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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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34 断罪計画、始動

 最後に会ったベリルとは全くの別人だとしか思えなかった。

 しかし外見や声、動きのひとつひとつ、彼の持つ魔力の質も、何もかもが本人のそれだ。

 ベリルの皮をかぶったナニカ……、そう考えると全身が総毛立つ。


 嫌な汗が額や背中を伝って行く。

 レオナの知るベリルは、さほどネフィルを信仰しているようには感じられなかった。

 ただ職務を全うするだけの道具、とでも言うべきか。

 それが今、まるで集会の司会進行でも務めるようにぺらぺらとよく喋るこの男は、ネフィルこそ至高、さらに崇めよと強く勧めるのだ。

 違和感を抱かないわけがない。

 やはりあの夜、ベリルの身に何かあったことは明白であった。

 問題は彼ほどの実力と地位を持つ者を、誰が襲ったというところだが。


 信仰について説く彼の話に関しては上の空であったレオナだったが、ある単語が出て来たことで現実へと引き戻される。

 隣に座っていたアリエッタが驚いた声をかすかに上げたのと同時だった。


「もうすぐプロムナードが開催されます。今回は特別なものとなるでしょう。なぜなら一部の方々はご存知でしょうが、今年開催されるプロムナードにはグランディス国からお越しいただいているフィクス国王陛下、並びに親善大使としてマリク王弟殿下にもご参加いただくことになっております! 特別なゲストと共に、過去最高のプロムナードとなるよう盛り上げてまいりましょう!」


 フィクスたちが、プロムナードに?


 そんな話、一切聞いていなかった。

 アリエッタもプロムナードという言葉が恐怖の対象となっているように、顔色が青ざめてしまっている。


 まだ決まったわけじゃない。

 他国との親交をアピールするための場なだけだ。

 一年も、時期が早まるなんてことがあるだろうか。


 ***


 アリエッタをクリサンセマム家まで送り届けた後、レオナは急ぎ教会へと向かった。

 集会が終わった後、ベリルから声を掛けられメッセージを受け取ったからだ。

 それはジオーク教皇からレオナへ宛てたものであったため、無視などできるはずもない。


 悪役令嬢断罪計画。

 断罪劇が行なわれるのは、ランドルフ王太子殿下が卒業する年のプロムナードだったはずだ。

 卒業生による答辞が行なわれた後に、悪役令嬢アリエッタの断罪劇が始まることになっていた。

 そしてそれは来年の今頃、卒業生代表として答辞を述べるランドルフだからこそスムーズに話が断罪へと流れていく予定だったはず。


 なぜ、早めたのか。

 何か急ぐ理由が?

 まだ準備は完璧ではないのに。


 様々な思考がレオナの頭の中を駆け巡る。

 ゆっくりと着実に準備するはずだった。

 それこそアリエッタの身の回りの整理をしてから、心の準備をさせてから臨めるように。


「あのくそじじい、教皇になったことで世間の支持を集めたくなったか……っ!」


 教皇の執務室へ向かったレオナは、開口一番に叫び出したい衝動を必死に抑えた。

 この老人の顔を見ると、畏怖と怒りが込み上げてくる。

 幼い頃に植え付けられた、自分が圧倒的弱者だと理解させられた時のことを、目の前の老人には絶対に勝てないという畏れを、思い出す。

 同時にアリエッタの人生をめちゃくちゃにするよう仕向けた怒りが、レオナから冷静さを奪いそうになる。


 呼吸を整え、命令通りに参上したことだけを伝える。

 多くを語れば余計なことを言いかねない。

 書類仕事をしていた手を止め、ジオーク教皇が口の端を歪ませるように笑む。

 レオナは彼のそんな笑顔が嫌いだった。


「集会の時にベリルから聞いた通りだ。今年のプロムナードを悪役令嬢の断罪計画開始の合図とする。準備しておけ」

「お言葉ですがジオーク教皇、私が聞いていた予定では来年のプロムナードだったはず。なぜこのように急を要すようになったのか、お聞かせください」


 教会の暗部として身を置いていた時と変わらず、微動だにしない姿勢はまるで石像のようでいて、レオナの態度は主人に絶対服従する駒として、感情を一切乗せない顔と口調で問うた。


「神より言葉を賜った。急ぎ悪役令嬢を捧げよ、とのことだ。これまでと異なり、今回は十分に猶予を与えた。そしてお前はその期待に応えた。今回の悪役令嬢は実に優秀でいて、静かに確実に周囲からの憎悪を集めている。神はそれを大層喜んでおられた、ということだ。誇りに思うがいい」


