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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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11 グランディス国滞在二日目~強襲~

 アリエッタはマリクの案内の下、グランディアでも最王手である工場を三件ほど回った。

 大規模な魔道具から、家庭で使用する小規模な魔道具まで。

 開発過程、製造過程、実験から検査まで様々なものを目にしたアリエッタは悪役令嬢を演じることすら忘れるほどに没頭していた。

 何よりアリエッタが自身の在り方を忘れることができたのは、マリクが持って来ていたくまのぬいぐるみのおかげともいえる。

 さすがに工場長などと話をする際にぬいぐるみを持ち出すわけにはいかないので、その時には有能な悪役令嬢を演じることで切り抜けてきたが。


 時間を忘れるほどに、休憩することも忘れるほどに、アリエッタは魔道具が作られていく過程に心を奪われていた。

 アンデシュダリアで見かける魔道具など、ここグランディアに比べればほんの一部のものしか見たことがない。

 だからこそ珍しくて、興味深くて、楽しかったのかもしれないとアリエッタは思った。

 便利な道具は人々の生活を豊かにしてくれる。

 それ以前に、魔道具を開発すること、作り出すことにアリエッタは強い興味を引かれていた。

 レオナから教わった高魔法石の精製は、アリエッタにとって楽しい工程だったことを思い出す。もしかしたら自分は物作りに興味があるのかしれないと、そう感じた。

 これは悪役令嬢アリエッタとしてではなく、生来のアリエッタ・クリサンセマムが魔道具に関心があるのだと。

 そう考えると新たな自分を発見したようで、とても嬉しかった。


「いけない、もうこんな時間だ。そろそろパーシヴァルに戻りましょう、アリエッタ嬢」


 窓の外を見ると薄闇を纏った空が現在の時刻を告げていた。

 工場地帯は二十四時間稼働している。工場内は日中と変わらない人の動きがあったので、どうりで遅い時間になっていたことに気付かないわけだ。

 加えてどこもかしこも魔道灯によって明るく照らされていたので、時刻を確認しなければ今が朝なのか夜なのか時間感覚が狂ってしまいそうになる。


「工場見学が今日一日だけなのはとても残念ですわ。でもマリク様が魔道具製造において大事な工程を絞ってくださったおかげで、私でも魔道具に関しての知識がより深まりました」

「隣で見ていてわかったのですが、アリエッタ嬢は本当に魔道具に興味がおありのようですね。魔道具開発に携わる者として、とても嬉しく思います。よければまた次の機会を設けることができたなら、一般公開していない製造過程も見ていただこうと思っていますがどうでしょう」


 にこやかに、本当に心から喜んでいるマリクが次回の約束を取り付けようと身を乗り出した。

 本来ならばこれはアリエッタにとって願ってもない申し出だ。

 即座に了承したいところであったが、アリエッタの中でうずまくものがそれを引き止める。解放的だった一日が終わりを迎えたのだと、それをアリエッタに突き付けるように再び全身をがんじがらめにされたような感覚に陥る。

