閑話1 明月照心
※直接的な描写はありませんがR15です
本編と大きく関係はありますんので読み飛ばしていただいても支障はありません
「ふぅ……」
ベランダというか、たたきに置いているベンチで煙をくゆらせていた。
空気が澄んでいて綺麗に月が見える。
酒がうまい。
からからと、隣の部屋のガラス戸が開く音がする。
ダボいTシャツと膝丈くらいのズボンの女が、仕切り板からひょいと覗き込み聞いたことのあるような台詞を言う。
「随分とお楽しみでしたね」
「おや、それは失礼。声は抑えさせていたんですがね。それはそうと、一杯いかが?」
「……いただきます」
いつもより気持ち2cm遠くに座る。なんだ、遠慮とかまだ残っていたのかこの女。
「いいんですか? 違う女と酒呑んだりして」
「あぁ、そういうこと。あれは妹です。彼女とかじゃないのでお気になさらず」
「えぇ……」
「どちらにせよ気絶してるので」
「……そう、なんだ」
〈かしゅっ〉
とかいいつつちゃっかり置いてある酒を開けている辺り、いつも通りである。
というか臭う。ケムリを貫いてくるあたり、かなりだな。
「そういう貴女も、随分とお楽しみだったようですね」
「ごふっ、げほっほっ、げほっ」
盛大に噎せている。おもろ。
「大丈夫ですか?」
「え"ほっ、ん"っん"ん! あ"ー、はぁ。……なんのことです?」
「無理があろうと思われます」
「いや、なんのことかさっぱり」
「別にいいですけどね。隣人に良いオカズを提供出来たのなら、こちらも幸いです」
月夜に照らされた横顔は真っ赤に染まっている。そんなに恥ずかしがることか?
「もしそういうのを気にするようでしたら、もう少し普段から声量に気をつけた方がいいと思いますよ」
「え"っ」
|気付いてないとでも思っていたのか《聞かせたくてやってるのではないのか》。
どれくらい五月蝿いかと言うと、よく今迄苦情が来なかったな、というレベルで五月蝿い。いや、よく考えたらこのフロアの他の住戸は事務所利用の筈だから、夜は誰もいなかったのか。なるほどね。
とか考えている間も、うんともすんとも言わず固まっている。なーんだ。気にしないタイプかと思ってたのに。
酒と煙が同時に尽きた。ドンピシャだな。
よし。寝るか。
「では、おやすみなさい。良い夢を」
立ち上がって前を通り部屋に戻ろうとしたところで、甚平の袖を引っ張られる。
「あっ、あの!」
「暫く妹が滞在するのでお騒がせしますが、何卒宜しくお願いします」
「や、そうじゃなくて……って、えぇ?」
「GW明けるまでには送り返しますので。……あ、もっと静かにさせるのでご安心を」
「……わっ、私も
「私が言うのもなんですが、自分の躰くらい大事にしてください。それでもというのであれば、まあ」
「……はい」
「ではまた。おやすみなさい」
「……」
顔を真っ赤に染めたま、ぼぅっと虚空を眺めているのを横目に、ガラス戸を閉める。
どさくさに紛れて何口走ってんのあの人。やっぱり痴女なのか? いや、あの表情は最早恋する乙女だぞ。処女拗らせると大変とは聞くが、まだギリ20代だよな、確か。
まあいいや。なんかあればまた言ってくるだろう。
気絶したままの眠り姫を回復体位から奥に押しやってベッドに入る。明日はとりあえず買い物かな。
久々に気分がいい。よく眠れそうだ。