 何かにつけて神、神、神。

 全ては神の言葉通りに。

 神がそうお望みだから。


 虫唾が走った。

 こればかりは真にレオナの癪に障るところであった。

 フィクスへ抱く不快感とは大きく異なる嫌悪感。


 お前たちは神がいなければ息することすらできないのか。


「お褒めの言葉をいただき幸甚に存じます。ですが、なぜグランディス国王までがプロムナードに? 完全なる部外者がいては、断罪劇に支障が生じるのではないでしょうか」

「その逆だ。何も知らない部外者がその場にいるからこそ、悪役令嬢のこれまでの悪事を暴露されれば信じて騙されてくれる。悪役令嬢本人が罪を認めるのだから、疑う余地もない。さらには他国の王にアンデシュダリアを見てもらう良い機会となるだろうからな。魔道具参入の件は絶妙なタイミングだったというわけだ」


 つまり、悪役令嬢を断罪するにあたって他国のトップが賛同すれば、この国が求める「悪意ある正義感」が、より正当なものになると国民に思わせるため?


 魔道具を避ける傾向にあったこの国が魔道具参入を受け入れたのも、全てはグランディス国王をアンデシュダリアに招き入れるためだった。


「グランディス国王にアンデシュダリアの在り方を見せることで、何のメリットが」

「それはお前に必要のない情報だ!」


 血走った眼がレオナを睨みつける。

 教皇の態度の急変に驚くより、突然情報を隠そうとしたことに疑問を抱く。

 表情を崩さないレオナに感心したのか、戸棚からアルコール度数の高い酒をコップに注ぎ一口含む。

 満悦そうに微笑む彼の口が、少しばかり緩んだ。


「とはいっても、お前の働きは過去最高のものだ。これ以上ない悪役令嬢を仕上げた褒美として教えてやらんでもない」


 教皇は窓のカーテンを全て閉め、ランタンに魔力で火を灯す。

 椅子に座り、酒の入ったコップを揺らしながら楽しそうに話し出した。


「お前は神の言葉を信じるか」

「聖ネフィル神こそこの国の真理でございます。信じない者の方がおかしいでしょう」

「……私は生まれた時から教会に従事することを義務付けられていた。お前も知っているのか知らんが、貴族街出身の者の大半はそういう家系ばかりなのだ」


 ***


 ジオークは貴族街出身ではあるが、生まれは教会にあるデヴォウト館だった。

 両親ともに教会の役職持ちであったので、ジオークはこの世に生を受けた瞬間から聖ネフィル教会の信徒になることが確定していた。

 環境のこともあり、彼は誰よりも敬虔な信者として神に尽くす。

 その信仰心の篤さと能力の高さから、彼を慕う者は多かった。


 大司教の地位に就いた時に聖女、そして悪役令嬢に関して記述されたもう一つの聖書を読破し、衝撃を受ける。

 そこには神の存在が確かに在り、今もアンデシュダリア国民を見守っていると書かれていた。

 彼の信仰心はさらに高まった。


 枢機卿という地位に就いた頃には、神の声を賜るようになった。

 信じていなかったわけではないが、実際に神の声を聴けば自身の耳を疑うのが当然の反応だっただろう。

 神の指示は的確であった。

 南の地に魔物が現れるとのお告げがあれば、実際に現れ被害を被る前に撃退することができた。

 豪雨に見舞われるとお告げがあれば、事前に対策することで被害を最小限に抑えることができた。


 そうしたお告げを次々と聴き続ければ、八十年ごとに一人の少女を悪に仕立て上げ処刑せよ、さすれば以後数十年は国の安寧が約束されるのだと知れば、信じて行なうことに何の疑問があるだろうか。


 全ては神託のままに。

 それがジオークの生き方、指針だ。

 信徒として当然のことをしたまでのこと。

 そうすることで、アンデシュダリアの繁栄と安寧につながるのだから。


 ***


「つまり、聖ネフィル様がおっしゃったから……と? 比喩表現などではなく、実際にその耳で神託を聴いたと……」

「いくらネフィル教信者でも、そう言われれば戸惑うものだ。信仰深さに自信のあった私ですら、初めて聴いた時は動揺したのだからな」


 神の声を聴けることをまるで武勇伝のように語るジオークだが、レオナはそれが妄想などではなく事実であると受け止めた。

 彼一人の妄想で、国ひとつ簡単に動かせるはずがないのだから。


「今の悪役令嬢だが、神はいたく気に入っておいでだ。だからこそこれ以上は待てないのだそうだ」


「悪意も十分、悪役令嬢に注がれている。あの少女自身も自分の運命を理解し受け止めているそうだな。ならば時期を早めても都合悪くあるまい」

「ですが」

「これは神の御意志だ。神がやれとおっしゃるならば、それ以外に選択肢はない。……同じようなセリフを、前にも言ったな」


『絶対服従以外、私は認めない』


 初めて対面した日のことを思い出す。

 この男はそういう男だ。

 自身が望む以外の選択肢を決して選ばせない。

 彼が耳を貸すのは、神以外にいないのだ。


「……お前の功績は見事なものだ。この計画を果たせば、お前にも褒美が与えられる。地位でも大金でもなんでも言うがいい。もっとも自由を欲するというのならば、与えた魔性は返してもらうがな」


