3 選ばれし悪役令嬢アリエッタ(2)
正義が栄えるには悪が必要。
ここアンデシュダリア国には古くから、王家と教会側で行われてきた忌まわしい因習が続いていた。
枢機卿が受けた神託により選ばれし聖女が誕生した時、同時にその聖女の宿敵となる運命を背負わされる悪役もまた選ばれる。
人々に忌み嫌われ、聖女に害をなす存在を断罪した時に沸き起こる正義の一体感。
それを利用した王家と教会側への、民衆からの支持。
数百年もの間、アンデシュダリア王家と教会はこの仕組まれた因果関係を利用して、その権力を維持してきた。
聖女とは人々から愛され、神の奇跡の御業を行使する特別な存在。
その容姿は常に容貌が美しい魅力的な少女が必須とされた。
逆に聖女に仇なす存在は、聖女に対して嫉妬や劣等感を抱きやすい同性が好まれた。
悪役を課された少女は、その時代によって美醜の選別が様々で、時に醜い容姿であったり、時に聖女にも負けず劣らず美しい少女が選ばれている。
そして聖女は清廉潔白であらねばならないこともあり、宿敵の存在が王家や教会から選ばれていることを、あえて知らされない。
運命的に、必然的に出会い、対峙するよう仕組まれた関係。
聖女の引き立て役、社会の敵、用意された悪役の少女のことを彼らはこう名付けた。
『悪役令嬢』と――。
***
そして現在。
この国に安寧をもたらす聖女の力を知らしめるためだけに用意される「悪役令嬢」に、アリエッタ・クリサンセマムという名の少女が選ばれた。
ある日突然、クリサンセマム家に国王からの親書が届く。
中流階級の貴族の元に、王家から直接登城することを命じられることなど滅多にないため、その指示を受けた娘アリエッタに何か特別なものを感じた両親。
「ねぇあなた、これは一体どういうことだと思う? やっぱりこの娘には隠れた才能があるのよ! だってほら、プラチナ学園でも他の子供たちに比べて物覚えがよかったりするじゃない?」
一足先に浮かれた母親ジュリエが我が子を褒め称え、これまでの偉業の数々を思い返す。それに対し父親ベルドラドが落ち着くよう宥めるかと思いきや、あごに指を当て真剣な面持ちで心当たりを口にした。
「確かに……。洗礼の時に司祭様から、アリエッタには魔法に関する素養があるとおっしゃられていたし。この娘の才能を国が認めたということかもしれないな……」
きょとんとしているアリエッタを他所に、両親は娘に秘められた才能について話し合う。
これらを列挙し、どれかひとつでも。
もしくはその全ての能力を王家に認められたのかもしれないと、そう思う反面……。
母親が膝を折ってアリエッタと同じ目線になり、髪を撫で梳きながらぽつりと不安を漏らす。
「でもこの娘、これだけなんでもできるっていうのに。引っ込み思案で内気な性格だけは、学園に通ってからも変わらないのよね……。もしかして同じクラスの公爵家のお嬢様あたりで問題を起こしていたりなんて……」
「公爵家の……。あぁ、ベリルージュ嬢のことか。確かにあそこのお嬢様は少々気が強くて、時々アリエッタと衝突しているようなことを先生から聞いていたが……。まさかな」
内気な少女と勝気な少女、性格が真逆の間柄で起きやすいトラブルがあったことを思い出し、戦々恐々となっていく両親。
もしかしたらアリエッタの性格が原因で、王家とつながりの深い公爵令嬢に対して無礼を働いてしまったのではないか。それが公爵から王家へと誤った情報が伝わってしまったのではないか、という不安。
どちらにせよ推測の域が出ないので可能性としては低いのだが、王家からの手紙で一喜一憂するなと言う方が無理な話である。
手紙の内容では「付き添いは王城に到着するまで」と書いてあった。それ以外にどのような用事で呼び出されたのか、そういった具体的なことは一切書かれていない。
ただ「アリエッタを連れ、王城に来ること」という旨だけ……。
それ以外にわかることと言えば、「王城に到着次第、両親は客間にて待機」ということ。
そして「アリエッタのみ別室に案内し、そこで話を進める」という一方的な指示だけで、両親は一抹の不安を抱えた。
だがそれと同時に、これは王家との関わりを得るまたとないチャンスかもしれないと両親はこれを快諾した。