8 グランディス国滞在二日目~悪役令嬢の仮面~
アリエッタはマリクに先導され、まずは魔道具を販売している専門店へと足を運んでいた。
魔道具をこれまで大して普及していなかったアンデシュダリア国に取り入れ、果たして国民はどういったマーケティングをすれば購買意欲が湧くのだろうか。
受け入れてもらえるような取り組みができるのか、その学びのためだ。
店内はダンスホールのように広く、各ジャンルによって販売されている魔道具が異なっていた。
家事特化型の魔道具、生活が便利になる道具、インテリアにもなる魔道具といった風に用途は実に多種多様で、アリエッタの瞳はキラキラと輝きを放ちまくる。
同じようにマリクも瞳を輝かせながら、意気揚々と魔道具の説明や使い心地などをアリエッタに話して聞かせていた。
「魔道具と一口に言っても、ありとあらゆる使い方があるんですね。知らなかったです」
「気に入ってもらえたようで何よりです。もしかしてアリエッタ嬢も魔道具に関心がおありで?」
そう問われたアリエッタは、少しだけむっとしたような表情を作りつつ、淑女としての気品さを損なわない程度に振る舞った。
「あら、アンデシュダリア国出身の私が魔道具に興味を持つことは、そんなに不思議なことなのかしら」
「いいえ、決してそのようなことは。個人的に魔道具に興味を抱いてもらった方が、商売として成功を収めやすいというだけです」
マリクの言葉に内心ほっとしたアリエッタが今度は満悦といった表情を浮かべ、次々と魔道具の使い道を確かめていく。
アリエッタは、アリエッタ・クリサンセマムであるよう振る舞うことを諦めていた。
自分自身がどういった人物なのか。
その背景が思い浮かばずに取り乱すだけだったので、いっそのこと「機嫌のいい悪役令嬢アリエッタ」を演じることで、この難所を乗り切ることにしたのだ。
物腰穏やかなマリクがポジティブに解釈してくれたおかげで、アリエッタは空中列車を降りて以降、奇怪な行動や言動を繰り返すことはなくなっていた。
懸念材料といえば、王族相手に無礼を働かないように態度をセーブすること。
調子に乗った悪役令嬢アリエッタは、相手が自分より身分の高い相手だろうと容赦のない対応をしかねない。
それにさえ気を付けていれば無難に、何の問題もなく視察という試練をクリアすることは容易に思えた。
(ごめんね、レオナ。せっかく私が私でいられる環境だと教えてくれたのに、私……自分がどういう子だったのかわからなくなっちゃってるの。だからそれをレオナに相談するまで、今日一日は機嫌のいい悪役令嬢アリエッタであることを許してね)
自分自身のままでいるより、演じている時の方が上手く事が運ぶ。
受け答えもスラスラと滑らかに出てくるし、何より挙動不審に陥ることがない。
そうすることでマリクを驚かせ、心配させ、挙句に「体調が悪いのか」と思わせてしまうよりずっといいと、アリエッタはそう判断したのだ。
実際、今が最も理想的な接し方であるとわかる。わかってしまう。
横柄な態度、失礼な物言いにさえ気を付けていればなんてことはない。
悪役令嬢アリエッタの対人スキルは、本物のアリエッタに比べ上出来だった。
そんな状態が虚しくなるのは、当然感じる。
生来のアリエッタ・クリサンセマムなど必要ないと、そう言われているように感じられるから。
だが今は自分自身を出して楽しむことより、目的を達成させる方が肝心だと……そう自分に言い聞かせる。
「それじゃあ次は工場見学の方かしら?」
「アリエッタ嬢、その前にちょっとお腹が空きませんか?」
マリクにそう言われ、アリエッタは腕時計を確認した。
驚くことにもう昼をとっくに過ぎている時間だ。
時間を忘れるほどアリエッタは魔道具に夢中だったらしい。
「でしたらグランディス国の郷土料理を食べてみたいですわ」
「ならとっておきのレストランがありますよ。僕もとても気に入っている店なんで、アリエッタ嬢にも気に入っていただけたら嬉しいですね」
ここが他国である以上、土地勘のないアリエッタは行く先を全てマリクに任せる他ない。
何より王族の行きつけのレストランならば、相当美味であることは確かだろう。
本当ならもっと魔道具の見学をしていたかったが、空腹の王弟殿下を無理やり連れ回すわけにもいかない。
そう思ったらアリエッタもどんどん空腹を感じてくる。
他国で得られる情報は何も魔道具だけではない。料理もまた、使っている食材によってはアンデシュダリア国に取り入れることも可能かもしれなかった。
