4 選ばれし悪役令嬢アリエッタ(3)
アリエッタが登城する日。
あいにく空の雲行きは怪しく、灰色がかった雨雲が空を覆いつくしていた。
今にも一雨きそうな天気の悪さに、なぜだか嫌な予感が拭えない。
クリサンセマム一家は、屋敷の玄関近くにあるリビングで温かなダージリンを飲みながら使者の到着を待っていた。
着飾った両親と同じく、豪奢な格好をさせられた幼い少女アリエッタは、慣れない状態のせいで少しばかり窮屈そうだ。
長く美しい亜麻色の髪をカールさせ、髪飾りといったアクセサリーをふんだんに身に着けている。およそ四歳の少女がする格好ではない。
窓からずっと視線を外さない両親。朝とも昼ともつかない時間帯に、ようやく屋敷内が騒がしくなってきたかと思うと、従者が急いでノックしドアを開けた。
「王家からの馬車が、到着いたしました……っ!」
表情が強張る。すぐさま席を立ち、アリエッタに対して今一度注意を促す母親。
「アリエッタ、決して粗相をしてはなりませんよ。余計なことは言わず、聞かれたことだけ答えればいいの。わかるわね? 我が家に対して悪くなるようなことだけは、どんな風に聞かれてもノーと答えなさい」
「はい、ママ」
「よし……、それじゃあ行こうか」
「えぇ」
屋敷の主人を先頭に、使者の待つ外へと向かう。
玄関を開け放った先には白塗りの高価な馬車が目に入った。
それはまるでおとぎ話に出てきそうな形で、細やかな意匠をこらしたデザインはさすが王家のものといえる。
手綱を手にしたままの御者に、馬車の前に横並びに立っている三人の男。
その内の一人が一家を見るなり挨拶する。
「我々はアンデシュダリア国王の命により参りました。アリエッタ・クリサンセマムご令嬢は、我々が責任をもって王城までお送りいたします」
騎士二人、従者とおぼしき男が一人。そして王家が使用する馬車専属の御者が、御者台から三人を見下ろした。
緊張しまくった両親はにこやかな笑顔を作り、名指しで招待されたアリエッタを先頭に馬車へ乗り込む。
特にこれといった会話もなく、馬車はそのまま王城へと真っすぐ進んで行った。
***
王城へ到着するなり、両親は早々からアリエッタと引き離され、客間に通される。
不安を覚えるアリエッタだが、しっかりと国王陛下に自分の存在をアピールするのだと両親から言いつけられていたので、なんとか寂しさを我慢した。
アリエッタが連れて来られた先は謁見の間ではなく、王家や教会関係者の人間といった一部の人間が密談のために使用する談話室であった。
春先とはいえまだ寒さの残るこの季節、談話室にある暖炉でめらめらとゆらぐ小さな火が室内を暖めている。ふかふかのじゅうたん、ぴかぴかに磨き上げられたテーブルや椅子。
緊張のまま立ち尽くしていると、アリエッタの屋敷からここまで付き添っていた従者の男が、目の前にある椅子に座るよう促した。
ちょこんと座るアリエッタ。両手をきちんと膝の上に乗せ、背筋を伸ばし姿勢を正す。
談話室には教会の司祭が好んで着る法衣をまとった初老の男。神経質そうな痩せぎすの男は鼻下に伸ばした細長いひげを指でつまみながら、先の方へ指を滑らせるようにいじっている。
ちらちらと横目でアリエッタを見ている様子だが、アリエッタがその男の方へ視線をやると、すぐまた視線を逸らされた。
(はやくかえりたいな……)
ここには可愛いぬいぐるみもおもちゃもない。あるのは大人が好きそうな高価な代物ばかりで、アリエッタが暇をつぶせそうなものは何一つ置いていなかった。
だんだんつまらなくなってきたアリエッタは、少しだけ足を前後に揺らし始めたことで徐々に落ち着きがなくなっていく。その様子を目にした痩せぎすの男と教会の人間が怪訝な顔でアリエッタを見つめていた。
視線に気付いたアリエッタがいけないと察し、すぐに両足を止めた瞬間。
「楽しそうなものが何もないようなところじゃ、じっと待ってるのがつまらないですよね」
「……はわっ!?」
背後で突然声を掛けられ、アリエッタは心臓が飛び出るほど驚いた。
いつの間にか十代の美少女がアリエッタの背後に立っており、にっこりと優しそうに微笑んでいた。