VIER
アンネは雨の中、フードを被りながら走った。雨は徐々に小降りになっていたが、濡れた石畳は靴底が地面を掴もうとするのを拒んでいた。
その足が向かう先にあるいつもの遊び場である広場の中心には、民家の明かりがどうにも届ききらず、とても暗い。それでもアンネは恐れることなく歩を進める。そうして広場までたどり着いた頃には雨はやんでいて、雲も丸二日涙を流して気が晴れたのか、少しずつ薄くなっていた。
アンネが人形屋の三階を見上げると、窓は暗く、まだ雲の影にあるようだった。けれど、少しばかり待ってみると窓のガラスに月が与える光が映りだした。その窓の向こう側にも光は届き、そしてアンネは息を呑んだ。
もう夜中だというのに、そこにはあの人形のように美しい子がこちらを見ていたのだ。いや、正確には広場を見ていた。雨が降る前、一昨日は遠くの山を眺めるような角度だったので、きっと雨だからと広場に来なかった昨日か今日の間に視線が変わったのだ。あの子が自分の意志で首を動かすさまが、どうしてもアンネには想像できなかった。
人形屋の夫婦が事故に遭ったのは昨日のことで、その話が今日になって街に入ってきて、それを町医者である父が聞いたのだ。もし、もしかしたら、あの子は昨日からずっとあそこにいるのではないだろうか。
「ねぇ、あなた、どうしてそこにいるの…?」
アンネは広場に響くほどもない声で問いかける。
夫婦が帰っておらず、居住スペースである三階の窓にカーテンがかかっていないことは分かる。けれど、人間であるあの子が昼も夜もどこかをずっと見つめ続けるなんてことは、果たして可能だろうか?
アンネはその子の視線が自分をとらえるであろう、広場の中心まで歩いた。その間も、ずっとアンネは三階の窓から視線をそらさない。そして二人の視線が交わる位置に来た時。窓の向こうの子は、ゆっくりと、本当にゆっくりと、瞬きをした。開いていた目が、完全に閉じて、数秒の間をもってしてようやく開いた。いつもの緩慢な動きより、もっとずっと遅い動きだった。
アンネは耐え切れずに夜の広場にその声を響かせた。
「出てきて!今すぐに!そうでないとあなたは…」
アンネが話し終えるよりも早く、三階の窓からその子が消えた。立ち上がって歩いたわけでも、隠れたわけでもない。その子はかくん、と首を倒し、そのまま体を引き連れて頭を下方に動かしたのだ。いや、動いてしまった、という方が正確なのかもしれない。椅子か何かが倒れるがたんという音と共にその子は窓枠の向こうに沈んでしまったのだから。
アンネの声に近隣に住民はなんだろうかと外を見る。そこには広場に一人佇むアンネが、口を覆い驚愕の表情をしたまま月明かりに照らされていた。