アリエッタは父親の仕事を手伝っている内に、他国の様々なものに興味を示すようになっている。魔道具然り、料理然り、どれもアリエッタの興味をそそる素晴らしい知識だ。
***
「随分と長居したもんだ」
中折れ帽を被ったマグナが柱の陰に隠れながら、アリエッタたちの動向を見つめる。
彼の細い目は一見、人好きする笑みを浮かべているように見える。
だが彼を知る者はその細い瞳の裏側で、どんな笑みを浮かべているのか想像がついている様子だ。
連れている男の数はおよそ五人。
どれも屈強な体つきをしており、服装は一般人を装うように随分とさっぱりしていた。
しかし顔つきだけは騙せない。強面から冷酷そうな顔まで、まともで大人しい職に就いているようには思えない顔つきであった。
誰がどう見ても、五人の男たちはならず者以外の何者でもない。
マグナだけは紳士のようなスーツを着こなし、一般人に紛れ込めそうな見た目であるが。
「マグナさん、夜まで待ちますか」
「いや、夜は巡回警備が増える。話の内容からして、レストランへ行った後は工場地帯を回るようだ」
工場地帯は居住区や商業施設などと比べ、少しばかり街の雰囲気が異なる。
一般市民の往来はがくっと減り、工場関係者のみが行き来する土地柄へと変貌する。
工場だらけの地域だから、当然路地裏などといった空間も増える。
加えて工場内から発せられる機械音、魔道車による騒音のせいで多少騒ぎが起きようとも――そう易々と気付かれることはない。
「行動を起こすのは二人が工場地帯へ入った後だ」
このメンバーの中でマグナが最も細身でひ弱そうに見える。が、大きな体をした男たち全員マグナの言葉に絶対服従するように、誰一人欠けることなく小さく返事をした。
シュリマール・ファミリー幹部、マグナの部下である彼らはボスの指示に従う。
アリエッタたちが売り場を出て行ったことを確認するなり、自分たちも二人を見失わないよう距離を取りながらレストラン行きの空中列車乗り場へと移動し始めた。
一番最後を歩くマグナは腑に落ちない様子で、指で唇に触れながら思考する。
(アリエッタ・クリサンセマム、あんな感じのお嬢さんだったか? 資料とは少し雰囲気が違うように思うが、気のせいか……?)
***
レストランでの食事はアリエッタの心もお腹も充分満たすものであった。
特に珍しい食材があったわけでもないが、独特な調理法は結構簡単に取り入れることができるかもしれないと確信する。
だがそれは今ここでするべきことではない。勝手にレシピを拝借すれば権利問題に発展しかねないからだ。
然るべき方法で、然るべき手順を踏んでから実行するべきだ。
(これはお父様に要相談といこうかしら)
父親は美食家であり、調味料や食材の流通などに大きく関わっている。
母親の趣味がガーデニングであることと同様、趣味を中心に貿易会社を発展させていったと言っても過言ではない。
そこへアリエッタによる魔道具が参入するだけの話だ。
「気に入ってもらえてよかった。よければ夜会にご招待したいのですが、アリエッタ嬢の侍女レオナさんにも来ていただけると兄上が喜びます。いかがでしょう」
「王弟殿下のお誘いなら喜んで参りますわ。でも一応帰ってからレオナにも確認しておきます。侍女とはいえ、両親から私のことを託されているのですから。私が勝手なことをするわけにはいきませんもの」
「信頼されているんですね、レオナさんは」
レオナのことを褒められて嬉しくないはずがなかった。
これまでクリサンセマム家の屋敷で働く者たちから、レオナの有能ぶりを耳にすることはあっても、外でレオナの評判を聞くことはそうそうない。
月に一度、婚約者であるランドルフ皇太子殿下に会いに王城へ行った時には、レオナの優秀な仕事ぶりを聞いたことは何度かあったが。
マリクの誉め言葉ににっこにこのアリエッタは、この時完全に素の状態にあった。
それまでつんけんとした表情で、少しとっつきにくさを感じていたマリクであったが、この時のアリエッタには安心して話しかけられそうな気がしていた。
「よほどレオナさんのことを気に入っているんですね。表情を見ればわかります」
「えっ?」
初めて素を曝け出していたことに気付いたアリエッタは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。咄嗟に切り替えることができない。
(変に思われているけど、すぐに切り替えたらダメよ! こういう展開で切り替えた場合、決まって傲慢な態度が出ちゃうんだから! もう! どうして咄嗟に言い繕う時に冷静な感じで対処することを学ばなかったの!? 悪役令嬢の欠点だわ!)
