33 魔道具参入の壁
アンデシュダリア国では毎週末、日輪の日に教会で行なわれる集会に参加することが習慣となっている。
悪役令嬢アリエッタもまた、その集会にはきちんと参加する決まりとしてレオナと共に教会まで足を運んでいた。
一般的な家庭であるならば、集会には家族で連れ立って教会まで赴くことが当たり前であるが、クリサンセマム家は他とは違う。
両親は先に屋敷を出て教会へと向かっていたのだ。
それは今日に限らず、アリエッタがプラチナ学園高等部に進級する以前辺りから別行動を取るようになっていた。
同じ屋根の下で暮らす家族であるにも関わらず、まるで他人のような扱いを受けるアリエッタ。
そういったところでも家族との距離が遠くなっていることを如実に感じさせる。
これもまた悪役令嬢としての宿命なのか、アリエッタはそう割り切ることしかできない。
気丈に振る舞うことで、そういった心の寂しさを微塵も感じさせないアリエッタに対し、屋敷の者たちは彼女を冷徹だと陰で話す。
もちろんそういった言葉はレオナの耳にも届いていたが、現場を目撃した際に諫めるような眼差しを向けるにとどめるだけだ。
なぜなら、そういった扱いを受けるということは「悪役令嬢としての役割が全うできている」という何よりの証なのだから。
そういった日々を過ごすアリエッタに、少しでも気を紛らわせるためにレオナは明るい話題を提供するよう心掛ける。
もちろん人目を気にして投げかけなければいけないのだが。
「マリク様と連絡を取り合っているそうですね、お嬢様」
「えぇ、アンデシュダリアに取り入れる魔道具のテストも兼ねて、だけど」
新規魔道具の参入に伴い、アリエッタはマリクと手紙のやり取りをしていることを聞いた。
アンデシュダリアでの手紙のやり取りと言えば、当然紙で行なわれる。
相手の住所を書き、ポストに出し、郵便物として集配・配達されるのが通常の形だ。
しかし魔道具を用いた手紙のやり取りは、配膳トレイほどあるサイズのボードひとつで行なうことができた。
内蔵された魔法石による魔力で起動するタイプの文字盤である。
そこに付属品であるペンで直接文字を書き込み、送信すれば相手のボードにリアルタイムで手紙が送られるという画期的な魔道具だ。
「グランディス国でも紙による手紙のやり取りはするらしいけど、それはあくまで形式的なものでしか利用しないみたいなの。例えば招待状だったり、大切な書類関係だったりね。気軽に送り合えることとか、相手とすぐに連絡を取りたい時とか。緊急の要件だとこっちの方がスムーズにやり取りできるから、使用頻度は高いらしいわ」
「お恥ずかしい限りですが、私は魔道具関連はさっぱりでして。操作などは複雑だったりするのでしょうか」
レオナは有能であるが、魔法関連はさっぱりだ。
特に魔道具に関してはアンデシュダリアで馴染みがないこともあり、未知の道具としてとっつきにくい印象を持っている。
アリエッタが魔道具に強い関心を抱いているので、話題を広げるために魔道具をほんの少し触ったことがあるのだが、なぜか上手く使いこなせなかった。
(本当に、マリク様と魔道具が関わって来るとアリエッタお嬢様の笑顔はさらに輝きを増しますね。眩しすぎて目がやられそうですわ)
アリエッタに寄り添える存在は自分だけだと思っていたところに、マリクという物腰柔らかい便利な忠犬のような存在が現れてくれたことに、レオナは心底安心していた。
アリエッタは自分だけのものではない。
彼女に寄り添える人間が自分しかいないと考えることは、ただの傲慢だ。
むしろ自分以外に真に支えとなれる人物が現れてくれないと困るとさえ思っていた。
そうやってレオナが将来の安泰を痛感している隣で、アリエッタが少々困ったような表情を浮かべた。
アリエッタの表情ひとつ見逃さぬよう、レオナは心配事や悩みでもあるのかと言葉を促す。
レオナは聞き上手であったため、アリエッタは言葉を押し込めることなく話し始めた。
「魔道具参入はこの国にとって大きな動きでもあったから、マリク様を含めて何度か会議や商品紹介をしたことがあったんだけど。一部の魔道具に関しては渋い顔をしながらも、前向きに検討している感じだったのに、日常生活に関する魔道具に関しては随分と批判的で否定的な反論をされてしまって……」
アリエッタの話を聞いてみるに、その反論とも取れる言い分はどうやらアンデシュダリア国の貴族だけでなく、中間層や下層の人間の生活に大きな不利益をもたらすものだという。
例として出した魔道具は主に家事関連だ。
まず最初に洗濯業務の効率化をはかった魔道具に対する、この国の見解は「廃業者が増える」というもの。
使用人を雇うことができる層は、家事業務を雇用する。
下層の人間の多くにとって、家事業務が最も人気の職業といえる。
料理、食器洗い、洗濯、掃除、庭の手入れ。
下層から一般層にとってそれらの業務は幼い頃からこなしてきてるので、あとは各々のやり方を習得するだけで雇用してもらえるのだ。
雇用率が最も高く、学歴などは不要であるため人気の職種だった。
そんな家事関連の魔道具が特に不評であった理由は、家事業務を求める人たちの仕事がなくなってしまう……というものだ。
雇用する家の規模にもよるが、大抵は複数人雇わなければ業務を回すことは不可能。
