めてだわ。あの子、まるでそれを喜んでいるかのようで……」
「まぁ、そういう変態も世の中にはいる……ということです。お気になさらず」
「変……、そういうものなの?」
「性癖とは大抵、他人に理解されないものでございます」
「そ、そう……」
肝心の聖女がまた問題のある人物であった。
教会側の考えでは、悪役令嬢との比較対象として善なる存在・聖女が必要不可欠だ。
それはつまり、悪役令嬢の悪行ぶりをより際立させるため、とも取れる。
そのために悪役令嬢は聖女からとことん嫌われなければ成立しないのだが、悪行の演技に定評のあるアリエッタがこれほど嫌われることに苦労を強いられるとは夢にも思わなかった。
意地の悪い態度、身分差、学歴、令嬢としてのマナー、全てにおいて嫌味ったらしく当てつけのように「あなたと私は違うのよ」と見せつけてきたにも関わらず、聖女セスティリアはどの挑発にも乗って来なかった。
むしろ自分の不甲斐なさを恥じ、謝罪し、あろうことか悪役令嬢に教えを請う始末である。
そういった謙虚な態度がセスティリアの評価を上げていることに変わりないのだが、それだけでは弱い。
人気者かつ信仰対象そのものである聖女から徹底的に嫌われなければ、断罪されても誰も文句がないほどの悪役令嬢として認定されなくなってしまう。
(こっちはもはや私の方で手を打っていくしかないわね……)
レオナはアリエッタに何も問題はないことを告げ、プロムナードまで心の準備をしておくように言い残してから退室した。
足早に向かったのは自室。
アリエッタに使い方を教わり、なんとか水晶型の映像魔道具でフィクスと連絡を取った。
***
プロムナードはやはりすでにフィクスやマリクの方にも話が行っていた。
フィクスはゲスト参加を快諾し、ちょうどレオナに連絡を取ろうとしていたところらしい。
「やはり向こうは時期を早めて来たな」
「まるでこうなることをわかっていたような口振りね」
「魔道具の仕入れにゴーサインを出した時点で、こうなるだろうとは思っていたさ」
やはりジオーク教皇の言うように、隣国の国王を招き入れるために魔道具をこの国に仕入れることを承諾したのだと理解した。
それでも教皇の話には未だすっきりしない部分も多い。
他国の人間を引き入れたとして、アンデシュダリア側に付くとは限らないだろう。
「アンデシュダリア国が魔道具を今まで取り入れなかった理由は、やはり国民に必要以上に興味を持たせないためだ。お前のことだ、すでに察しているとは思うが」
「魔道具の便利さに気付き、開発や製造に力を入れる人間が増えたら困る……ということかしら」
「そう、グランディス国では魔道具開発・製造に積極的だ。これは国民全体が自主的に行動を起こそうとする意欲があるからだな。作りたい、増やしたい、もっと便利になりたい。そのために時間を作らなければ、魔道具に関して勉強しなければ、良い学校に入らなければ、就職しなければ……という具合で」
アンデシュダリア国とグランディス国の違いは、つい最近気付いたことだ。
そう、アリエッタから魔道具参入に関して悩みを聞いていた時。
アンデシュダリアの国民は信仰することで忙しい。
神に従っていれば安定した生活ができるからと、それ以上の発展を望まない。
それが何十年何百年と続いてきたことで、それが国民性として現れているのだ。
古臭い、時代遅れな国として。
しかしグランディス国は違う。
新しいことに常に興味を持ち、積極的に取り入れようとする。
自分で開発してみたい、作ってみたい、もっと便利な生活を手に入れたい。
そういった欲求が彼らの原動力となっているのだ。
「今となっては、だからなんだ……といったところね。私はこの国の人間に興味はないわ。とにかく今早急に進めなければいけないことは、救済計画とそちらの計画を完遂させるために動かなければいけなくなったという点だけよ」
教会が何を企んでいようと、その張本人であるフィクスはすでにこちら側の人間なのだ。
