21 悪役令嬢と聖女・1
レオナは日中、ほぼ常にアリエッタと共にいる。アリエッタが侍女を連れ歩ける場所ならどこへでも、どこまでも付き添った。
悪役令嬢アリエッタの背後には、常にあのツリ目の侍女がいる。
周囲の目にそう記憶させるため。
思い返してみれば、そういえばアリエッタの側にはいつもあの女中がいたと、そう連想させることが目的だ。
だからといってアリエッタが一人になれる時間が全くない、というわけではない。
就寝する時など、別に添い寝しているわけではないのだ。
幼い頃、アリエッタがようやくレオナに心を許し始めた時には、怖い夢を見たくないからと添い寝したことが何度かあったが、今ではそういう機会はないに等しい。
深夜、全ての仕事を終えたレオナが床に就こうとした時にふと、明日のことを考える。
明日はアリエッタがプラチナ学園、高等部へと進級する日だ。
婚約者ランドルフとの初対面から、およそ四年経過したことを思うと年月の早さといったらない。
(……アリエッタお嬢様が断罪されるまで、あともう二年もないということか)
これまでレオナはアリエッタにできる限りのことを施してきた。
仮に断罪を回避した未来を想定したとして、アリエッタが一人で平穏無事に生きていけるように、ありとあらゆる技術を習得させてきたのだ。
まず最初に始めたことは、魔力値を高める訓練。
これはレオナが神官見習い時代にも行なっていたことで、当然アリエッタにも必要だと考えた上で毎日欠かさず訓練するように教えて来た。
おかげでアリエッタの魔力量は、宮廷魔術師として勧誘が来てもおかしくないほどにまで成長している。
魔力量を高めるだけではなく、その調整の仕方、操り方まで。繊細な技術をレオナは手取り足取り教え込んできた。
そうして魔力値が高くなったことで、さらにできることを増やしていく。
魔法石を精錬する技術。これはもはや技術者の領域ではあるが、魔法石に魔力を注ぎ込むことで高魔法石として燃料にすることが可能となる。
便利な道具などは、この高魔法石が燃料となって動いているのだ。高値で取引される代物なので、高魔法石を自力で精錬することができるとなると職探しに困ることなんて、まずあり得ない。
精錬所、宝石店、様々な場所で活躍できる技術となるだろう。
さらに回復魔法の習得。
本来なら聖職者か、あるいは聖女にしか習得することができないと言われる回復魔法。
これを使うことができれば、自分も他人も怪我を完治させることができる。当然、習得するには魔性使いと同様に素養や素質が必要となって来るので、誰でも習得できる魔法ではない。
これに関しては魔性使いであるレオナの管轄外であったが、高魔法石と組み合わせることで可能となることをアリエッタが発見した。信仰心なくして一般人が回復魔法を行使できるということがどういうことなのか。
レオナはそれを想像しただけで、アリエッタの才能に改めて感心していた。
他にも学問において常にトップの成績を維持することを目標とさせ、運動神経も、何もかも。あらゆる分野において右に出る者がいないくらいに、アリエッタが誰よりも目立つ存在となるようにレオナは日々教育してきた。
しかし本当に偉いのはアリエッタ本人であることを忘れてはならない。
教えるだけでは何にもならない。アリエッタ本人の努力と才能がなければ、ここまで立派に成長することはなかっただろう。
レオナができる限り、教えられる限りをアリエッタに教えて来た。
習得させてきた。技術を磨かせた。一人でも生きられる知恵や術を教え込んだ。
「さて、次はこの私自らが動く出番が来たようですね」
教える側としてやってきた以上、レオナもそれなりの手練れだ。
だからこそ恐れはない。
これから自分がすることに、恐怖も不安も何も。
あるとすれば、行動している間にアリエッタを一人にしてしまうことだ。
賢しいアリエッタのことだから、ヘマはしないと信じている。
しかし外部の人間から害意を与えられやしないか、それが気が気でないのだ。
「長距離になるとそれだけ魔力の消費量が激しくなるけれど、仕方ないわね」
明日の朝、アリエッタの進級式の後に改めて話をしよう。
きっとその日に出会うことになるのだから。
悪役令嬢にとっての宿敵……。
