第27話 英雄覚醒
黒煙の奥。
異形の巨体が崩れたように見えたその瞬間
「……動かない、か?」
凪人はゼログリムを構えたまま、慎重に歩み寄った。
瓦礫を踏む音すら、霧に飲まれるほどの静けさ。
春日が後方で息を呑む。音無と志村は依然として倒れたままだ。
この沈黙が“終焉”なのか、それとも
ズルッ……
黒煙の中、かすかに“蠢く”音が響いた。
「っ……まだ動けるのか……!」
凪人は即座にゼログリムを切り替え、もう一度狙い澄ました一撃を放った。
バシュゥッ!!
《ライン・ブレイク》が再び軌道を描き、グラヴノスフェイルの肉体を貫通する。
その瞬間だった。
(……!)
凪人の視界に、あり得ないものが映り込んだ。
斬り裂かれた“裂け目”の奥。
飛び散る肉片と、赤黒い体組織のなかに──明らかに“人工物”が混在していた。
微かに光る──金属片。
規則的に刻まれたパターン。基盤のような、チップのような構造。
「今、のは……」
『……これは──生体構造に混在する人工因子……』
Orisの声が、静かに、けれど確実に震えていた。
『これは……明らかに“人為的”な改変です。自然発生した個体ではありません』
ズズッ……ズリ……ッ
再びの肉体がうごめく。
肉塊が自己再生を始め、光っていた“チップ”すら霧のなかに溶け込むように消えていく。
砲撃の余波が晴れたあとも、《グラヴ=ノスフェイル》は倒れてはいなかった。
「くそっ、まだ……!」
春日の呼吸が荒い。凪人も額から流れる血を拭いながら、再び銃を構える。
「春日、もう一発……頼めるか!」
「……うん、いける!」
再び、春日の《スタティック・バインド》が空気を震わせ、魔力の鎖がグラヴノスフェイルの動きを一瞬だけ封じる。
その隙に凪人が、ゼログリムの銃口を閃かせ、閃光とともに放つ。
だが。
「……ッ!」
再生が早い。さっきよりもさらに強く、よりしつこく“再構成”されていく肉体。
(こいつ……まだ“強くなって”やがる……?)
『再生速度、向上中。魔力供給源の強化を確認。周囲の魔力を吸収しています』
「……あいつ、自分で自分を“進化”させてるのかよ……」
その瞬間、《グラヴ=ノスフェイル》が咆哮と共に暴れた。
断ち切られたはずの拘束が一瞬で吹き飛び、肉の塊がうねりながら二人に迫る。
「ゼロパス!!」
凪人が瞬間転移で間一髪回避する。
春日もバックステップで間合いを取り、再び結界を張るが
「……っ、視界が、滲む……」
春日の顔色が青白くなる。連続使用で消耗が激しい。
「……大丈夫か!」
「平気……まだやれる……!」
強がる声とは裏腹に、彼の足元はふらついていた。
凪人は敵の前に立ち、歯を食いしばる。
(時間を稼ぐだけでもいい……!)
「来いよ、化け物ッ!!」
だが次の瞬間。
《グラヴ=ノスフェイル》が、咆哮とともに全身をうねらせた。
ズガァアアッ!!!
破壊的な突進。
凪人と春日は同時に跳ぶが、爆風で吹き飛ばされ、凪人は地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
咳とともに口から血が出る。
「凪人ッ!!」
春日が叫ぶが、次に狙われたのは彼自身だった。
赤い目が、彼を“喰らおう”と見据えていた。
「もう……もう動けないっ……!」
膝が崩れ、身体が支えきれなくなる。
呼吸は浅く乱れ、心臓の鼓動だけが痛いほどに全身を揺さぶる。
魔力、精神、体力──そのすべてが底を尽きかけていた。
「僕じゃ……止められない……!もう……ダメだ……!」
自分の無力が、牙をむいて突きつけてくる。
堂嶋も、志村も、音無も倒れた。
あとは凪人ひとり──そして、その凪人さえ、さっき血を吐いていた。
目の前で、異形が動いた。
──《グラヴ=ノスフェイル》。
うねる肉塊が、春日に狙いを定める。
巨躯の一部が変形し、刃のような脚部が振りかぶられる。
(──殺される)
春日が、自分の“死”をはっきりと自覚した瞬間だった。
「やめろおおおおおおッ!!」
凪人の絶叫が、空気を裂いた。
「もう──誰かが目の前で死ぬのは嫌なんだッ!!」
その声に反応するように、凪人の胸元でOrisの光が一閃する。
『──適応率上昇中……現在、22.1%』
『閾値突破。新規スキル接続開始──』
『コード名称:《アストラ・ノヴァ》、展開可能!』
「来い……アストラ・ノヴァッ!!」
ギュンッ!!
