第6話 最底辺クラス
チャイムの音が鳴った。
ドアが開き、白衣を羽織った若い男が教室に入ってくる。
無精髭に眠そうな目。明らかに教師らしくない風体だ。
「──おっす。今日から一名、仮在籍で追加だってさ。名前は……綾瀬凪人」
凪人は黙って手を挙げる。
「確認。仮登録中だけど、今日の実技には参加してもらうからなー。異能演習、時間繰り上げで先にやるぞ。準備しろー」
それだけ言うと、教師は後ろを振り返りもせずに出ていった。
生徒たちは、なんとなく重たい空気のまま立ち上がる。
その中で、一人の男子が凪人に声をかけた。
「なあ、あんた……新入りの綾瀬、だよな?」
やや癖のある髪をかきあげながら、気さくな笑顔を浮かべている。
「俺、ゆうま。こっちは真壁カズキ。で、後ろにいるのが玲奈」
「どもー。なんか見ない顔だなって思ってたんだよね。ようこそ、最底辺へ」
「れ、玲奈です……っ。よ、よろしく……」
凪人は軽く会釈を返す。
「……綾瀬くんの異能って、なに?」
ゆうまが首を傾げたまま、興味深そうに聞いてくる。
「……銃を、生成するようなやつだと思う」
「思う、って……なんだよそれ。自分の異能、知らねーの?」
「……銃を、生成するようなやつだと思う」
「思う、って……なんだよそれ。自分の異能、知らねーの?」
「昨日……初めて使った」
カズキが眉をひそめ、ポカンとした顔で固まる。
「……は? いやいや、何言ってんだお前……“昨日初めて”って、おかしいだろ」
「この世界で異能使ったことないやつなんて、いるわけねぇし。冗談にしてもレベル低すぎだって……」
ゆうまが「おいおい、カズキ落ち着けって」と笑いながら肩を叩く。
「まぁまぁ、そーゆー設定のキャラかもしんないし?」
カズキはまだ納得いかない様子で、凪人を横目に見ていた。
「……マジで、何者だよお前」
玲奈は黙ったまま、そっと視線を落としていた。
教室のホログラムが更新される。
《異能制御演習──第4フィールドへ移動》
無機質なアナウンスが教室に響いた
そのまま、クラス全員が無言のまま列になって移動を始めた。
凪人も、それに続く。
校舎の裏手に広がる演習フィールドは、金属製の仮設バリケードに囲まれた空間だった。
足元は砂混じりのマット、周囲には自動センサー、頭上にはドローンカメラが数機浮かんでいる。
その中心に立つのは、さきほどの気だるげな青年──Fクラス担当の教官だった。
「じゃ、これから順に異能を展開してもらう。攻撃・補助・回避、どれでもいい。制御の安定度を見て評価する」
「ちなみに暴走とか事故った場合は、止められる保証ないからな? 自己責任でよろしくー」
「うわ、出た。あの人マジで止める気ないやつだよ……」
ゆうまが小声で苦笑する。
教官が名簿を見ながら、名前を読み上げていく。
「──真壁、前に出ろ」
カズキが無言で歩き出すと、演習場の中心に立ち、右手を構える。
「《リフレクション・シフト》」
その瞬間、カズキの前方に半透明の光の盾のようなものが現れた。
次の瞬間、教官が小型の訓練弾を投げる。
弾は盾に当たると、軌道を逸れて脇にそれていった。
「ふむ、可もなく不可もなく。継続観察だな。次──玲奈」
「……は、はいっ!」
玲奈が前に出ると、震える指先を胸元に当てる。
「《ヒール・リンク》……!」
光が彼女の足元に浮かび、仮想の“リンク”が教官の足元と結ばれた。
「……まあ、形にはなってるか。安定性は低いけど、継続すればどうにかなるかね。次、ゆうま」
「了解っす!」
ゆうまはテンションそのままに出て行くと、左手を軽く振った。
「《ライトスレッド》!」
光の糸が空中に伸び、教官の投げたボールを絡め取って空中で止めた。
「おっ、意外とちゃんとやるじゃん。調子乗るなよー。……んで、最後──綾瀬」
静寂が訪れる。
凪人はゆっくりと前に出た。
(……Oris。いけるか?)
