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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
45/63

10 グランディス国滞在二日目~大地の精霊ノーム~

 フィクスは静かに語り始める。

 沸々と沸き上がって来る怒りを堪えながら、憎々し気に語る彼の口調はいつもの悠然とした態度からは想像もつかない変わりようだった。


「今から八十年前に現れた聖女は、この地に加護を与えていたノームを穢し、坑道奥から出られないよう封印した。大地の精霊ノームを祀る神殿はこの山の頂上にあるというのに、あろうことか大地の奥深くに閉じ込めてしまったんだ」


 地竜に騎乗したまま進んでいる間も、坑道内に棲みついた魔物が常にこちらを窺っている気配を感じる。

 八十年前に現れたという聖女によほど思うところがあるのか、奥へ進むにつれフィクスから殺気に近い魔力が放たれていた。

 水の精霊ウンディーネの神殿内にいた魔物は、この坑道内に棲みついた魔物より弱かったため平常通りのフィクスにすら近寄ろうとしなかったものだ。

 そういった経緯があったからこそわかる。

 鉱山跡に足を踏み入れた時に現れた魔物が躊躇なく襲い掛かって来たことから、こちらの魔物の方が遥かに強力、より凶悪であるということだ。


 坑道内で見え隠れする魔物の種類は肉食が多く見られる。

 地竜と同じドラゴンタイプの亜種といったところだろう。

 そんな彼らが憎々しそうに話し続けるフィクスの魔力にあてられ、全てとは言わずともある程度の魔物は恐れるようにこちらを警戒するようになっていた。

 魔物だけではなくレオナですら背中がピリピリするほどに、彼から発せられる殺意のせいで軽口を叩けなくなるほどだ。


「何の目的があるのかは当時はまだわかっていなかった。ただ過去の文献を漁っていく内に、アンデシュダリア国ではある一定の周期に沿って四大精霊のいる神殿で精霊契約を行なっていることが発覚した」


 薄闇から完全なる闇へ足を踏み入れる前に、持って来ていた魔道灯(ランタン)に明かりを灯す。

 アンデシュダリア国でよく使用される魔力灯(ランタン)と異なるところは、この魔道灯(ランタン)は魔道具の一種であり魔法石を燃料としている。

 さほどの違いはないが、魔道灯(ランタン)の方が遥かに燃費が良い。


「そして八十年前の聖女は歴代の者たち同様、精霊契約を目的として訪れていたとあったが、そいつはノームを(たら)し込んだ上に坑道奥に縛り付けた。どんな約束事が交わされたのか知らないが、ノームから発せられる魔力には年々怨念が込められ……やがてその負の魔力がこの地をも穢し、坑道に棲みついた魔物の凶暴化が進んでいった」


 道中でフィクスがオリクト鉱山跡に関する内容を話す。

 その間にも何度か、ノームによる負の魔力で凶暴化した魔物が襲い掛かってきた。

 フィクスの殺気に満ちた魔力に恐れることなく、岩のような皮膚でできたオオトカゲや、巨大なコウモリの魔物、暗闇で目が退化した代わりに獲物の吐息や体温を感知するよう進化を遂げた大蛇など。