悪役令嬢は常に偉そうにしていなければいけない。
それがルールであり、お約束であるからだ。
不都合な言葉を投げかけられて、落ち着いた物言いができる令嬢のことを悪役令嬢とは呼ばない。
悪役令嬢にもそういった縛りがあることを、アリエッタは痛感する。
「あの、アリエッタ嬢。あなたがアンデシュダリア国の皇太子殿下と婚約されていることは承知しております。僕のような未婚の異性と共に視察することに引け目を感じておられるなら、護衛を増やしましょうか?」
気を使うマリクに、アリエッタの心はさらに萎縮してしまう。
やっぱりだ、素の自分を出せば相手を困らせるだけだと、そう確証させられてしまう。
「違うんです。そんな風に思っていませんわ。ただ私……、私……」
どんどん縮こまってしまうアリエッタに、マリクは何かを思い立つと、胸ポケットから何かを取り出してそれをアリエッタに見せる。
急に何をし出したのかと、顔を上げてマリクがつまんでいるものに目をやる。
そこには小さなくまのぬいぐるみがいた。
ぴょこぴょこ踊るような動きになるよう手を動かし、それからまるでくまのぬいぐるみが喋っているような高い声色でマリクが――くまが話しかけてくる。
「ぼくはベア・ブック、よろしくね。今はこんな姿をしているけど、実はアリエッタ嬢を護衛するためについて来た騎士なんだよ」
元々が高めの声をしたマリクであるため、裏声を使っても全く変に聞こえないのは不思議だった。まるで本当にくまのぬいぐるみが話しかけているようで、アリエッタは少しばかり緊張が解けたような感覚になる。
「私を護衛するための、騎士さんなのですか?」
「そうだよ。信用できないマリクと話すのが緊張するなら、ぼくに言ってほしいな」
「信用できないなんて、そういうわけじゃないわ! ただ……」
「ただ?」
不思議な気持ちになるようだ。
どう見ても目の前に座っているマリクがぬいぐるみを使ってアテレコしているだけなのに、なぜかテーブルの上でぴょこぴょこ動くくまに話しかけてしまう。
本当にマリクの間に立って話を聞いてくれているような気分になって、アリエッタはいつの間にか悪役令嬢であることから解放されていた。
「……今まで貴族令嬢として振る舞って来たから、今さら私自身としてどう振る舞ったらいいのかわからなくて。それでパニックになっていただけなの」
吐き出した。
レオナ以外に話すつもりは決してなかった本音を、アリエッタは可愛いらしい見た目をしたくまのぬいぐるみに吐露してしまった。
まるで部屋で一人きり、様々な愚痴や本音を物言わぬ人形やぬいぐるみに吐き出すような感じで、アリエッタは素直に口に出してしまっていた。
「だったら、マリクに慣れるまでの間はぼくを通してお話してくれるかい? それならできそうかな?」
「……多分。あの、マリク様には本当に……申し訳ない、ですけど」
少し視線を上げれば、そこには温かい微笑みを浮かべるマリクの顔があった。
てっきり苦笑しているものだと、困ったような、傷付いたような顔をしているものだと思っていた。
マリク様はこんな私を、受け入れようとしてくれている。
ぬいぐるみを通してだが、アリエッタは感謝の気持ちで一杯になる。
こんなことをレオナに話せばきっと笑い話になるだろう。
アリエッタが自然に振る舞えるまでの間、話し相手はマリクではなくベア・ブックを相手にしているのだと。
そう思うことにした。




