DREI
ファーレンは、いつからか広場の少女がよく自分を見上げていることに気がついた。昼前に母が首の角度を決めるとそこから動けないため、毎日広場を見ることができるわけではなかったが、少女は広場にやってくると必ず一度は自分の方を見ている。
それがなんだか、がらんどうな自分の中に真綿のようなものが詰められたような心地がした。
ある雨の日のこと。いつもなら日が暮れれば父か母のどちらかがが窓のカーテンを閉めて、自分を夕食の席に連れていくはずなのに、どれだけ窓の外が暗くなっても、誰も部屋に入ってこなかった。ファーレンは何度か緩慢な瞬きをしながら、両親を待った。ただ、待った。待つことには慣れていた。
けれど、その「待つ」という行為が、広場にあの少女が現れるのを待つのとは違うということに、ファーレンは気がついた。陽が射すのを待つような、月明かりに照らされるのを待つような。それを表す感情を、ファーレンは知らない。
夜、寝る前に両親が読み聞かせをしてくれることはあったが、その時は何も考えずにただ聞いていればよかった。そこに教訓も感情も持ち込まず、ただ音が流れるさまを聞いていればよかったのだ。今は、あの読み聞かせの中のいくつかの言葉の意味を知りたくて仕方がなかった。それらの中に、少女を待つ感情も、両親を待つ感情も、この感覚の全てがあるような気がしたのだ。
ファーレンは待ち続けた。
アンネは、耳を疑った。人形屋の夫婦が隣町に依頼の品を持っていく最中に事故に遭って帰らぬ人となってしまったのだという。
「お父さん、それじゃああの人形屋はどうなるの?」
「さあなあ。あの夫婦に親族がいれば、完成している人形含めて家財道具全部売りはらわれるだろうな。でもあの夫婦は遠くから来たと聞いているし、血縁者なんていないも同然だろう」
「じゃあ、あの子はどうなるの!?」
「あの子?」
アンネは自分だけの秘密にしていたことなど忘れて、父に尋ねた。
「人形屋の三階でいつも外を眺めている子よ。まるでお人形さんのようだけれど、人間なのよ!」
「あの夫婦に子供がいるなんて聞いたこともないよ。それもきっと大きいだけの人形だろう?」
「いいえ、あの子は瞬きをしたもの。何度も見たわ。見間違いなんかではないの。あの子は天涯孤独になってしまうわ!」
「アンネ、アンネ、落ち着くんだ。もしその子が本当に人間だったとしても、今すぐ私達にできることなんてないよ。その子が本当に助けを求めるなら家から出てくるだろう。それを待たないと」
アンネの父はそう少女を諭したが、アンネはあの子が自分の意志で動くとは到底思えなかった。ずっと姿勢を変えず、瞬き以外の動きをしない子。いくら自分と目が合っても、広場には降りてこない子。
アンネは外套を掴み、日が暮れて雨に濡れた街に飛び出した。