 どれもが中型から大型の魔物であり、そして全てが高い攻撃性を見せた。

 ここまで来るともはや、フィクスの殺気に満ちた魔力で物怖じするような魔物はいない、ということになるのだろう。

 さすがにこれだけ大きな魔物相手に、地竜に騎乗したままでは不利と察して二人とも地面に降りる。


「精霊を鎮めるために必要なもの、それはノームと同じ四大精霊であるか……。あるいは精霊に攻撃が通じる魔性の力でしか方法がない」


 オオトカゲと巨大コウモリを同時に相手にしながら戦うフィクス、その見事な身のこなしから魔法剣士としての資質があるのだろう。

 風の精霊シルフの加護を受けた剣を振るいながら、魔法攻撃を繰り出す戦闘は簡単にできる芸当ではない。

 そんなフィクスであったが凶悪な魔物二体を同時に相手していたこともあり、大蛇を取り逃してしまう。


 大蛇はまっすぐに、後方に控えていたレオナへと牙をむいた。

 フィクスの話を一通り聞いて、彼がなぜ四大精霊との契約を成そうとしていたのか。

 その理由が今はっきりとわかった。


『……っ!?』


 坑道内にある光は、レオナたちが持つ魔道灯(ランタン)のみ。

 つまりここは光より闇が支配する領域だ。

 レオナが繰り出した闇走りの魔性シャドウフィッシュは、ただ闇や影の中を移動するだけにとどまらない。

 闇が深ければ深いほど、シャドウフィッシュの能力は増幅される。

 小魚の姿で数百匹にも増殖したシャドウフィッシュたちが大蛇の全身を覆い尽くし、やがて闇の怪魚によって食い潰されていく。


 ***


 遥か昔、闇に生きる魔物が存在した。

 それは影の中に潜み、獲物を狙う。

 闇から闇へ、影から影へ移動し、狙った獲物は決して逃さない。

 それは虫や小動物を主に餌としていたが、やがて人間を襲うに至るまでそう時間はかからなかった。

 人間の味を覚えた魔物は増え続け、村を、町を、国を食い潰していった。


 ある時、滅亡寸前にまで陥った国に一人の魔術師が訪れる。

 彼はこれまでに多くの魔物を封印してきた、伝説の魔術師であった。

 女子供に限らず、魔力の高い人間もまた美味であることを知っていた影の魔物は、当然のようにその魔術師を獲物として襲い掛かる。

 深夜、闇が支配する絶好の機会に魔術師を喰らうはずだった。

 彼は光を放つ魔法を使う。魔物は嘲笑った。強すぎる光もまた闇を強くするだけだということを知っていたからだ。

 だが魔術師の放った光の魔法は、ただその場を明るくするだけにとどまらない。

 強い光を放つ球は、ぴったりと魔物の頭上で輝き続ける。

 逃げても逃げても、闇から闇へ移動しても、まるで追尾するように正確に頭上を追いかけてくるのだ。

 光を当て続けられるわけにはいかない。

 魔物の肉体は闇の中でしか生きられないからだ。

 影すら作ることができない状態が続けば、肉体を維持することは適わない。

 少しでも、ほんの少しでも障害物に当たって影さえできれば……。

 だが光の球はぴったりと魔物の頭上を照らし続ける。

 影が消えていく。

 闇がなくなっていく。

 体が朽ちていく……。


 稚魚ほどにまで小さくなった魔物に、魔術師は封印術を施す。

 殺すでもない、生かすでもない。

 この世界に居続けられなくなる。

 それは生きていると言えるのか。

 死んでいると言えるのか。


 魔術師は言った。

 この世界に戻るには主の(めい)に従う場合のみなのだと。

 自由に行き来はできない。

 それでもこちらに還ることは許される。

 命令に従うならば。


 また闇の中を、影の中を泳ぎたい。

 以前のように小さな虫を喰らうだけでも構わない。

 自由に泳げるようになるならば、もう二度と人間は喰わないと約束しよう。

 主の命令に従おう。


 我が名はシャドウフィッシュ。

 闇を泳ぎ、影を走る魚群――。


 ***


 大蛇がシャドウフィッシュに食い尽くされると同時に、フィクスもまたオオトカゲと巨大コウモリを倒していた。

 二人は互いに見合い、それから鼻で笑いながら息を整える。

 レオナの手を煩わせたことをからかおうと、口を開きかけた瞬間だった。

 地竜が突然首を伸ばす仕草をして周囲を警戒したかと思うと、坑道奥から耳をつんざくほどの咆哮が聞こえてきて咄嗟に両耳を塞いだ。