 つまり自由を選択した際には、国家や教会の脅威となる力が奪われるというわけだ。

 幸いにもレオナは教皇が言い並べた報酬に興味などなかった。

 だがせめて、最後に聞いてみたいことがひとつだけ……。


「報酬よりも、聞かせていただきたいことがございます」

「なんだ、言ってみよ」


 レオナはまっすぐにジオーク教皇を見据えた。

 彼に本気で真正面から向き合うのは、きっとこれが最初で最後だろう。


「ジオーク教皇は、アリエッタ・クリサンセマムという少女のことを……どうお思いなのか教えていただけますか」


 神妙なトーンで訊ねるレオナに、教皇はアルコールによって頬を赤らめた表情からいつもの厳しいものへと変わる。


「どう思うか? 随分と曖昧な聞き方をする」

「では言い方を変えます。教皇にとって悪役令嬢とは、ただの生贄に過ぎないのでしょうか。そこにご慈悲は? 憐みや罪悪感などは一切ないのでしょうか? 神に従うということは、その人間性までお捨てになるということなのですか? 教皇の真意をお聞きしたいのです」


 少しでいい……。

 ほんの少しで構わない。

 こんな非情な人間にも、ほんのわずかで構わないから「申し訳ない」という気持ちを持っていてほしい。

 アリエッタという少女が、この男の中でも人間として映っていてほしい。

 決して道具なんかじゃない。

 一人の人間として、尊厳を与えられるべきなのだと。


 信仰心より、人間性を優先してくれるのであれば……っ!


「くくっ、ふははは……。何を言うのかと思えば」

「!」


 まっすぐ見つめていた視線が、自然に床を見ていた。

 あの男の顔を、今浮かべている表情を、この目で見たくなかったからだ。


「神の贄として捧げられる悪役令嬢に同情でもしろと? 馬鹿を言うな。お前は地面を這うアリ一匹に対し、何か特別な思いを抱けるのか?」


 鼻で笑うように言い放つ。

 くだらないと、吐き捨てる。


「食糧である豚や鶏に対し、可哀想だなどと思いながらお前はそれらを貪るのか? 人間を害する魔物をお前は愛せるのか? 自然主義とは自然の摂理、食物連鎖のことでもあるのだ。悪役令嬢は神へ捧げる供物に過ぎん。それによって神から恩恵が得られる。それ以上でも以下でもない!」


 まるで侮辱でもされたかのように怒りを込めた口調で、教皇は声を荒らげた。

 癪にでも触ったのか、さきほどまでの上機嫌振りが嘘のようにしかめっ面を浮かべている。

 ドアを指さし、出て行くように命じた。


「私に褒められ調子づいたか。今日はもう下がれ! プロムナードの準備だけは怠るな!」

「……御意に」


 レオナは静かに頭を下げ、背を向けた。

 反論などない。


 これは最後のチャンスだったのだ。

 この国が、教会が、ほんの少しでも人であったなら……手加減するつもりだった。

 アリエッタは優しいから。

 自分以外の人間が、例えそれが自分を陥れるような意地悪な相手であろうと、きっと酷い目に遭って欲しくないと願ったはずだから。


 だからレオナもアリエッタに倣って、人間味を見せようと努力した。

 しかし、それは敵わなかった。

 それに応えない人間に、なぜ優しくなれるだろう。


(お前たちがどこまでも愚かで、頭の悪い連中だということはよくわかったわ……)


 フィクスは言った。

 密約とは、アンデシュダリアの崩壊。

 国ごと壊す。

 アリエッタを救う代わりに、それを手伝えと……。


 あの男の力をもってすれば、こんな時代遅れな国ひとつ簡単に滅ぼせるだろう。

 アリエッタのこともあり、レオナは少なからず躊躇していたが……今は違う。


(アリエッタお嬢様を人と思わぬこんな国など、ない方が世の為だわ……)


 レオナはようやっと決意を固めた。

 アリエッタに嫌われることになっても構わない。

 何の罪もない少女をないがしろにするような国は、滅んだ方がいい。


(悪役令嬢断罪計画、始動してみせましょう)


 そうして、救済計画へと変えてみせる。

 必ず。

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