14
###
生まれてこのかた、私、鈴木陽向は、二つ上の兄である鈴木太陽に、字義どおり全人生を以って甘えてきた。
記憶にある限り、殴られたり、声を荒げられたり、そもそも喧嘩らしい喧嘩をした記憶がないように思う。
いついかなる時も、"味方"であると理解したのは物心がつく前だったのか後だったのか。
でも少なくとも、誰かに対して怒りを露わにしている兄を見るのは、初めてだということ。
そして、それ故にどうしていいかわからないこと。
また、責任が私にもあることから逃れられないということ。
要するに、わたしは生まれて初めて、ただ唯一信頼している肉親である兄に、叱られているということだ。
「とりあえず経緯はわかった。感情的には理解出来なくもない。ただ、じゃあしょうがないねとなるかと言われればそれは別の問題。わかる? 八木沼さん」
「はい」
「貴女、昨日の今日どころか、今日の今日だよね。何か思うところはなかったの?」
「いえっ! いや、はいっ! その、ごめんなさい」
「謝罪はいい。元よりそのつもりで来たのか、って訊いてる」
「それは、その……」
助け舟を出すべきなのは私。いや、そもそもこの現状は私が作り出したと言ってもいい。
でも夕子はそれを言わない。
いや、言えない。
負い目どころかやらかした今日の今日である。できるわけがない。それに恐らく本当に下心もあったのだろう。ただ、残念ながらというべきか、兄はちゃんと叱ることをしなかった。本人もなんか赦されたといった感覚だっただろう。
そして間の悪いことに、私が服なんか持って来いと言ったもんだから、彼女の母親は勘違いをしてニコニコ送り出してくれたらしく、本当にしようのない話だ。それでも彼女はネカフェにでも泊まると本気で言っていたのだ。
それを泊まって行けばと最終的に言い出したのは私。だからこのことに関して、私が責任を持つべき。
でも、本当に、本当に何をしても怒らない兄が、他者に怒気を露にしていることに対する根源的な恐怖に、躰どころか、心すらも止まりそうになる。
もしかして、怒らないのは本当に私に対してだけだったのか。他の人には怒ったりしていたのだろうか。ただ知らなかっただけなのか。
私は。ひなは。
ふと兄の目線が夕子の隣で土下座している私のうなじに向く。
そこまで考えたところで、自分が跪き頭を垂れていることに気が付いた。
「陽向。どうしたの」
私の大好きな優しい声なのに、少し厳しい感情が乗った、いつもと違う声。それでもあらんかぎりの力を振り絞って喉を震わせる。
「ごめん、なさい。お兄ちゃん」
「なんで陽向が謝るの」
ただ、問い返されているだけ。そう。責められているわけではない。口を拓け陽向。
「私が、ひなが提案しました。そういうことなら泊まっていけば、と」
言った。言えた。えらいよ陽向。これで大丈夫。お兄ちゃんなら、私のお兄ちゃんならこれで赦してくれる。
ふと視線が私から外れる。もう顔を上げてもいいかな?
「八木沼さん、これはあなたが言わせたのかな?」
……なんでっ!? ねぇなんで!! もうわかんないよっ! もうムリ! こわいのいやだ! ねぇなんでなのっ
「うっ、うっ、っなぁんでっ、もうやだぁ!」
「っ! ひな……」
###