空間がうねり、黒い光が凪人の背後に“現出”する。
浮遊する刃──漆黒の刀身が二基、凪人の周囲に展開された。
刃はまるで意志を持つかのように、霧の中を滑り、標的を捉えるように構えを取る。
(……これが──新しい力……!)
凪人の身体が熱を帯びる。
意識と連動するように、刃が舞う。
「《アストラ・ノヴァ》──目標、迎撃ッ!!」
凪人が叫ぶと同時に、浮遊刃が二重の軌道を描き、春日に向けて振り下ろされた異形の脚を──
ザシュゥンッ!!
空中で寸断した。
重力が切断されたかのように、巨大な肉塊が空中で崩れ落ち、地面を揺らす。
その余波に巻き込まれながらも、春日は地面に崩れ落ち、無傷のまま倒れ込んだ。
「……か、凪人……っ……?」
「大丈夫だ、春日。もう、やらせない」
凪人の声は静かだった。
だが、その背に浮かぶ黒き刃は──確かに、“反撃”の狼煙となっていた。
(やっと……届いたんだ)
(──ここから、反撃する)
『ユニット機能、4つ──防衛、切断、射出、連携。すべて統合可能です』
「来いよ、化け物──ッ!!」
叫びとともに、ユニットが“起動”する。
空気を裂き、漆黒の刃が凪人の前方に滑り込んだ。
その瞬間、《グラヴ=ノスフェイル》が咆哮を上げ、膨れ上がる肉腕を振り下ろしてくる。
ズギィィィン!!
ユニットが自動で反応。
グラヴ=ノスフェイルの攻撃を迎え撃つように、鋭利な軌道で振るわれた黒刃が、敵の肉腕を“断ち切る”。
吹き上がる血飛沫。肉片が霧の中に溶ける。
(……やれる。この力があれば、届く……!)
凪人の瞳に、かすかに決意の色が宿る。
「アストラ、同期──射出、フルチャージ!」
ユニットの一つが浮上し、銃口のような形状へと変形。
魔力が収束し、次の瞬間──
ズドォン!!
眩い光が敵を貫いた。
凪人の意志に応じ、収束した魔力の槍がグラヴ=ノスフェイルの胴体を“斜めに”えぐるように穿ち抜いた。
焼ける肉。崩れる肉。断続的に走る衝撃波。
「まだだッ!」
凪人はゼロパスで背後へ跳びながら、次の攻撃指示を即座に発する。
「左、3度下──切断ユニット、交差軌道ッ!!」
刃が命じられた軌道を描き、クロスするように敵の脚部を断ち切る。
ズザァッ──!!
肉が弾け、黒い液体が飛び散る。
(……届いてる。俺の攻撃が──この手で、“届いてる”んだ!)
だけど。
敵も、黙ってはいなかった。
グラヴ=ノスフェイルが、肉の鞭のような器官をしならせて凪人を襲う。
一撃ごとに、“確実に殺す”意志が込められていた。
その一閃がかすり、腕に衝撃が走る。
「ぐっ……!」
痛みが神経を焼く。骨まで軋む感覚。
だが、凪人は倒れない。
そのとき
「《スタティック・バインド》ッ!!」
春日の声が響いた。
金色の鎖が、再び敵の足元に絡みつく。
ギィィィン!!
その拘束時間、わずか0.8秒。
だが──
「今だッ!!」
凪人は叫び、ゼロパスで一気に敵の頭上へ跳躍。
同時に、二基のユニットが“追従”するように旋回し、上空から敵を包囲する。
そして。
「……撃てッ!!」
指令が発せられた瞬間、黒き刃が四方から襲い掛かる。
放射。
切断。
連携。
《アストラ・ノヴァ》の“全機能”が、完全な連動のもとに収束する。
(これが……オリスと繋がった“今の俺”の力だッ!!)
敵の中心核へ、一斉に撃ち込まれる刃。
凪人の目が閃く。
「……トドメだッ──!」
ゼログリムを構える。
《ライン・ブレイク》!!
全方位から放たれた黒い刃と、
凪人の破砕弾が、敵の中心核へ、同時に撃ち込まれた。
ズガァアアアアアアアアッッ!
黒煙の向こう。
まだ、影がある。
春日が息を呑む。
凪人は、静かに言った。
「これで──終わりだ。立ち上がるなよ、化け物……」
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