 見えないがはっきりとわかる。真っ黒いロープで体中を締め上げられたように、アリエッタは再び息苦しさを感じた。

 悪役令嬢に選ばれたアリエッタに、そのような自由は許されないのだと、呪縛のように全身を締め付けるロープが物語る。


 ――悪役令嬢アリエッタに、次などない。


 ――なぜなら、断罪の日はもうすぐそこなのだから。


 息が、胸の奥が苦しい。

 じんわりと額に、背中に汗が伝う。

 それでもアリエッタは笑みを作り、ここまで親切に対応してくれたマリクに応えようと努力する。


「ええ、とても嬉しいですわ。次の機会がありましたら、是非! 私の方からお願いしたいくらいです」


 そんな日は、きっと来ないとわかって返事をする。

 もしかしたらマリクとこうして会って話をするのも、明日で最後かもしれない。

 そう思うとアリエッタの心にぽっかりと穴が開いたような、空虚な気持ちになる。

 にっこりと小首を傾げながら可愛らしく微笑んでみせるアリエッタに、マリクもまた心から喜んでいるとわかる輝かしい笑みを見せた。

 ちくちくと、心が痛む。マリクを騙していることに罪悪感を抱いているからなのか、それともこれがマリクと接するのが最後になるかもしれないからか。

 どちらなのかはわからない。

 だけどこのままマリクと別れることを自分が惜しんでいることは確かなのだと、それだけはわかった。


 いけないとわかっていても、マリクの微笑みはアリエッタの心を解き解してくれる。

 ランドルフ皇太子殿下という婚約者がいる身で、他の男性に心惹かれるなど罪深い行為だとわかっていても、マリクの優しさに触れて安堵する自分が確かにいる。

 レオナ以外に……。半分素の状態のアリエッタとして接して、これほど安心できる存在がいたことはアリエッタにとって衝撃以外のなにものでもなかった。

 今日一日でこれほどマリクの存在が大きくなっていっていることに、アリエッタは確かに気付いているが……それは押し殺さなくてはならない感情だ。

 目を逸らさないといけない。気付いてはいけない。これはいけない感情だから。

 何度も何度も自分に言い聞かせる。


『私には、ランドルフ・アンデシュダリア王太子殿下という素敵な婚約者がいるのだから』


 だからこの気持ちは絶対に悪いものだ。

 解き放ったところで、報われるはずなどないのだから。

 だからマリクへ抱いたこの感情は、きっと認識してはいけないものなのだ。


 誰も幸せになれないだろうから。

 傷つけるだけなら、いっそ心に閉まったままでいた方がいい。

 それが一番平和な解決方法。


「私、マリク様に案内してもらってよかったです。ありがとうございます」


 本当の気持ちを口にするのは、これで最後にしよう。


 ***


 工場地帯はとても広い。

 徒歩で移動する作業者もいるが、工場地帯と街への出入りは魔道バスの定期便に乗って移動する。

 バスの中にはアリエッタたちも含め、数人が乗車していた。

 外の光景は工場やビルから発せられるネオンで光り輝いている。それもまたアンデシュダリアではお目にかかれない光景だ。

 工場が立ち並ぶ地域なので、とても整然とした風景とは言えないが、それでもアリエッタは生活に欠かせなくなった魔道具を作っている環境だと思えば、この光景も悪くないと感じられた。


 ふと、窓の外に白いもやのようなものがかかった気がした。

 そう感じたと同時に、バスの速度が落ちたようにも感じる。


(工場から排出される煙……? いいえ、違うわ。何かしら……)


 アリエッタが怪訝に思っていると、バスが走行しているにも関わらずマリクが「待っててください」と声をかけ、すぐさま運転席へと歩いて行った。

 マリクの様子から、外の煙は普段発せられるものではないのだとアリエッタは察する。

 そうでなければ座席に座ったまま、アリエッタに煙の正体の説明なり安心させる言葉をかけるなりしていたことだろう。

 マリクが運転手と話し始めてからバスが停車する。

 労働からの帰り道だったのだろう、他の乗客たちは眠りこけているか、どうしてバスが停まったのか不思議そうにきょろきょろするだけだった。

 外を見ればみるみる煙の濃度が増し、やがてこれは煙などではなく濃霧なのだと気付くまで五分とかからなかった。


「乗客の皆様、ただいま濃霧が発生しております。当バスは安全のため、一時停車いたしました。発車までもうしばらくお待ちください」


 運転手がそうアナウンスする。

 運転席から神妙な面持ちでマリクが座席に戻り、再びくまのぬいぐるみをアリエッタに手渡し耳打ちする。


「アリエッタ嬢、僕から絶対に離れないでください」

「この濃霧、何か異常事態なのでしょうか?」


 不安そうに聞き返すアリエッタに、マリクはウエストポーチから何かの機器を取り出す。

 それは何かの計測器のようで、数値がどんどん上昇しているのが見えた。


「これは魔力計測器です。外が白んで来た時から、微量に魔力を感じたので計測していました。日常的に発生するような無害レベルの魔力値なら、数値が二十を超えることはありません」

「待ってください、これ……五十は優に超えていますよ!?」

「三十を超えた辺りから、計測された魔力には何らかの意思が働いて発生していることになるんです。つまりバス周辺に発生した濃霧は、何者かの意図により魔力を使って発生させたもの……ということになります」


 誰が何の目的で霧を発生させたのか。

 マリクの話し振りから、これは工場地帯で日常的に発生する濃霧ではないことがこれではっきりとわかった。

 つまりアリエッタたち、いや……バスの乗客たちは何者かの手によって進行を妨害されているのだ。


「バスの中に居続けた方が安全でしょうか」

「外で何が起きているかわからない以上、ここに留まっている方がまだ安全でしょうね」


 アリエッタを不安にさせないように優しい声音でそう答えると、マリクは魔力測定器をウエストポーチに戻し、それから次は小型無線機を取り出した。


「工場地帯担当警備、応答願います。現在市街へ向かう定期バスが濃霧の発生にて走行不能となっている。至急警備隊を」


 警備隊に連絡を取っている時、バスが横揺れして悲鳴が上がる。

 地震とは思えない強い衝撃がバスを襲い、マリクは無線機を持ちながらアリエッタに大事がないよう自身の体を使って支えた。

 異常事態かつ襲撃を受けている最中だというのに、アリエッタはマリクに覆いかぶさられたことで心臓が跳ね上がった。真っ赤になる顔を横に背けて誤魔化す。

 横揺れの後、再び乗客たちから悲鳴が上がった。


「なんだ!? どうしてこんなところに魔物が!?」

「魔物だって!?」


 マリクが信じられないといった風に声を上げ、すぐさま窓に目をやると濃い霧の中で何かが動いているのが見えた。

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