聖女もまた、プラチナ学園に入学してくるのだから。
***
プラチナ学園高等部の進級式。
この学園は基本的に貴族学校としているが、財力のある家庭が我が子を入学させることもできる。よって幼等部、初等部、中等部、高等部それぞれの進級のタイミングで中途入学してくる子供も少なくない。
特に高等部は卒業後の進路を決めるため、せめて高等部だけは無理をしてでも入学させ、将来安泰な職業に就けるように努力する親は多かった。
「聞いたか、今年の入学式には例の女の子が来るらしいぞ」
「知ってる知ってる。聖女様だろ? 神託を受けた枢機卿が選んだ、神の御使いであり代理人だって言われる聖女様!」
「噂によると今回の聖女様は貧民街出身らしいけどな」
「えぇ……?」
「でもめちゃくちゃ可愛い子だったって、聖女様を見たやつが言ってたぞ!」
様々な噂が飛び交う。それもそのはず。アンデシュダリア国では、およそ八十年前後の周期で聖女が選定されることになっていた。
その年の代で枢機卿を務める者が主神ネフィルから神託を受け、選ばれた少女はその瞬間から聖女としての修行をすることになる。聖女の修行といっても最初から特別なことをするわけではなく、まずは聖ネフィル教会へ入信する形で神官見習いからスタートする。
ステップアップも他の神官見習いとほぼ変わりなく、司祭まで昇進すれば聖女としての特殊な訓練を受けることになっていた。
(今回の聖女選定は、歴代と比較して随分と時間がかかっている……。過去の例を見るに、聖女と悪役令嬢はほぼ同時期に選定が行なわれ、そこからそれぞれの下地作りがされていたのに……)
悪役令嬢の教育係であるレオナであるが、聖女に関しての情報はまるで入って来なかった。聖女に関する情報が多ければ多いほど、今後どのように立ち回ったらいいのか計画を立てることができたのだが。
端から必要ないと判断されているのか、それとも信頼されていないのか。
どちらにせよ、今のレオナは聖女に関する情報は皆無に等しい。
先ほどのように聖女目撃情報の噂話から想像するしかなかった。
(思いのほか聖女回りのガードが固かった……。何度か魔性を使って侵入を試みたけれど、あれほど厳重な結界が張られていたら、遠距離だと突破は困難で結局諦めるしかなかった)
聖女の情報をどうにか入手しようと、レオナは深夜に何度か教会への侵入を試みていた。
元は自分が生活し、訓練していた場所なので勝手はわかっていたつもりだったのだ……。
あの頃とは様変わりしたかのように、あちこちに結界が張られていて外部の人間が通り抜けることは困難を極めた。
侵入専門の魔性を使ってもなお、レオナ自身は教会から遠く離れた場所にいたため侵入を阻まれ諦めたほどだ。
(でもまぁいいわ。聖女は自ずとアリエッタお嬢様の前に現れるよう仕組まれているのだから……。聖女の大敵として、宿敵として悪役令嬢は存在する。接触できないような距離に二人を置くわけがないもの)
高等部での新生活で浮つく生徒、そのほとんどは聖女が入学してくることに注目していた。我関せずといった風を貫いていても、否が応にもアリエッタの耳に入らないわけがない。
アリエッタは不安で仕方がなかった。これまでも「悪役令嬢アリエッタ」として散々クラスメイトに嫌がらせをする立場であり、着々とマイナスイメージを植え付けて来たのだが……。
(……これから私は、本当に何も悪くない聖女様に対して心無い悪意をばらまかなくてはいけないのね……)
ここからが本当の意味で、アリエッタは悪役そのものとして徹しなければならない。これまでの小さな悪意はただの布石、下準備に過ぎなかった。
アリエッタが本当に追い詰めなければいけない人物、それは国が崇める聖なる存在……聖女に選ばれた少女を陥れることに全精力を注ぎこまなければいけないのだ。
(初めてかもしれないわ。例え「演じるだけ」なんだと自分に何度も言い聞かせても、本気で……たった一人だけをターゲットにして悪事を働くということが……っ)
気丈に振る舞いつつも、その表情は硬い。隣を歩いていたレオナが、なんとかアリエッタを宥めようと声をかける。
「緊張しておいでですか、お嬢様? 大丈夫です、どんな時でもこのレオナがアリエッタお嬢様のお側にいますからご安心してください」