恐れる必要はない。
問題は互いの計画を無事成功させるために、行動を早めなければいけなくなったということ。
レオナはそのことについて連絡したというのに、フィクスはすぐに話を脱線させてしまう。
そこに何かしらの含みがあるように感じられるから余計に質が悪い。
だが残念なことに、含みどころか最も懸念すべき重要事項であることをレオナは知らされる。
「そいうえば君はまだ、神聖黙示録に目を通していなかったな」
「それが今回の件とどう関係するというの。あれは聖魔戦争時代に神とやらが書いた魔導書のようなものでしょ」
「それが実は少し違う。簡単に言えば、アンデシュダリア国の始まりを綴った歴史書のようなものだった。つまりオリジナルに近い写本であることに変わりはないが、魔術師たちが追い求めるような世界をどうにかするような内容は書かれていない。ただの一片にしか過ぎなかった」
あれだけ分厚い本が、神聖黙示録の一片に過ぎない。
そう言われ、それではオリジナルとなる神聖黙示録はどれほどの厚さがあるというのだろう。
もしかしたらオリジナルですら複数冊に分かれているのかもしれない、と考えた。
それならばオリジナルの内容を書き写したとされる本物に近い写本と、偽物が世界中に散らばっていて収拾がつかなくなるのは当然のことのように思える。
「だが面白いことがわかったよ。あれにはアンデシュダリア国の人間がなぜあれだけ信仰心の塊となったのか、その答えがしっかりと明記されていた」
「だからそれは刷り込みによるものでしょう。この国では洗脳のように、生まれた時から教典に触れるよう教育されるわ」
「それでも個々の人格によっては、生まれた時から当たり前のように触れさせても、興味を持たない人間は少なからず現れるだろう? なぜそんな人間がいつまでもこの国、いや……教会のやり方に異を唱えないのか不思議に思わないか?」
例えばベリル。
真っ先に思い浮かんだ人物は彼だった。
彼が最後に話していた内容に、それらしいことを言っていなかっただろうか。
『かつての俺もそうだった』
聖騎士団長という地位を目指していたのも、信仰によるものではないこともはっきり口にしていた。
他の国民たちのように、どっぷりと信仰に浸かっている人間が全てではなかったのだと、そう物語っている。
そして思い出されるのは、ユーフォルビア前教皇。
彼らは二人とも、随分と「信仰心」について語っていなかっただろうか。
「この国は信仰によって国民を洗脳する魔法が、全員に施されている」
「なん、ですって!?」
にわかには信じられない話だった。
アンデシュダリア国だけで、一体何万人いるというのか。
それらを洗脳させる技術など可能なのか。
もはや人知を超えている。
「あの国の黒幕は国王でも、教皇でもない。もっと上の存在……、君も嫌というほど聞いてきた名のはずだ」
そんなことはあり得ない。
しかしフィクスの顔は冗談を言うような表情など、一切していなかった。
真面目に、からかうような素振りのない真剣な眼差し。
いつも不敵に微笑んでいるその顔は、全く笑っていなかった。
「黒幕……、まさか……この世に神という存在が実在してるなんて、言うんじゃないでしょうね」
「そのまさかだ。アンデシュダリア国には、神が現存している。恐らく人間に受肉し、アンデシュダリアの国民全員を信仰という魔法で洗脳している。平民も、貴族も、王族も、教会上層部も、全てな」
レオナの中で様々な記憶が駆け巡る。
篤い信仰心。
誰も何も疑わない。
神こそ絶対。
そこに疑念の余地は一切ない。
なぜなら、全ての人間が都合よく動くように……洗脳されているから。
神の声を賜ったとされる教皇の言葉。
あれは本当に比喩表現などではなく、もちろん妄想でもない。
実際に神からの言葉を、その耳で聞いたのだ。
「つまるところ、俺たちの敵は人間などではなく……神様を相手にすることになるわけだ。アリエッタ嬢だけじゃない、君こそ心の準備はできているのか」




