24 四大精霊との契約・2
アリエッタのことが心配ではある。
できることなら今すぐ駆けつけて、大切なお嬢様の心の乱れを取り除いてやりたかった。同時に不可解な言動と行動を見せる聖女の動向を、今一度探る必要性を感じていたレオナ。
だがここでトンボ帰りしてしまっては、悪役令嬢断罪計画の妨害工作がまた先延ばしされてしまう。
ここは少しでも早く任務を片付けて、アリエッタの元へ帰るのが一番効率がいい方法だとレオナは決断した。
翌朝、太陽が少しばかり顔を覗かせたと同時にレオナは出発する。
逸る気持ちを抑え、レオナは馬を走らせた。
(移動特化型の魔性もあるにはあるけど、明るい場所では喚び出せない特性だから仕方ないわね……)
夜間移動を控えたレオナだったが、自分の判断に間違いはなかったと思うしかない。
五体満足で戻らなければいけない。もし怪我の一つでも負って帰ろうものなら、アリエッタを余計に悲しませてしまいかねなかった。
(早く早く早く早く早くっ!)
人里から遠く離れ、未だアンデシュダリア国の領地内とはいえ……。
レオナは気が急くあまり、すでに小型の魔物が周囲に出現し始めているにも関わらず、それらを全て無視して馬を夢中で走らせていた。
***
聖地があるとされる周辺は魔物が多く現れる。
レオナは聖地周辺にアンデシュダリアの騎士がいないことを知っていた。小型の魔物は当然ながら、主に森林地帯や遺跡、廃墟などに生息する中型の魔物も精霊のマナに吸い寄せられるように集まることがある。
場合によっては大型の強力な魔物が出現しないとも限らないので、そんな危険な場所に駐屯地を置くことなどできないと、何十年も前に判断されていた。
「聖女の洗礼の儀式直後に、聖地への扉が確かに開かれたのかどうか。それを確認するために両騎士団が訪れはしたんでしょうけど。今はもういないみたいね」
目の前には荘厳な雰囲気が感じられる神聖なる森、清廉の森……。
濃い魔力を放ってはいるが、空気は非常に澄んでいて邪悪さは感じられない。しかし森へ一歩一歩近づく度に感じられる異様な圧、森から放たれる魔力の濃さがそうさせているのか。
禁じられた場所へ踏み入れるという背徳感をひしひしと感じる。心がざわざわとかき乱されるような不安感。清浄な土地である様子は伝わるのに、神秘に触れる侵入者のような感覚に襲われるこのバツの悪さはなんだろう。
「さすがは聖地、といったところか。並大抵の精神力では怖気づいて引き返してしまうことでしょうね」
アタッシュケースを握る手に力が入る。じんわりと嫌な汗をかきながら、レオナは意を決して清廉の森への第一歩を踏み出した。
虫の声、鳥の声、遠くからは動物の鳴き声のようなものも聞こえてくる。
一見するとただの深い森に見えるが、視界の端々で見え隠れする光の物体。
時折くすくすと、少女のいたずらっぽい笑い声まで聞こえてくる。レオナはあえてそれらを直視しないよう、意識だけはしっかりと向けながら警戒を強めた。
(あれは……妖精か、はたまた微精霊の類か……。今のところは何かをしてくるようではないみたいだけど、……侵入者を試している?)
マナが一際濃い場所には、人間の目でもはっきりと視認できる程度に妖精や微精霊が姿を現すことがある。特に四大精霊といった元素を司るほどの大精霊が棲んでいる場所ともなれば、妖精が多くいても不思議はない。
人里に現れることは皆無に等しいので、あちらこちらで光の物体が浮遊する光景を目にするのは、レオナですら初めての経験だった。
幻想的な光景だからといって心穏やかになることはなかったが、妖精や微精霊とは別にレオナ同様こちらを警戒してくる生物の存在も感知していた。
草むらからがさりと音がして振り返ると、真っ赤な瞳がこちらを見つめていたり。
上空を見上げれば、ずっと大きな鳥が旋回しながらついて来てたりと。
清廉の森の先住者たちはレオナが足を踏み入れた瞬間から、こちらを見張り、様子を窺っているのだとはっきりわかった。
***
森の奥へ奥へと進んでいる間、レオナは何度か魔物に襲われていた。
大精霊の棲む聖なる森だから邪悪な魔物が棲息していない、というわけではない。彼らは魔物とはいえ自然界の生物。一般生物と異なり、魔物は水場だけでなくマナの濃い場所をよく好むため、この森に集まり棲家とするのは自然の摂理だ。
プラチナ学園から直接ここまで来たので、レオナのメイド服はあちこち擦り切れたり破れたりしていた。
「身だしなみとしては最悪な格好になってしまいましたね……。こんな格好で大精霊に会わなければいけないとなると、少々不躾でしょうか」
皮肉と冗談の入り混じった言葉を漏らしながら、それでも怪我としては浅い切り傷と打撲程度で済んでいるのは幸運かもしれないとレオナは自画自賛する。
マナが濃ければ、それだけ魔物の力も肥大する。そんな中で襲って来た魔物を返り討ちにしてここまで来れたのだから、戦績としては上々だと言えるかもしれない。