「でも、いくらレオナでも学園内でうろうろするわけにはいかないでしょ?」
悪役令嬢アリエッタとも、心優しいアリエッタともつかない不安の声に、レオナはアリエッタが演じることへの限界を感じ始めているのだと悟った。
演じることは非常に難しく、心身を削る。
常に笑顔の仮面を貼り付け、心にもない態度や言葉を発し、本心を決して出さないことは本人が思っている以上に疲弊するものだ。
「いいえ、いつもお側にいます。……私の魔性が知らせてくれますので」
「あ……」
小声で耳打ちする。魔性のことは誰にも知られてはならない内容だ。ただでさえ魔性使いは忌み嫌われる術として、人前で堂々と使えるようなものではない。
黒魔術、悪魔召喚と言えば誰もが忌避することと同じように、魔性使いはそれと同じ類の禁術だった。
「大丈夫です、お嬢様がそこまで気負わなくても。案外向こうから勝手に自滅してくれる場合だってあるのですから」
「え? それって、どういう……」
そう問いかけた時、アリエッタたちの周囲が急にざわつき始めた。
校舎まで続く正門前通路を歩いていた生徒たちが一斉に立ち止まり、後方に注目している。誰もが足を止め、それから自然と道を空けるように通路の端へと移動していく生徒。
その内の一人が声にする。ひそひそと、しかしそれが数人に及ぶと密やかな声にならず、普通の会話をしている大きさにまで感じられた。
「見ろよ、聖女様ってあの子のことじゃね?」
「さすが聖女様、物々しい登場だな……」
いつの間にか道の真ん中にはアリエッタとレオナだけが残されていた。
道の両端に寄った生徒たちの視線は、真ん中に佇むアリエッタたちと後方からやって来る人物へと注がれる。
振り向いて確認するまでもなかった。
レオナの全身が粟立つ。背後から感じる気配がそうさせていた。
まるですぐ後ろに強大な怪物が立っているような、はたまた人間の領域を超えた神にも等しい存在が立っているような。
「立ち止まるならそこをどけ、聖女様がお通りになる」
男の声が、アリエッタたちを注意する。
それに反応して二人が振り向いた。
そこには五~六人ほどの神官戦士が武器を手に、一人の少女を完全包囲して立っていた。軽武装ではあるが、全員の手にはメイスや背丈ほどの長さがあるスタッフといった武器を装備している。
物々しい雰囲気で二人を威嚇する神官戦士だったが、その内の一人が何かに気付いたようにびくりとして警戒の色を強めた。
「お前は確か……、アリエッタ・クリサンセマム……!?」
突然現れたかと思えば、自分の主を呼び捨てしたことでレオナの厄介なスイッチが入る。
ツリ目がさらに釣り上がり、その顔から穏やかさが消えた。
「我が主アリエッタお嬢様に対しお前とは……、無礼極まりないですね」
「レオナ……っ」
立ち退くどころか噛みついてきた侍女に対し、神官戦士たちは持っていた武器を両手に構える。いきなり一触即発となった場で、仲介の声を発したのは金色の髪の少女だった。
「ストーップ! 待って待って! 明らかに悪いのはこっちなんだから、みんな武器を納めてちょうだい!」
円陣の中心にいた人物が両手をばたばたと忙しく振って、これを制した。
その声に即座に反応した神官戦士全員が、武器を下げて直立不動となる。金髪の少女の目の前に仁王立ちしている神官戦士を押しのけるように、ずずいと前に出ようとしたところでそれを咎めるため神官戦士が名前を呼んだ。
「お待ちください、危ないので我々から離れてはなりません! セスティリア様!」
名を呼ばれた金髪の少女セスティリアが、それに対し声を上げて反論する。
「だから言ったでしょう? こんな物々しい入学の仕方はみんなに迷惑をかけるって!」
「ですがこれは大司教様からのご命令で」
「そんなの関係ありません! この学園に入学する以上、他の生徒と同様に私もまた平等に、公平に扱われるべきです! こんな特別扱いしなくていいわ!」
凛とした声がハキハキとした口調で神官戦士に口答えする様を見て、レオナのスイッチはオフへと切り替わっていた。
呆気に取られ、自分が口出しするまでもなく論破される神官戦士を目の当たりにし、あまりに意外な展開でレオナは不覚にも思考がしばし止まってしまう。
(……この娘が、今回選ばれた聖女……?)