『構築可能。試験兵装──展開可能です』
(……ああ、来い)
次の瞬間──
右腕に、コードのような光が走った。
電子的なノイズとともに視界にHUDが展開され、情報の粒が右腕に集束する。
ザザ……ギッ──
銃が構築されていく。
《ゼログリム》──冷たい金属と光が混ざり合った異質な存在。
訓練ダミーが射線上に出現する。
「じゃあ、その異能で攻撃試験──開始」
凪人は無言のまま《ゼログリム》を構え、狙いを定める。
バン。
一発。
訓練ダミーの中央に、正確な貫通痕が刻まれた。
「……ほう、射線安定。エネルギー収束率も悪くない。初回にしては上出来だな」
教官が淡々と評価する。
後方では数人のクラスメイトが小声でざわめいていた。
「ていうか今の、銃? 異能で……?」
「武装系……なのか?」
「なんか、やべぇ感じしなかった?」
凪人は反応せず、静かに列に戻る。
(──見せるのは、これで十分だ)
脳内にOrisの声が届く。
『異能制御テスト:評価ログ、記録完了。現時点での安定稼働率、76%。次フェーズ移行まで観察継続』
凪人は黙って背筋を伸ばしたまま、何も語らなかった。
演習を終えて、Fクラスの面々は無言のまま教室へ戻ってきた。
重い足取りの者もいれば、淡々とした者もいる。
凪人は、その最後尾を静かに歩いていた。
席に戻ると、ゆうまがひょいと椅子を引いて隣に座った。
「なあ凪人。……あの銃、かっこよかったぞ」
「……そうか」
「異能で銃って珍しいよな。しかも一撃で的、貫通してたし……やっぱすげーわ」
その言葉に、カズキが教室の壁にもたれながらぼそりと漏らす。
「チート系異能かと思ったけど……動きも、構えも妙に無駄がなかった。普通、初めてじゃあんなふうに撃てねーだろ」
玲奈も、机越しに小さな声で続けた。
「……異能の、初発動じゃない、みたいな……そんなふうに、見えました……」
凪人は何も答えず、ただ窓の外を見ていた。
(──あれが、俺の異能。Orisが構築する兵装。
でも、それは“俺の力”って言えるのか?)
わからない。
ただ一つ確かなのは、“撃ててしまった”ということだけだ。
『感情変化:抑制傾向。戦闘中に比べ、共感値は上昇。平常域への回復を確認』
Orisの声が、いつも通りの無機質さで響く。
「……黙ってろ」
声に出さずに、心の中だけで呟いた。
その様子を見ていたゆうまが、不思議そうに首を傾げたが──何も言わなかった。
チャイムが鳴った。
教室のチャイムが鳴り終わると、ドアが開き、担任が顔を出した。
例によって気だるそうな口調だった。
「──あー、そういえば。お前ら、明日プロの冒険者数人と同行して、E級ダンジョン行くことになったからな。忘れんなよ」
生徒たちの間に、わずかなざわめき。
「俺は都合が合わなくて行けないから、くれぐれも気をつけて。まあ、E級だし、プロもついてるから……そう簡単に死にはしねぇだろ」
そう言い残して、教師はそのまま去っていった。
静まり返るFクラス。
「え、E級……ってダンジョン実習!?」
「マジかよ……」
「よりによってプロ同行……うわぁ、サボりてぇ……」
それぞれが口々に不安や愚痴を漏らす中、凪人はひとり窓の外を見ていた。
(……ダンジョン、か)
再び“異常”と出会う場所。
かつて自分が“目覚めた”場所。
その予感が、心臓の奥をざわつかせた。