「さて、とりあえずは伝承の通り……。まぁこれだけの建造物だもの、こんな場所まで誰かが踏み入って改築なんてするはずもないわね」
森の最奥に見えて来たのは、大理石でできた神殿跡だった。
ところどころ崩れ、草木に覆われ、荒れた様子ではあるが神秘性だけは損なわれていないように見える。これもまた神殿内へと続く入り口から、濃いマナが垂れ流れてきているせいだろうか。
大きな口をぽっかりと開けたように、真っ暗い闇がレオナを迎えているようだ。
レオナはアタッシュケースからランタンを取り出して、自身の魔力を燃料に魔法の明かりを灯す。
「……行きますか」
気を引き締め、レオナは神殿の中へと入って行った。
ランタンの明かりを頼りに進んで行くと、暗部の本拠地があった地下通路と同じように、壁に備え付けられていた燭台にぽつぽつと青い炎が灯る。
それでもまだ心許ないので、レオナはランタンをしまわずにそのまま奥へと進んで行った。
途中いくつか扉があったり、広間に出たりと。人工的な造りをまざまざと感じる。
大精霊を祀るために人間が神殿を建てた、と考えればそれも納得だ。そもそも大精霊は自然界に存在しているので、こういった建物の中に棲んでいると言われた方がしっくり来ない。
水の精霊ならば広く深い湖に、火の精霊ならば火山口に、土の精霊なら地中深くに、風の精霊なら峡谷に。
人間が彼らを祀り上げ、信仰心の表れとして神殿を建てた。そして何らかの方法で精霊をその場に留め、巡礼できるよう計らった。この神殿から、そういった人間側による一方的な都合が見えてくるようだ。
階段を下り、地下一階二階と、まるでダンジョンと呼ばれるような場所に来たような感覚になる。当然魔物が棲みつき、レオナを捕食しようと襲って来た。これを何度か撃退し、さらに三階四階と歩を進めていくと……。
(……おかしい)
レオナは地下五階まで来た辺りで、ある違和感に気付いた。
魔性を駆使して魔物を素早く撃退しここまで来てから、神殿のそこかしこに備え付けられた燭台がいつの間にか……まるでレオナを迎えるように、行く先々で明かりを灯しているのだ。
これまではレオナの動きに合わせ、手前まで来たら灯っていた青い炎が、レオナの行く先を照らし始めている。それからレオナはより周囲を、足元を、注意深く観察した。
埃が積もっていたであろう場所が、まるで争った跡のように乱れている。
途中の広間では、明らかに野営をしていたような痕跡まで残されていた。
(私より先に足を踏み入れている者が、いる?)
聖地の扉が開かれると、良からぬ企みを持つ輩が侵入することが多々ある。盗掘目的、精霊目的、魔物目的、好奇心。それらを満たすために足を踏み入れ、神殿を荒らしていくのだ。
だがそれも想定内ではある。相手が何者であろうと、途中の魔物に殺されるか、レオナに出くわして戦闘になるか。
少なくともレオナの目的である大精霊との契約、どこぞの誰かに先を越されることはないと……そう思いたいが。
(聖地の扉が開かれたのはつい最近のはず。こんなに早く、しかも私より先にここまで来る人間がいるなんて……。一体何者……?)
だがここまで来て、まだ魔物以外と遭遇していないところから考えるに、侵入者の目的地は最深部だと見てまちがいなさそうだった。マナ濃度が濃い場所に生息する魔物や魔法植物などは、地下三階あたりでよく見かけている。
もしそういった素材目的ならば、これ以上先に進む理由はないはずだ。なぜなら奥へ進めば進むほど、マナ濃度の高さで魔物の強さが比例していくので、より強力な魔物に襲われる危険性が高くなるからだ。
それが目的であるなら、この地下五階が目的地だと言ってもいい。
「文献によれば水の精霊ウンディーネが棲んでいるとされる場所は、地下六階の最深部。ここから先はもう大精霊しかいない……」
もし侵入者がこの先へ進んでいるというのなら、その者の目的はウンディーネだと断言できる。レオナはぎりりと爪を噛んで、自分の呑気な思考に苛立ちを覚えた。
「まさか精霊契約のライバルが他にもいただなんて……っ! 私としたことが、気付くのが遅すぎた……っ!」
レオナは収納の魔性ガルガンシエルを喚び出し、その場で着替えを始めた。裾などが破れてぼろぼろになったメイド服を脱ぎ捨て、黒装束を取り出す。
暗部が任務遂行の際に好んで着る衣装で、刃物を通しにくい素材でできていた。他にも魔力を込めて作られたこの衣装は、多少なりとも魔法耐性がある。加えて激しい動きにも対応できるよう、伸縮性の高い生地なので戦闘の邪魔にならない優れものだ。
腕、腰、足のそれぞれにポケットやら色々付いているので、そこに仕込みナイフや煙幕用の爆弾、戦闘に仕える小物を数種類忍ばせる。
髪を綺麗に結い直し、常にかけている眼鏡を外した。
ずっと手にしていたアタッシュケース、これもまた武器である。あえてガルガンシエルに収納させず、手に持ったままレオナは深く深呼吸し、地下六階へと進んで行った。