 地鳴りと共に、天井からパラパラと土砂が降って来る。

 幸いにもこの程度の振動であれば坑道が崩れることはないようだが、相当奥まで進んで来た以上、地下で生き埋めになるという悪い想像が働いてしまう。


「今の声は、何? 結構近かったけど……」

「俺もここまで来るのは初めてだから確証はないが、恐らく」


 ずぅん、と地響きがしてレオナたちは身を屈めることで態勢を整えた。

 しかし地竜にとっては恐怖の限界だったのか、握っていた手綱がするりと抜けていく。

 気付いた時には二頭とも来た道を引き返すように走り去ってしまった。

 レオナの視線が地竜の背を追う。

 背後を向いた瞬間にフィクスがレオナを抱き抱え、横に飛んだ。

 強い衝撃が、自分のいた場所を叩きつけていた。

 ごつごつとした巨大な岩が見える。落石だとは考えられない。

 太く長い岩がゆっくりと動いている。再び、ずぅんという重い音が聞こえて来た。


「嘘でしょ、ウンディーネもシルフも……妖精みたいな姿だったのに」


 坑道の奥から姿を現したのは巨大なあごを持つドラゴンだった。

 岩のような皮膚、猛禽類のような眼光、両脚と尻尾は巨大で力強さを感じるほどに太い。


「あれが大地の精霊ノームだっていうの? あのアースドラゴンが?」

「そうらしい。聖女に穢され、変わり果てた姿があれでは……、確かに鉱山で鉱石を掘っている場合じゃないな」


 再び激しい咆哮、狭い坑道内とはいえ今レオナたちがいる場所は中継地点のようで、他の場所より少々広い。

 それでもあれほど巨大なドラゴンを相手に坑道内で戦闘すれば、坑道が崩落する可能性はゼロではないだろう。


「ノームの皮膚はアースドラゴンそのものといっていい、硬い岩でできている。剣にシルフの加護を施したとしても、刃こぼれするだけだろうな。ということで、君の出番だ」

「丸投げしているのはどっちよ! どうりで大人しく前衛を引き受けていると思ったわ!」


 言い合いながら、ノームの尻尾がレオナたちを襲う。

 地面を叩きつけるように、器用に狙いを定めた尻尾の威力は相当なものだった。

 その場にあったトロッコや線路が簡単に砕かれてしまっている。

 フィクスは攻撃された箇所を見て、あることに気付いた。


 ノームの尻尾の威力は凄まじいものだ。

 鉄製の線路が簡単にひしゃげ、砕かれるほどに。

 しかしそれだけの威力があったというのに、ノームの最初の咆哮でした地鳴りや地響きはそれほど感じられなかった。

 まるで地面にはさほどのダメージがなかったかのように。

 フィクスが思考している間に、ノームは再び咆哮する。

 壁や地面に注目する。見えないものを見るように、目を凝らした。

 魔力を使って、魔法の痕跡がないか視認するために。


「なるほど、そういうことか」


 そう言ってフィクスは微苦笑しながら剣を抜き、再びシルフの加護を纏わせ剣を振るった。ノーム自身に当てても刃の方が保たないことを承知で、衝撃波に頼った攻撃を試みた。

 しかしこれまで魔物に当てて来た衝撃波とは比べ物にならない威力で、真空の刃がノームのいる場所とは全く異なる方角に向かって放たれる。

 隣にいたレオナまでが強風で吹き飛びそうなほど、強い衝撃波だった。

 両足で踏ん張り、フィクスの攻撃を見届ける。

 初めからノームに当てる気のない攻撃、何が目的なのかを見定めるために。


 真空の刃が壁に当たる。

 本来なら貫通するほどの切れ味のはずが、ほんの少し壁に亀裂を入れただけだ。

 確かめたいことがレオナにも伝わった。


「へぇ、ノームの魔法か何かでこの坑道内が崩れないよう細工されている、ということね?」

「これなら遠慮なく大暴れしても、崩落の心配はなさそうだな」


 二人は微笑み合う。

 その笑顔には凶悪さが滲み出ていた。

 アースドラゴンの強面に負けず劣らずといった二人の表情は禍々しさを大いに含んでいて、闇に堕ちたノーム自身が身構えるほどだ。


「こちらには時間がないんです。まずはノームに正気を取り戻してもらうため、私たちは涙を飲んで荒療治といきましょう!」


 生き生きとした口調、そしてレオナのツリ目は攻撃性に満ち満ちていた。

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