しかし誰でも簡単に楽に魔道具がしてくれるというのなら、それを使用する人間だけ雇えば済んでしまう。
雇用する側の人間にとっては人件費を削減することにつながるが、職を求める人間にとっては大打撃となる。死活問題だ。
「便利だと思って取り入れようとしていた種類の魔道具が、まさかこんな形で不評を買うなんて思わなくて。私のリサーチ不足だったわ」
ではなぜそういった現象がグランディス国では起こらないのか。
理由は単純明快だった。
グランディス国は生産的な国だ。
業務の効率化をはかることで、他のことに挑戦してみようと考える。
例えば家事業務で手が空いたのなら、興味のある知識や技術を習得してみようと考えるのがグランディス国の人間だ。
現に今のグランディスが魔道具発展国として有名になったのも、そういった開発や製造関連に力を注ぐ意欲があったからこそだ。
しかしアンデシュダリア国の考えは全く異なる。
家事関連の求人が激減すれば、次に自分ができることを考えられない。
技術職は大抵学歴などが必要になってくる。
貧困層が学校に通えるはずもないので、学歴を得られないまま稼ぐ方法を考えなければいけない。
城や貴族が募集していた使用人の求人は、そういった層をターゲットにしていたというわけだ。
進歩を求める、あるいは意欲のある者ならば学歴がなくとも職人の元へ弟子入りしてでも働こうとする。
しかしアンデシュダリアの、聖ネフィルの教えはこうだ。
『自然であることを第一に、多くを望まない生き方こそ美しい』
曲解する者も当然いる。
だがこの国の人間は神の教えに従い、大きな変化を望むことを避けるようになった。
自分にできる範囲でしか、理解できる範囲でしか望まない国民性となったのだ。
(だからこそ、こんなに古臭いままになっていったんでしょうけどね)
古き良き伝統を重んじるアンデシュダリア国は、他国と比較しても安定こそすれ発展のない国であった。
閉鎖的な感性を持ったため、他国との交流は著しく低い。
それが積み重なり、この国だけまるで時が止まったような時代背景を残していた。
誰も何も違和感を抱かない。
アンデシュダリアだけが、一昔前の――中世時代を貫いたままだ。
***
馬車での移動中、魔道具に関する悩み事についてレオナに打ち明けていた。
しかし妙案や解決策は出ないまま、教会に到着する。
アンデシュダリアの国民性が根強く残っている以上、家事関連の魔道具を取り入れることは現実的ではないという答えしか出せなかった。
グランディスでは特に家事関連の魔道具が飛ぶように売れているので、それを望めないことに残念がるアリエッタ。
元は悪役令嬢としてアンデシュダリアが嫌う魔道具を取り入れることで、周囲から反感を買う目的だったはずだ。
しかしアリエッタの中ではいつの間にか本気で魔道具を取り入れる方向に気持ちが動いていたことに気付いていたのは、レオナだけだった。
それだけ興味のあるものに囲まれる生活なら、アリエッタは幸せに暮らせるだろう。
やはりグランディスこそ、アリエッタが真に安心して暮らせる土地であるのかもしれない。
レオナはそう強く感じていた。
***
集会が行なわれる教会には、多くの信者が集まっていた。
貴族街の人間が集まるプロトス教会、市民街の人間が集まるデフテロス教会、貧民街の人間が集まるトリトス教会、それぞれ午前と午後の部に分かれて行われる。
普段は貴族街以上の層へ貧民街の人間が足を踏み入れることは滅多にないが、集会のあるこの日だけは皆、堂々と訪れることができた。
アリエッタは当然プロトス教会へと向かう。
多くの目がアリエッタに注がれるが、それも慣れたものだ。
特に指定されていない、空いた席に二人で座る。
それまで楽し気な声や笑い声がしていたが、途端に声を潜めて囁き合う声へと変わる。
アリエッタは熱心にネフィル典礼書に目を通している振りをして、それらを意識からシャットアウトしていた。
レオナもまた両目を伏せたまま無表情を貫いているが、頭の中では今後の動きをどうするか思考することで忙しい様子である。
やがて集会が始まる、といったところでわずかに周囲がざわついた。
いつもと違う反応に二人が視線を上げると、そこには今まで一切参加することのなかった人物が笑顔で登壇している。
「こうして集会に顔を出す機会がなく、申し訳ありませんでした。私は聖ネフィル教会に所属する現・聖騎士団長、ベリル・ニフテリアという者です」
彼は満面の笑みを浮かべて挨拶を述べた。
愛想よく、まるで人好きするような爽やかな笑顔を讃え、これまで不参加だったことを詫びつつも冗談を交えながら軽快に話す。
まるで別人のようであった。
レオナの知るベリルという男は、常に不愛想で淡泊な反応しか示さない男であったはずだ。
笑顔を見せることはほとんどなく、爽やかさとは無縁な仏頂面で、笑えるような冗談を言うことなんて最も苦手としているような……。
「今後もより一層、この国の治安を守るため皆様のご協力を仰ぎたい。神は常に我々を見守ってくださっている。聖ネフィル様を崇め、讃え、教え通り清く正しく慎ましく、日々を送っていきましょう」
そう締めくくったベリルの視線がレオナと交わる。
彼の笑顔を真っ向から見た瞬間、全身の血が凍るような、そんなおぞましさを感じた。




